第102話

~ハルが異世界召喚されてから1日目~


<サバナ平原>


 ふわりふわりと蝶が舞う。


 平原には一面に草花が敷き詰められ、モンキーポッドのような木がポツンと所々に生えている。風は吹き抜け、下草を揺らし、先程の蝶があおられた。


 蝶はなんとか軌道を修正し目標の花へと舞うが、大きな爆発音と掛け声により蝶は遠くへと去っていった。


 西側の反乱軍、東側の獣人国軍の兵士達がここサバナ平原で戦っている。両軍合わせて30万人はいるだろう。


「おらよっと!」


 3人を蹴りで文字通り一蹴した豹のような獣人ヂートは反乱軍幹部の内の1人だ。


 ヂートは自身の親衛隊に次の激戦区への案内をしてもらっていた。


「カバルの隊が押されています」


「了解了解♪また後からついて来てね」


「ハ!!」


 身体を伸ばし、女豹のような姿勢になるヂート。次の瞬間地面は大きく抉れ、ヂートはもの凄い速さで遥か上空に舞っていた。


「絶景絶景♪おっ!あそこか!」


 脚に着いている魔導具に魔力を込めた、これはサリエリお手製の魔導具、具体的には魔力を込めることにより脚力の倍増、空中での方向転換を可能にした。この魔導具には風属性魔法が付与されている。


 ヂートは目標のカバル隊と獣人国軍が戦闘をしているところを少し越え、獣人国軍が隊列を組んでいるところに着地地点を定めた。


 獣人国軍の兵士を両足で二人潰すようなかたちで着地を決めたヂートはもう一度地面を、潰れた兵士の上から大きく踏み込んだ。するとヂートを中心に円を描いて大地がひび割れる。そのせいで体勢を崩した兵士達にヂートは攻撃を仕掛ける。


「ヂート様だ!」

「うおおおぉ!!ヂート様に続けぇ!!」


 ヂートが来たことにより士気が上昇する反乱軍のカバル隊。ヂートは辺りの獣人国軍を倒し、その後ろからやってくるカバルと自分の親衛隊が追い付くのを少しだけ待った。 


 カバル隊と合流するとヂートは、激励し、遅れてやってきた親衛隊に次の激戦区を聞くと、また同じようにして空中へ跳んでいった。


「はぁ...もうちっと骨のあるやつがいれば楽しいんだけどなぁ……」


 空中でヂートはぼやいていた。


「うぉい!ヂート!!」


 大きな声、轟音にも似たような声でヂートは呼ばれた。声のする方を空中で見やると、反乱軍幹部の1人バーンズがいた。


 ヂートはバーンズのもとへ魔道具を使い、方向転換する。


 先程とは打って変わり静かに着地をするヂート。


「どうしたん?」


「モツアルト様が戦況を聞きたいとのことだ!」


「了解♪」


 ヂートは両足を揃え敬礼をする。本来敬礼は顔を覆う甲冑を装着したものが、甲冑の面を上にあげて相手に顔を見せる仕草からきている。獣人族では甲冑を装備する者はあまりいない。

反人派のヂートが人族をバカにするのによく使うギャグだ。


「…で?どうなんだ?お前が抜けても大丈夫そうか?」


「大丈夫だよ?それにさっき上で確認したけど密林を迂回してる軍がやってきたから余裕なんじゃない?」


─────────────────────


 獣人国左軍の後方の兵士達は隊列を組み、前で味方の兵と敵兵の戦闘を見ていた。


「なぁ俺達はまだ待機で良いんだよな?」


 獣人国の兵士は落ち着きがなく、しきりに身体を動かしながら、隣で同じく待機している味方の兵士に尋ねた。


「その筈だ。それにここで単独行動をすればこの左軍に迷惑をかけるばかりか、死ぬ危険性もある」


 戦略を練った上での戦闘において兵士の単独行動はその者の生存率を大きく下げる。しかしそのことを兵士達はよく知っているせいで、指令を出すものがいなくなると軍は機能しなくなり、これまた生存率を下げる。


