獣人国編
第96話
~ハルが異世界召喚されてから1日目~
ボロボロのフードを被り、首には隷属の首輪。この首輪を触れる度に自分が奴隷であることを認識してしまう。
犬のような獣人の女の子フィルビーは主人の為の食糧を抱えて、フルートベール王国の王都を歩いている。
その特徴的な耳と尻尾がなければ人族の女の子となんら変わりがない。
外はこんなにも明るいのに、フィルビーには常に影がつきまとう。
自然と頭を垂れながら歩いてしまう。
どうしてこんなにも景色がくもってみえるのか、ここがフィルビーの故郷オセロ村じゃないからか、ここが人族の街だからか、これは全部人族のせいなのか、フィルビーにはその答えを導き出すことができない。
それとも自分の住んでた村がクーデターを起こした反乱軍に侵略されたせいなのか。
オセロ村に火が放たれ、悲鳴と呻き声と怒号がフィルビーの持つ犬のような耳を刺激する。耳をパタリと伏せてふさぐも頭の中にその音が残っている。
そして、更に嫌な記憶が甦る。両親がフィルビーを売り、大好きな兄と離れ離れになってしまった記憶。
──お兄ちゃんだけが……お兄ちゃんに会いたい……
フィルビーは今日も公衆の前で鞭を打たれながら王都を歩く。
すると、急に目の前に現れた者とフィルビーはぶつかってしまった。下を向きながら歩いていたせいだ。
持っていた、いや持たされていた荷物が転げ落ち、ない?
フィルビーの持っていた荷物は地面につくことなく浮遊している。
そんな幻想的な光景を見たフィルビーの心が一瞬晴れた。尻尾が自然と愛らしく一定のリズムを刻みながら動いているのがその証拠だ。
そして、荷物はフィルビーの腕の中へと戻っていく。
おおおっと道行く人が声をあげた。
「何してるこのノロマ!」
この声を聞くとビクッと反応してしまう。フィルビーはこう言った怒鳴り声を聞くと萎縮してしまうのだ。
さっきまでご機嫌だった尻尾がまた力なく萎びてしまった。
「俺が悪いんですよ」
フィルビーとぶつかった少年が言う。
その人はフィルビーよりも大きい。だが顔がよく見えない。恒星テラを背にして立っているからだ。そしてその人はこれまたフィルビーよりも大きな手で頭を優しく撫でた。
「…ぉ兄ちゃん?」
フィルビーはその人の手の温もりに兄のことを思い出した。
──人族の手で優しさを感じるなんて……
やがてその温もりは忘れていた何かを、両親に売られてから失っていた何かを想起させた。その何かはフィルビーの頬を伝う涙へと変わった。
「あのさ?この子、あんたの奴隷?」
フィルビーとぶつかった少年が言う。
先程フィルビーに罵声を浴びせた男は値文しているようにその少年を見る。
──貴族の子供か?それにあの魔法……
男は少し考えてから言った。
「いえ、私は只の使用人ですが」
「じゃあこの子の主人は?もしよければこの子を買いたいんだが」
「…それは、私の一存では……」
─────────────────────
ハルは王都を使用人と歩いた。後ろには獣人族の子供もついてくる。
とある大きな屋敷に着いた。
門をくぐり木製で装飾が施された扉が開く、綺麗に整えられたであろう白い口髭を生やした、いかにも紳士然としているこの屋敷の執事が迎えてくれた。
使用人の男はその執事に耳打ちをするとハルを屋敷の中へ案内し、獣人の女の子は奥の部屋へと連れていかれる。
大金をかけて揃えられたであろう調度品が至るところに飾られているのは見ていて壮観だった。
二人がけのソファが対面して並んでいる。その間には足の低いテーブルが置いてあった。
「どうぞお掛けください」
ハルは指定されたソファにこしかけると執事は続けた。
「もうすぐ旦那様がやってきます」
そういうと執事は部屋を出た。
ハルは執事が去ると、部屋中を改めて見て回る。
手首の絵、上空に浮く岩の絵、部屋に丁度収まっている巨大なりんごの絵
──変わった絵が多いな……
扉が音をたてて開く。
「絵がお好きなのですか?」
ハルは声のした方を振り向いた。そこには飄々とした男が立っていた。
撫で肩の男は無精髭を生やし、民族衣装のようなものを着ていた。
「その絵は私のお気に入りでしてね……」
絵の話をしてきた為、ハルはそれを遮るように言った。
「無駄な話はやめて、あの獣人族の奴隷を俺に売ってくれませんか?」
「何故あの子なのです?さぁ、それよりもあちらでお茶でもいかがですか?」
いつの間にか先程の執事がアンティーク調のティーカップ2つにお茶を淹れている。香りからしてダージリンのような紅茶だとハルにはわかった。
ハルと屋敷の主人は腰掛けると紅茶を啜る。
「もう一度問いましょう、何故あの子を?あの子は両親に捨てられ心を失ってしまったようなのです。もし私のもとから離れてしまうとまたも同じ悲しみに暮れるのではないかと心配なんです」
「それには及びません。俺がちゃんと面倒をみますから」
屋敷の主人はもう一度紅茶を口に持っていき、カチャっと音をたててソーサーに戻した。
