第124話

~ハルが異世界召喚されてから2年165日目~


 広大な土地を持っているサムエルはこのままダーマ王国の国民であり続けるかどうか悩んでいた。サムエルの住む土地は周りを海に囲まれている島であり、北はダーマ王国領、そして北東のずっと奥に帝国領がある。


 ダーマ王国には多くの贈り物、いや賄賂を贈っているのだがそれに対する見返りが少しも返ってこない。


 ダーマ王国の財政を考えると当然かもしれないが、こちら側のことをまるで優遇しない王国には頭を抱える。


 そんな悩めるサムエルに2年前、帝国が声をかけてきたのだ。


 ダーマ王国側は帝国の密偵が自国に潜入してくるのを警戒しているが、その監視から逃れ彼らはやってきた。どのような魔法を使ったのか興味本意で聞いてみると、帝国領から船をだして直接来るのではなく半年以上かけて交易ルート、つまりは帝国に隣接するフルートベール王国、ヴァレリー法国を通ってダーマ王国領に入り、そこからサムエルの土地に商談するていで入ってきたのだ。


 サムエルは帝国の力を再認識させられた。ここまで手間をかけ、綿密に作戦を練っているのだ。戦争になればその何倍も心血を注いで作戦を立てるに違いない。


 帝国の密偵、ベラスケスはスラリとした華奢な体型でいかにも魔法士といった風体だった。きっちりと横分けにした髪型からは生真面目さが滲み出ている。フレームのない眼鏡をかけ、そのレンズの奥からのぞかせる鋭い眼光は数々の修羅場を潜り抜けた証だろう。


 サムエルはこの男ベラスケスについてまだ完全に理解出来ていない。サムエル程の豪商ならば第一印象でそのものがどういう心の持ち主なのかは理解できた。しかし、サムエルはベラスケスと初めて会ってから約2年間ほぼ毎日会っているが、未だに彼の心の奥を探れないでいた。


 そんなベラスケスが提案してきた内容はというと、サムエルの土地は重要な位置であり、もしここを帝国領とするならダーマ王国征服後のサムエルの土地の自治権は勿論、ダーマ王国領の一部をサムエルに委ねると言ってきた。


 しかも、帝国がサムエルに出した条件とは自衛を大義名分に、自警団を作ることと、サムエルの土地にある森と鉱山の開拓、採掘、そして今まで通りダーマ王国に贈り物を寄進すること。


「…それでは今までとあまり変わりがありませんよ?」


 驚いたサムエルは躊躇いながら言った。


「いえいえ、良いのですよ。このまま戦争が続けばダーマ王国はどんどん窮地に陥ります。そうなればサムエル様の所に必ず声がかかります。協力を要請されるか、それとも強制されるか。その時、もしまだダーマ王国が有利だとお感じならばそのまま自警団をダーマ王国の戦力にしてもかまいません。反対に王国にもはや力はないと思えば帝国にお力添えください」


 悪くはない。寧ろ利点しかなかった。王国のあの気に入らない態度や帝国の脅威を廃する意味でも自警団を形成するのはサムエルも考えていたことだ。


「森の開拓と鉱山での採掘はなぜ?」


「それを説明する為にも、自警団の話を続けさせて頂きます。自警団の中に我々が推薦する人物を数名入れて頂きたいのです」


「それは…」


 サムエルの顔が少し曇る。


「いえ、帝国の兵士ではなくてですね。技巧士を数名入れて頂きたいのです」


「技巧士?」


「はい。木材や鉄鉱を使って武器や防壁を作るのに必要かと」


「なるほど……しかしもし私がその技巧士の作った武具をダーマ王国の為に使ってしまったらどうするんですか?」


「それはそれで構いません。そうはならないと我々は考えているので」


 ピリピリとした空気を醸し出す密偵ベラスケス。サムエルの意図を読んでいる印象だ。


 ──やりにくいな……


 正直こんな状況でない限り、この話は受け入れ難かった。


 今から1年前フルートベール王国は南西へと追いやられ王族と要人達はヴァレリー法国に亡命した。そして現在とうとうフルートベール王国領の殆どは帝国に侵略されてしまった。