 そんなジレンマの中、兵士達は自分の指揮系統を信頼するしかなかった。


 すると横にある密林の入り口から音が聞こえる。


「ん?」


 始めに気付いたのは後方にいた落ち着きのない兵士だった。


「なぁ?横の密林から誰かくる予定だったか?」


「何を言ってる?そんなことは聞いてないぞ?それより前の戦況を見ろ!」


「じゃあ、あの軍はなんだよ?」


 隣にいた兵士はうんざりしながら横の密林を見やる。


「…な!?敵襲?…だ!!」


 理解するのに時間がかかった。いる筈のない反乱軍の兵達が側面から襲ってくる。


 指令は来ない。


『指令を出すものがいなくなると軍は機能しない。』


「「うわぁぁぁぁ」」

「「ぎゃぁぁぁぁ」」


 反乱軍による一方的な蹂躙が行われる。


<獣人国中央本陣>


「急、急報!左軍の西にある密林より反乱軍およそ2千が急襲を……」


「なんだと!反乱軍が策を弄すなど!!左軍のクーパーは何をしている!」


 中央軍の将、トラのような獣人ジャクリーンは狼狽える。


「直ちに陣形を変え、これを抑えているとのこと……」


「左軍の特別部隊はやられたのか……」


 獣人国中央軍の将ジャクリーンは軍師アーノルドの作戦が失敗したことを悟った。


 獣人国左軍の将クーパーは隊列を組んでいる自軍の横から現れた反乱軍の別動隊約2千に対応し、これを討伐したが、左軍は大きく前線から後退させられてしまった。


 それが原因で獣人国中央軍と右軍はサバナ平原に陣取っていた場所から左軍の位置まで後退せざるを得なかった。


 日は沈みかけ、反乱軍は明日の戦闘に備え退却する。


「クソ」


 獣人国中央軍の将ジャクリーンはここ2年、領土を後退させていることに苛立ちを隠せない。もしこの平原をとられたら後は、王都ズーラシアまで一直線だ。


 ──もしここで負けたのなら今の獣人国は滅ぶ……


 そんな思考をふるい落とすようにジャクリーンは頭を振った。


─────────────────────


<王都ズーラシア サファリ宮殿>


 伝者の報せが届いた。


「左軍の特別部隊は壊滅。我が軍と同様に反乱軍も別動隊を用いて密林を迂回し、我が軍の左軍側面から急襲してきました!」


「「なんだと!!?」」


 獣人国の王シルバーをはじめ多くの者がこの報せを聞いて狼狽えた。


 伝者は続ける。


「サバナ平原から獣人国軍は大きく後退したとのことです」


「「……」」


 口を開け、その報にうちひしがれる者、静かに黙考する者とに別れた。


 始めに口を開いたのは宰相ハロルドだ。


「今夜中に援軍を送りましょう」


「ということは……」


 シルバーが口をはさんだがハロルドに先を促す相づちのようなものだった。


「そうです。最後の援軍となります」


 それに対して多くの者が反対する。


「ここの守りはどうする!!」

「その援軍が敗れればこの国はおしまいだぞ!!」


 その中でハロルドの意見に賛成する者が声をあげた。軍師アーノルドだ。


「王都の防壁は簡単に破られます。それよりも陣形の組みやすいサバナ平原で戦闘したほうが良いと私も思います」


 それを受け、王都を守る軍の責任者であり、昔は戦争で名を馳せた老将ザカリーが声をあげた。 


「私の出番ですな」


 ここにいる全ての者がザカリーを見やる。


「頼んだぞ」


 シルバーは厳かに命令した。


「御意」


 ザカリーはひざまずき、早歩きで部屋を出た。


─────────────────────


<オセロ村>


 シェンジに囚われている獣人族の女ベッキーは虎視眈々とチャンスを窺っていた。


 ここの女達はシェンジと相手をした後、その手下達へとまわされる。


 その手下の中で隙のある者をベッキーは探していた。


 ただ乱暴に犯されることもあるが、中には優しくしてくれる兵士もいる。


 その反乱軍兵士の中で最も、くみし易いと思われるのがエドだ。


 エドは女達、特にベッキーに対しては特に優しかった。


 ベッキーはその優しさにつけこみ、ここから逃がしてくれる手筈をエドが整えてくれるまで漕ぎ着けた。 


 そんなベッキーにとっての運命の日が今日だ。


 ──そろそろエドが私を……


 すると牢屋の前に反乱軍の兵士がやって来た。


 ──来た!……エド?


 エドだと思い、兵士を見やるが違う兵士だった。


 その兵士がベッキーを牢屋から出し、耳打ちする。


「エドが村の外れに来るように言ってた」


 ベッキーは疑った。何故エドが自分で呼びに来ないのか。しかしベッキーは村のはずれという単語を聞いて、ようやくこの村から出れると思いそんな疑問など捨てて駆け出した。


 そして村の外れへと到着したがそこに待ち構えていたのはシェンジだった。


「ッ!!……エ、エド……は…?」


 小声でそう呟くと、シェンジは笑顔でエドの生首を差し出して、投げた。エドの生首はベッキーの足元に転がり、ベッキーと目が合う。


 悲鳴をあげ後ずさるベッキー。


 その顔を見たシェンジは高らかに笑った。


「そうそう!その顔いいねぇ~」


 この村から出れる。そんな希望が打ち砕かれた顔とシェンジにバレて殺されるかもしれない恐怖の顔が混在する。


「俺が何も知らなかったと思うか?」


 シェンジは乱暴にベッキーの腕を引っ張り、再び牢屋へと入れた。


 若い娘達は恐怖の張りついた顔をしているベッキーを迎え入れた。


 ベッキーはふと、牢屋の端にいる額から右目にかけて紫色の痣のような痕のある娘、フュリオサと目があった。


 フュリオサの哀れむような眼がベッキーを刺激する。というのもこの牢屋にいる娘達で唯一シェンジやその手下の兵士達にも手を出されていない女だからだ。


「バカにしてるんでしょ!?私のこと見下して!!あんたがエドを売ったんだ!!そうに決まってる!!」

 

 周りの娘達がベッキーを止めるがベッキーは止まらなかった。


「良いわよね!?あんたはその気持ち悪い痣があって!?その痣があれば誰も相手にしないんだもの!!私に頂戴よその痣!?………エドを……エドを返して……」 


 ベッキーは今までのストレスと恐怖により言動と感情の均衡をとれないでいる。


「……」


 フュリオサはベッキーの言葉をただ黙って聞いていた。


 こういったことには慣れているからだ。


 結局の所、少数派の者はどんな状況だろうと少数派にしかなれないことをフュリオサは知っているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る