第100話
~ハルが異世界召喚されてから1日目の朝~
『お兄ちゃん…お兄ちゃん…』
フィルビーの声が聞こえる。
──ここは…崖の上?
そこは麦畑が広がっている、風にあおられる麦畑は陽光を浴びて金色に輝いて見えた。
麦畑の中をフィルビーが満面の笑みを浮かべて遊んでいる。
──あの笑顔…本当に楽しそうだ。
ダルトンも思わず笑みが溢れる。
『見て見てぇ~』
フィルビーはくるくると回りながら踊っているが、すぐ側には崖になっており、底が見えない。
「危ない!」
ダルトンはフィルビーの手を掴もうとしたがその手はすり抜けた。
フィルビーは崖から落ちてしまった。
「ハッ!!!」
ダルトンはそこで目が覚める。
自分の腕についている組紐を祈るように握りしめながら、直ぐ様状況を確認した。
──昨日は、夜襲を受けて……
状況を整理し、生き残ったことに安堵し、夢のせいでかいた冷や汗を拭うダルトン。
少し仮眠を取るつもりだったが朝まで寝てしまったようだ。
無事に朝を迎えたダルトンはその場で伸びをすると、背後からダルトンの首筋に刃が当てられる。
ビクッとしたダルトンは両手をゆっくりあげ、戦意のないことを示した。
刃の持ち主が問う。
「どちらの軍だ……」
──ここは反乱軍の拠点に近いはずだ…正直に言えば助からないか?かといって嘘をついて味方の兵に殺されるのも……
生唾を呑んだダルトンは覚悟してその問いに答えようとすると、あてがわれた刃は遠ざけられ、快活な声が聞こえる。
「冗談だ!ダルトン!俺だよ!!」
ダルトンは後ろを振り向くと丸々とした体型のポーアが立っていた。
「この野郎!!」
ダルトンはポーアの首に手を当て襲う真似をした。
「「ハハハハハ」」
2人は抱き合い生存したことに喜びを分かち合う。
「他の皆は?」
ダルトンの問いにポーアの表情が陰る。
「殆ど、はぐれちまって今向こうで集まってる奴等で20人くらいだ」
「…そうか」
2年前村を追われてから地獄のような生活をしていた。
故郷を無くし、それでも家族一丸となって支え合い暮らしていくのも悪くないと思っていたが、実際には差別と貧困にダルトンの家族達は屈してしまった。
妹をどこぞの変態野郎に売られ、その金でのうのうと暮らすことなんてことはできなかった。妹、フィルビーが苦しんでいるなら、ダルトンもそうする。
ダルトンはフルートベール王国領の難民キャンプから両親と別れ、反乱軍と闘うことを決意し、軍に入隊した。
それがダルトンのできる、精一杯の抵抗だった。いつだって社会や大人達はダルトン達少年から大切なものを奪っていく。
「おうダルトン生きてたか」
鋭い目付きをしているロバートはダルトンより少し年上で頼れるリーダーだ。実際にロバートの力がなければここまで行軍することは出来なかっただろう。
「おはよう♪」
今度はイアンがダルトンに声をかける。
ロバートとは対照的に柔らかい目をしたイアンは多くの者に好かれる性格をしている。魔法の才能があるだけでなく、ダルトンは彼の優しさに何度も救われた。イアンはロバートと同い年、つまりはダルトンより年上だ。
「ロバートさん、イアンさん」
──よかった…この二人がいれば戦力は一先ず安心だ。
続々と集まるオセロ村の若者達。
この人達と一緒にいるからダルトンは今生きていられる。苦しいときも楽しいときもお互いを支え合ってきたのだ。
「この後のことなんだが……」
イアンが皆の前で喋りだす。
「味方の軍を待つか、それとも……」
「そんなの決まってる」
ロバートがイアンの話に割って入った。
「この為に俺達は軍に入ったんだ」
村の者達は頷いた。
「ということは……」
「オセロ村を目指す」
「じゃあ先ずはその手前にあるダンプ村を制圧しなきゃだな?」
この意見に皆が賛成した。
イアンもみんなの意見に賛成したが、心のどこかで昨日の反乱軍の急襲により、サバナ平原の戦況が反乱軍に傾いたことを半ば確信していた。
そのことを考えると故郷のオセロ村なんかに向かわず、サバナ平原の左軍と合流する方が現実的だとも考えていた。
この内乱は反乱軍の勝利で終わるとイアンは確信していた。それは決して皆の前で口にはしない。
オセロ村へは一種の懐古、自分が何者だったかを思い出す。そんな体験を最後にするのも悪くないと思っているからだ。或いはこの誇らしい仲間達と共に逝けたらそれで幸せだ。
イアンはこの想いを胸の中にそっとしまい、慈愛に満ちた表情で皆を眺める。
─────────────────────
<オセロ村>
片目が潰れている。ハイエナのような獣人シェンジは占拠したオセロ村を任されている。反乱軍側の獣人だ。
ここはシェンジの為にあてがわれた家。前の持ち主はたぶんシェンジが殺した。
汗と体液が混ざり合った臭いが部屋に充満している。
シェンジの傍らには裸でうつ伏せになり、息切れしている女の獣人がいた。
シェンジはクーデターが起こる前は、略奪と強姦、殺人の罪で獣人国から指名手配をされていた。しかし、クーデターが起きて獣人国はそれどころではなくなった。
──俺はこの内乱が大好きだ
シェンジは常々そう思っていた。
この内乱に乗じて反乱軍へと入り、好き勝手やっている。
「お頭ぁ~~」
「どうした?」
シェンジはこの拠点を任された隊長だったが、隊の者にはお頭と呼ばれている。
「お頭、本当に昨日の別動隊についていかなくて良かったんですか?本陣から戦力に加わるようにって言われてたんですよね?」
と手下はシェンジに言い寄ったが、横目では裸の女を見ていた。
昨日、サバナ平原で行われてる最終決戦でこの戦いの鍵になる別動隊への参加を命令されていたが、シェンジはその命令に背きこのオセロ村に留まることを決めたのだ。
「あぁ?あれか?良いんだよ」
「でもぉ~~」
「うっせぇ!!さっさと持ち場に戻れ!」
シェンジはその別動隊が獣人国軍の喉元を貫く剣だと直感でわかっていた。
では、なぜその作戦に参加しないのか。
「終わっちまうだろ!?この内乱が」
シェンジはそう呟きながら裸の女を家に取り付けた牢屋へと閉じ込めた。
この牢屋には沢山の若い獣人族の女がいる。シェンジ達、反乱軍が襲ったときに捕らえてきた女達だ。
シェンジは居間へ移動すると、ふと本棚が目につく。そこにあった本を一冊取り出した。
『ランスロットの冒険譚第Ⅲ章』
シェンジはそのタイトルを見ると一笑に付し、ファイアーボールで燃やした。
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