第132話

~ハルが異世界召喚されてから2年174日目~


 主人が帝国と手を結んだとしてもハルとフェルディナン達、奴隷は戦までいつも通りの日常を過ごしている。


 麦畑を眺めているハルとフェルディナン。


「この畑も明日の戦で荒らされちまうのかな?」


「さぁ……」


「俺も一瞬だけ冒険者だっから4日後の戦に黙って参加しようと思うんだ…ほら見ろよこれ!」


 フェルディナンは木の枝を削って槍と弓を見せつける。


 寝床でせっせと作っていたのをハルは知っていた。


「なんだよ?なんか言いたいことあんのか?」


 フェルディナンはハルが浮かない表情を見せているので問いかけた。


「参加…しないほうが……」


「お前もか…思えば冒険者になるとき親父とお袋にもおんなじこと言われたわ!でもお前が止めても俺は戦うぜ」


 ハルはこれ以上なにも言わなかった。


 ハルは現在レベル40だ。


 そんな実力があっても手も足も出ない怪物がいた。ハルは白髪ツインテールの少女のことを思い出す。

 

 自分よりも強者がいる恐怖をハルよりもフェルディナンの方がより強く感じる筈だ。


 なのにどうして戦おうなんて考えられるのかハルには理解できなかった。


「おーーい!!」


 青年奴隷達の叫び声が聞こえる。


「ポイズンアピスが出たぞ!!」


 ぐったりした奴隷を抱えながら同じく奴隷であるロペスが走ってくる。


 ポイズンアピスとはここら辺の森に出る蜂のような魔物だ。


 鋭く長い毒針を持ち、襲われれば只ではすまない。


 その毒針に一度刺されてもそこまで致命傷にはならないが、二度目にその毒を体内におくられると命は助からない。


「お前らも逃げろ!?今自警団が討伐している!」


「この人は……」


 フェルディナンがロペスの抱えている奴隷を指差した。


「もう…死んでる。コイツは二度目だったみたいだ」


「そんな!」


 フェルディナンは愕然としていた。


 ハルとフェルディナンはロペスの抱えている死体を一緒に運び、この死体の所有者であるサムエルに報告した。


 サムエルは心苦しい表情を浮かべて、丁重に死体を埋葬するようにロペス達に指示をだす。


 死体を湿らせた綺麗な布で拭く。


 死体の皮膚には赤い斑点模様が拡がっていた。


「アナフィラキシーショック……」


 ハルがそれを見て呟く。


「何言ってんだお前?」


 フェルディナンが突っ込んだ。


 しかしロペスはハルの発言に驚いていた。


「お前…よく知っているな」


「何のことです?」


 フェルディナンがロペスに問い掛けた。


「アナフィラキシーショックだよ。ポイズンアピスは魔物としてそんなに強くないが強力な毒を持ってるって考えられていたが、その毒はそこまで強力なものじゃなかったんだ」


「そうなんですか?でも死んじゃうくらいの毒なんでしょ?」


「問題は人間の構造にあったんだ。一度目の毒では死なないんだが二度目の毒で死んでしまう。これは一度目にやられた毒を体内が覚えていてそれに対抗する解毒薬みたいなのを身体が勝手に作るんだ」


「へぇ~」


 それで?とフェルディナンは先を促す。


「一度目は体内で生成される解毒薬で防げるんだが二度同じ毒にやられると、体内でまた同じ解毒薬を作るんだが、どういう訳か作りすぎちまうんだ?そのせいで自分の身体が死んじまうって話さ」


「へぇ~」


 フェルディナンは理解しているのかいないのかわからない返事をする。


「綺麗にし過ぎると……」


 ハルはこの世界に召喚される前、日本の学校で何か同じようなことを授業で聞いたことがあった。あれは確か、英語の授業だったか。何かの動画で……ハルは思い出そうとしたが思い出せなかった。