 商人達の情報では、フルートベール王国は15年前のドレスウェルの様な虐殺と街の破壊などは行われていないとのことだが、その真偽は定かではない。


 また約2年前にクーデターに成功した新獣人国は人族に対して戦争を仕掛けている有り様だ。


 実質フルートベール王国は帝国と獣人国の2つの国に挟まれながら戦争をしていた。そのせいで一方的にやられてしまったと見る者も多い。


 フルートベールを征服した帝国は獣人国と揉めはしたが、今では獣人国は静かにしている。


 現在フルートベール王国から流れた戦力をヴァレリー法国が受け入れ、対帝国との戦争準備に勤しんでいる状態だ。


 対してここダーマ王国では帝国につくか法国につくかで意見が割れている。


 サムエルからすれば帝国につく方が商業的に安泰であると考えていたのだが、ここ最近、ダーマ王国の王族と宰相トリスタンらは商国と取引をしたのだ。


 商国は完全永世中立国の為、国と同盟を結ぶことなどしない。しかし、商国の商品でもある傭兵達をダーマ王国は買い取り、独自の防衛を図っている。


 これは何を意味しているのか。自衛をうたいながらも他国にそれを依存しているということだ。もしこのダーマ王国が危機に陥った場合、買い取った傭兵達は死ぬまでダーマの為に戦うのだろうか?


 いや、おそらくヴァレリー法国が敗れ、帝国が攻めてきたら初めは戦うかもしれないが不利になればすぐに逃げ出すだろう。


 またヴァレリー法国が勝ったとしても、今後有益な関係を築けない。仮にその傭兵達をヴァレリー法国に援軍として送ったとしても、ダーマ王国の好意としては彼等は受け取らないだろう。


 どちらの国につくにしてもダーマ王国が命を賭けて一緒に戦う姿勢を見せなければ今後の関係性を保つことはできない。


 そんなことからサムエルは帝国密偵ベラスケスの言われるがままに自警団を作り、森と鉱山の開拓をした。


 また、ここでダーマ王国内から労働者を募集してしまうと万が一サムエルが帝国にねがえる際に揉めてしまう恐れがあるため奴隷を買うことにした。


 ちなみに自警団は傭兵を買い取った。ベラスケスの入念な審査の元だ。なんでも、ここでダーマ王国の密偵が忍び込まないようにするためだとか、密偵が密偵かどうかを調べるとはなんとも皮肉がきいている。密偵であるからこそ密偵の気持ちが分かるものなのか、同じ匂いがするのか、どうやって審査していたのかサムエルにはわからなかった。


 そして先程も言ったように、傭兵はあくまでも傭兵だ。自分の命が危ないとわかれば逃げ出すかもしれない。サムエルは2年前から自警団達と食事をしたり、女をあてがった。家族が出来るもよし、自警団が自分の居場所を見つけられるように努力した。そうすることで、帝国、或いはダーマ王国と戦ってもサムエルを置いて逃げ出す者は少なくなるだろう。


 労働者には青年奴隷を買った。奴隷として扱うよりも、なるべく共に歩む労働者として彼等と接した。その方がサムエルの性に合っているし彼等もよく働いてくれる。


 しかしあの少年の奴隷は一向に心を開かない。今後のことを考え約1年と半年前、初めて少年の奴隷を買った。言われたことはなんでもするが自発的には何もしない。初めてあの少年を買った時は奴隷なのだからこれが普通なのかと思っていたが、他の奴隷達はどんどん心を開いていき、立派な労働者として生活していったことを見るとあの少年が特別なのかと考えるようになった。


 言われたことは非常によくやってくれるためなんとかあの少年を元気付けたいと考えたサムエルは1ヶ月前、奴隷の少年と同い年くらいの奴隷を買った。


 ──最近様子を見れていないが彼等は上手くやっているのだろうか……

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