「良いでしょう。お金も要りません。あの子を解放しましょう。貴方と入れ替わりにね?」
屋敷の主人は怪しく笑いながら言った。ハルがこの部屋に入った扉から三人の男が大きな足音をたてながら入ってくる。
「ヒャッハハハハ、丁度君のような男の子がほしいと思ってたんだ!?私は運がいいみたいだねぇぇ!!」
屋敷の主人の表情が更にイヤらしく歪み始めた。
「俺も運が良いみたいだ。相手がこんな奴らで」
何を言ってる?というような表情で屋敷の主人は3人の男に命令した。
「地下牢に連れてけ!」
指示された男達はソファに腰を下ろしているハルの後ろに立ち並んだ。
「動けないだろ?その紅茶には毒が入ってるからな?ヒャハ?」
ハルはすくっと立ち上がった。
ハルが立ったことに屋敷の主人は驚く。
後ろの横並びに整列している3人の男に向かってハルは問いかけた。
「毒は効かないんだ。それよりも早くかかってきな?」
真ん中の男が手刀でハルの首に一撃を入れるがハルはびくともしなかった。
お返しにハルは同じように手刀で相手の首を打ったつもりが──
スパンと首を切り落としてしまった。コロコロとその男の首が床に転がり、ドサッと胴体は糸がキレた操り人形のように倒れた。
レベルが10以上も上がったせいか、みね打ち程度に止めようとした手刀の威力はおもいのほか強かった。
──でもまぁいいか、くずどもだし……
「次はどっち?」
左右にいた2人の男達はお互い顔を見合せ、この場から逃走を図るが、ハルからみて右にいた男の方が一足早く、左にいた男を押しのけ、逃げたした。
左にいた男はそのせいでハルにむかって倒れこむ。ハルはその男の首をまたしても手刀で切り落とした。
味方を犠牲に逃げた男は入り口の扉をガチャガチャといじるが開かない。
ハルが迫ってきてると感じた男は後ろを振り返りたい気持ちを抑え、扉と格闘している。
「どうしてそんな最低なことができるんだ?」
ハルは男の背中、左の肩甲骨付近を手で貫いた。
男は自分の左胸から少年の手が出てきていることに驚いたが、少年の手に持っているものを見て更に驚いた。
自分の心臓が握られている。
「なぁ、自分かわいさに誰かを犠牲にすることほど見苦しくて胸糞が悪くなることないよな?」
ハルは貫いた手を引き抜かずそのまま男の眼前で心臓を握り潰した。
ハルは腕を男から引き抜くと振り向いて屋敷の主人に迫る。
「ヒィッ!!くっくるな!!」
「主人が死んだら奴隷の隷属の首輪は外れるんだよね?」
「やめろ!…やめてください!!」
─────────────────────
──何故あの人はフィルビーを欲しがるのだろうか。あの時ぶつかって、頭を撫でてくれたあの人、人族が獣人族であるフィルビーの頭を撫でるなんて……
フィルビーは頭にまだ残っている温もりを感じながら、自分の部屋、というよりも牢屋にいる。
獣人国でクーデターが起きてどのくらい経つかもわからない。フィルビーは両親に売られ、兄と別れてからかなりの時間が経っていたように感じていた。
あれ以来、フィルビーは心と時間を閉ざしている。
毎日が同じ顔ぶれ、同じ行動に同じ痛み。
──でも今日はなんだか楽しかった……
あの人の魔法と優しさがなんだか懐かしく感じた。また会いたい、フィルビーはそう思った時、首輪が外れた。
──どうして?
階段を下りて来る音が聞こえる。
フィルビーは頭についている耳をピクリと動かした。
獣人族の殆どの者は足音で大体の身体の大きさを判別できる。ましてやフィルビーはいつもと同じ人間が地下へ下りて来るのだから、違う者の足音を見分けるのは容易い。
姿を現したのは先程の、フィルビーの兄と同じくらいの体躯の少年だった。
──お兄ちゃんとそっくりの足音……
「これから宜しくね?名前は何て言うの?」
「…フィルビー、フィルビー・コールフィールド。あの、どうしてフィルビーを助けてくれるの?」
「君と最初にぶつかった時、あれは君からぶつかって来たんだ」
何のことを言っているかわからないフィルビーは首を傾げる。
「俺を誰かと勘違いしていたのかな?それともフィルビーは無意識に俺に助けを求めてたのかな……」
フィルビーは気が付いた。
「きっとお兄ちゃんと同じ足音だったから。お兄ちゃんがフィルビーを助けに来てくれたんだと思ったの、かも……」
「やっぱり助けを求めてたんだね?だから俺は君を助けに来たんだ」
フィルビーの目に涙が溢れる。
「それにもう一つ理由がある、獣人国のクーデターを止めたいんだ。俺は獣人国に行ったことはないからね。案内してほしい」
「はぃ、まかせて…ほしいの……」
零れる涙を拭きながら、フィルビーは呟いた。
ハルはフィルビーを抱き締めた。
屋敷から出るハルとフィルビー。
「まず図書館に行こうか?」
「はい!なの!」
フィルビーは大きな声と短い両手を精一杯上へ伸ばして返事をする。
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