「そう、解毒し過ぎると死んじまうんだ」


 ロペスがそう言うと、


「なんか間抜けだな」


 フェルディナンがそれこそ間の抜けた発言をする。


─────────────────────


 恒星テラが沈み、衛星ヘレネが替わりに顔を出した。


 ハルは夕食を小屋で食べていた。この広大な大地でとれた穀物はフルートベール王国のそれと比べて美味しく感じられる。少し前までハルは味覚を感じていなかったが、回復し始めたようだ。


 静かな夕食の時間を過ごしていた。いつもならフェルディナンが食器をガツガツ音を立てて食べ、大きな声で話すからだ。しかし彼はいない。


「ただいま~!!」


 一時の静寂が破られた。フェルディナンは大量の食べ物を抱えながら小屋に帰ってきた。


「すげぇだろこれ?」


「ぅん…盗んできたの?」


「ちがわい!!」


 ドサッと床に食べ物を置くフェルディナン。


「今日、ポイズンアピスがでたろ?そんで自警団達にお手製の薬を届けに行ったわけよ?」


 フェルディナンは冒険者だった頃、薬草を取るクエストばかりしていたと言っていたのをハルは思い出した。


「そしたら、向こうですげぇ歓迎されてな!ラハブ団長なんて俺を鍛えてくれるって言ったんだぜ?」

 

 フェルディナンは一際大きな肉にかじりついた。咀嚼しながら話を続ける。


「クックックッ……これでここを出るまでに力をつけて、もう一度マリアンナに会いに行くんだ!そんでもって俺を売ったアイツらをボコしにいく!!」


 フェルディナンは膝を立てて腕を高くかかげた。


「冒険者達に騙され、奴隷にされた俺は最強になって帰ってきて復讐する。ついでに愛する女を抱きまくる!」


 web小説のタイトルみたいなことを口走るフェルディナンはハルにも目の前の食料を食べるように促した。


「ハルはここを出たらなにしたいんだ?」


 不意に質問されてハルは考え込んだ。


「……特に…ない」


 ハルの回答にフェルディナンは口をあけ、噛っていたパンが床に転げた。


「マジかよ!?」


 ハルはこの世界に来る前からの悩みだ。自分に何も才能がないこと。昔まではeスポーツの選手になることを夢見ていた時期もあった。しかし、自分よりも上手い人の動画を見たときその夢は潰えた。


 eスポーツの選手になりたいと思う前は誰かを助けるようなそんな人になりたいと思っていた。


 それがこの世界で叶うかもしれないと思った時は心が踊ったものだ。皆が自分に敵わない。強者と崇められ畏怖される様は爽快だった。


 しかし、それも潰える。自分よりも強い者がいた。全く敵わなかった。通用しなかった。


「最近の若者はないのかねぇ……まぁ奴隷だからそんな希望はないわな。例えば他の先輩奴隷とかはよ?殆どがサムエル様に一生ついていくっていう奴が多いぜ?」


 ハルは食べる手を止めて、フェルディナンの話に聞き入った。


「でもロペスさんとかは、家族を持ちたいとかなんとかで、ダーマ王国で生活したいって言ってたな?」


 いつの間にそういう話を他の奴隷仲間としていたのかとハルは疑問に思った。そしてハルは気付けば、魔法学校の生徒達、レイやアレックス達とそんな話をした記憶がない。彼らは何をしたくて魔法学校に通っていたのか。


 ユリは?ダルトンは?ルナは?


「そんで自警団の人達は、適当に女つくるとか、遊んで暮らすとか、強くなるとかそんな感じだ。まぁサムエル様に忠義を尽くそうとする人が一番多かったな」


「……」


 ハルは考え込んだ。


「そんなに難しく考え過ぎなくていいんだよ!今までに何かに喜んだり、嬉しかったことなかったか?」


 喜んだこと。そんなのたくさんあった。特にハルの場合は何に喜んだかを記録するかのように同じ時間と場所に戻るのだから思い出しやすい。しかし、その喜んだことをこれからしていこうと考えてもハルは自分にそんな資格がないと塞ぎ込んでしまうのだった。

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