第179話

~ハルが異世界召喚されてから8日目~


 スコートはレイに向かって木剣を振り下ろす。


「うおぉぉぉ」


 レイは冷静にそれを躱し、スコートの懐に蹴りを入れる。


「ぐっ!!」


 スコートは距離をとって、第一階級光属性魔法のシューティングアローを放った。レイはスコートの放つ魔法と同じ魔法を放つ。その威力と速度はスコートよりも上だ。


「レイにシューティングアロー撃つか?」


 それを端から見ていたアレンが馬鹿にしながら見ていた。魔法同士がぶつかり合い煙が舞う中、スコートは再び木剣を使ってレイに襲い掛かる。


 レイは先程と同じようにして躱し、またスコートの懐に蹴りを入れようとしたがスコートはそれをガードした。


「どのように報告を?」


 ハルはスコートがレイの動きに対応し始めていることを認識しながらスタンに訊いた。


「上手い訊き方すんなよ……ったく!王国には!只の爆発事故に巻き込まれたとしか言ってない!!」


「帝国には?」


 スタンはAクラスの他の生徒に訊かれていないかを確認した。皆スコートとレイの戦闘訓練を見学している。


「……魔物を使役する研究をしている組織が王国にいると報告した」


「それだけですか?」


 嘘は言っていないとハルは自分の直感を信じた。


「お前の目的はなんだ?」


 スタンが聞き返す。


「ここにいる皆を守ることです」



──────────────


~ハルが異世界召喚されてから8日目~


<聖王国>


 潮風を全身に浴びたチェルザーレとマキャベリーは、身を清めるかのようにワインを身体に流し込んでいる。


 ランプの灯りが部屋を彩り、窓の外は暗闇に包まれていた。


 護衛のシーモアは主であるチェルザーレにワインを薦められたが丁重に断った。


「このワインは70年前のモノだ」


 チェルザーレはグラスをかかげて、光に当てた。ワインの色を確認してから口に運ぶ。


「どうりで……深い味わいがしますね」


「時間が経てば経つほど、ワインは熟成され、カドが取れて丸くなり、味わいは繊細で複雑になる。熟成されてよくなるのはワインくらいだ」


 チェルザーレはグラスに入ったワインをまた眺める。たった今口にした液体の余韻を十分に堪能してから続けた。


「しかし、旧来から伝わる伝統や価値観は時が進めば使い物にならなくなる。そしていつの間にか、人間はそれに捕らわれ抜け出せなくなるものだ」


「心得ているつもりです」


 チェルザーレはマキャベリーが旧来の帝政を一新し、のしあがってきたことを再認識した。


「歴史や伝統とは本来守るべきものではない。そこから新しい価値観を生み出すきっかけにすぎない」


 チェルザーレは持っているグラスをマキャベリーに向ける。


「これから寝て起きれば世界は一変する」


「はい」


「我々の未来に」


 グラスを少しだけ高くかかげ、お互いの運命に幸運が訪れるよう祈りながら乾杯をした。ワインを飲み始めてからすでに何回も、こうした乾杯を2人はしている。


────────────



 財政の逼迫、民の不満、国政に関わる仕事を担っているロドリーゴ枢機卿は最近、祈りの時間が減ってしまったことが悩みだった。夜になっても報告書に目を通し、今まで掛けていた眼鏡の度数が合わなくなったのか、眼鏡を持ち上げ書類に顔を近付けて読む癖がついてしまった。


 教皇を決める会議(コンクラーベ)まであと6日と迫っている。若手を中心とした急進派のチェルザーレ枢機卿が力を付け始めたのをロドリーゴ枢機卿は知っている。しかしまだチェルザーレ枢機卿が教皇になることはできない。教会や聖王国は伝統と歴史を何より重んじてきた。それは今後も変わらない。ロドリーゴ枢機卿は前教皇より枢機卿団首席枢機卿に任命されており、彼を推している他の枢機卿は多い。


 チェルザーレ枢機卿筆頭の急進派を危険視している者もいる。ロドリーゴ枢機卿は保守派の代表として派閥を組織していた。今後も聖王国が末長く繁栄することを掲げ日々精進している。


 蝋燭の火が揺れ動き小さくなっていることに気が付く。窓の外を覗くと夜ももう深い。ロドリーゴ枢機卿は上半身だけ伸びをしてから、床につこうと思い至ったが、おかしなことに気付いた。


「…窓が開いている……」


 強い風が吹くと机の上に散乱した紙が飛ばされる恐れがあるため書類仕事をしている最中は窓を閉めるのが通例なのだ。


 窓の外に広がる闇を見た。まるで窓が開いている理由がその闇の奥にあるかのように覗くロドリーゴ枢機卿。しかし、その答えが見つからず重い腰を上げて窓を閉めようとしたそのとき、背後から物音がした。


 慌てて振り向くとナイフで喉をかっ切られロドリーゴ枢機卿は絶命した。

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