第98話

~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 暗闇の路地裏で光が揺らめく。フィルビーはその光の残像にあどけない視線を送る。


「よし!書き換え完了!」


 ハルは習得した第四階級光属性魔法テクスチャーを解除すると、指先から光が消えた。


「できたの?」


 フィルビーはつま先立ちをしながら訊く。


「バッチリさ!」


 パチパチとフィルビーは拍手を送った。


 暗闇から足音が聞こえる。酔っ払いのおっさんがやってきたようだ。


 ──懐かしいな、コイツとの絡み……


「な~にみてやがんだ、こらぁ!」


 フィルビーはハルの裾をぎゅっと握り締める。


「別に見てないよ?」


「あ~?なめてんのかガキ?」


 ハルは掌から炎を出した。


「なめてるのはそっちだろ?」


「うおっ!」


 酔っ払いは突如現れた炎に驚き、逃げ出す。しばらくして入れ替わりにルナが姿を現した。


 ルナからは真っ暗な路地裏に炎が浮かび上がったので、恐怖した。しかし、直ぐに子供達がいることを視認する。


 ──あの子供達は……


 ルナはハルとフィルビーに目を合わせた。するとハルが声をかける。


「あの、僕達、泊まるところがないんです、宜しければ教会の場所を教えてくれませんか?」


 少年はなんだか不思議な雰囲気を漂わせている。


 ──なんだか、恐い……


 ルナは直感でそう思った。しかし、もう一人の小さな子供の為にも教会には案内したい。


 ハルはルナが何か考え込んでいるのに違和感を覚えていた。


 ──今までそんなことなかったのに、もしかして、フィルビーが獣人族なのを見抜かれた?


 ルナは差別をしないだろうとハルは思っていたが、きちんとフィルビーを紹介しなければ不信感を募らせてしまうのではと考えた。


「この子は、獣人族でして……明日獣人国まで行って、この子の生き別れた兄を探そうと考えているんです。だから今日だけでもそちらへ泊まれたらと思ったんです」


 ──そちら……


 ルナはその単語に引っ掛かる。


「…どうして私が教会に出入りしていることを知っているの?」


 ハルは思った。


 ──まずい……


「…それは、皆あなたを知っているから──」


 ルナはハルが言い終わる前に逃げるように走り出す。


 ハルはそれを後ろから眺めていた。


 フィルビーはハルを見やると呟く。


「いいの?」


「あぁ…とりあえず教会へ泊まれなくてもなんとかなる」


 ハルはフィルビーを抱きかかえ上空へと跳躍した。壁蹴りの要領で屋上まで上昇する。


 フィルビーは目を閉じて必死にハルにしがみついていた。


 今までのテンプレどうりではないけど、あの紫色のドレスを着た女に出会わなければひとまずクリアだ。


 ルナはなんとか誰とも会わずに教会へと着いたようだ。


 ハルは今回の何が行けなかったのかわからなかった。フィルビーのせいじゃない。むしろフィルビーがいた方が信用されやすいんじゃないかと考えている。


 ──それならあの酔っ払いの追い払いかたか?


 答えがわからぬままハルは獣人国へ行こうと考えた。


 ──でも学校は?襲撃を防いで、ユリを救出する、魔法大会は、別にいいか……とりあえず、全く知らない獣人国の内情を知ることの方が先か……)


 ハルはフィルビーを抱えて西へ向かった。


 日が完全に沈んでから少しが経ち、物凄い速度で走るハル、通り過ぎる風の音が2人の会話を聞こえにくくした。


 獣人国への行きしな、フィルビーの話によると獣人国内の東側に位置する獣人国軍と西側に位置する反乱軍に別れて内戦を繰り返していたそうだ。


 獣人国側にいたフィルビーの家族はフルートベール王国へ逃げた。所謂難民であった。


 しかし、そこでの生活は内戦よりは安全なものの貧困と差別で溢れていたそうだ。


 そんな中、フィルビーの両親は彼女を売ることで、生計を立てた。今は何をしているのかわからないらしい。


 とにかく、この話はフィルビーが暗くなるのであまり詳しく訊いていない。フィルビーには悪いが自分の命のために娘を売るなんてクズな親だとハルは思った。


「お兄ちゃんに会いたいの…...」


 フィルビーはハルの腕の中で力なく呟く。


 お兄ちゃんに会うのなら同時に会いたくない両親と会うことになるのではとハルは思ったが、その予想は外れた。


 フィルビーの兄ダルトンはフィルビーが売られていくことに激昂し、両親から離れたそうだ。


「きっとお兄ちゃんは獣人国で反乱軍と戦ってると思うの」


「どうしてそう思うの?」


「お兄ちゃんの友達や私達の村が反乱軍に襲われたの...それに私が売られたとき、お兄ちゃんが私の帰る場所を作るって約束してくれたの。また俺達の家で会おうって...そんなの出来っこないって思っててもあの時はとっても嬉しかったの」


「じゃあこれからフィルビーの住んでいたところに行ってみようか?もしかしたらお兄ちゃんに会えるかも知れないし、なんらかの情報も手に入るんじゃないかな?」


「でも、もうそこは...反乱軍の人の手に堕ちちゃったの」


「それでも行ってみよう。俺はとっても強いから!」


 ハルとフィルビーは闇夜を突き抜け、獣人国へと急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る