第80話
~ハルが異世界召喚されて14日目~
【シルヴィア達が宿屋の談話室で急報を受ける少し前】
狼のような獣、ライドウルフに乗っている獣人達は国境を越えヴァレリー法国領、獣人国付近にある街アッパーフィールドへ向かっている。
「あの警備兵達全然たいしたことなかったな?なぁダルトン?」
頭に犬のような耳を持っている獣人が同じような耳を持っている獣人に訊いた。
「あぁ…このまま人族を皆殺しにする」
憎しみが溢れだし犬歯を見せ付けるダルトン。
「おぉ、こわ…お前も前は内気だったのにどうしてこんなに変わったんだ?急に強くなったよな?」
「……良心を捨ててから妙に力が湧いてきたんだ」
ダルトンは乗っているライドウルフの手綱を力強く握った。
「両親ってお前の親って死んだんだっけ?」
「その両親ではない。それよりもアッパーフィールドへ急ぐぞ?」
「了解!?……アッパーフィールドっていやぁ、お前の名前とちょっと似てるよな?」
ダルトン・コールフィールドは風を感じながら鼻で笑った。
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──おかしい…タイミングが良すぎる
シルヴィアは急報を受けて直ぐにヴァレリー法国へと帰還するために馬を走らせた。
急報では、獣人達が国境を越え、そこから最も近いアッパーフィールドを攻め落とし、そこから東にある都市シュラインに向かっているとのことだ。その数およそ5万の軍勢。
そして現在、シルヴィアの右腕でヴァレリー法国軍ナンバー2の実力を誇るブリッジが鎮圧に向かったとの情報しか入っていない。
シュラインは防護がしっかりしている為、いくら5万の軍勢が襲ってきたとしても1日2日で落とされる心配はないとシルヴィア達は考えている。その間に援軍にやってきたブリッジが鎮圧するという算段だ。
それとも、そんな防護を簡単に破れる秘策が獣人達にはあるのだろうかとシルヴィアは馬と思考を走らせた。
──帝国と獣人国は繋がっている?それともフルートベールと獣人国が?
要人をフルートベールへと招待し、抜けた穴に獣人を攻め込ませる。
──安直すぎるな。もしそうなら三國同盟など提案せずとも、いやそれも我々を安心させる為のブラフか?
しかし、何かを見落としてる気がする。三國同盟や帝国との関係を気にしすぎて、もっと単純なことを見落としている。
──アッパーフィールドを攻め落とすのが早すぎる……
シルヴィアは失念していたことにようやく気付いた。
「難民キャンプか……」
その言葉に反応するエミリアと要人達。馬の速度を緩め、足を止めた。
シルヴィアは近くにいるブライアンに話しかける。
「ブライアン議長、フルートベール王国にもアッパーフィールドと同じような難民キャンプがあるのか?」
「はい…。確か、ワーブレーという街が……」
「誰か!!フルートベールの地図を持っているものはいないか!?」
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<フルートベール王国領ワーブレー>
簡易テントの群れ、そこには自国から避難してきた獣人族が住んでいた。お世辞にも衛生面が良いとは言えない環境で獣人達はさまざまなストレスに晒されながら生活していた。
「おい!ジェイク!」
フルートベール王国領、ワーブレーにある難民キャンプにいる衛兵が獣人族であるジェイクを呼ぶ。
「どうかしたんですか?」
犬のような耳と茶色い毛並みを持つジェイクは声がする方を振り向いた。振り向いた勢いで垂れ下がった尻尾が振り回される。
「またあの獣人の双子が子供達と喧嘩したんだ!」
「アイツら…子供らは無事ですか?」
「軽い怪我でなんとかすんだ」
ふぅ、と溜め息をつくジェイク。
ここワーブレーは獣人国のクーデターにより難を逃れるためフルートベール王国に入国した獣人族が住まう難民キャンプが設営されている。
徐々にだが、この難民キャンプから労働者として別の街や村へと世帯ごとに移動していた。
ジェイクはクーデター発生直後からここワーブレーに来ているベテラン難民だ。彼の仕事はここで難民達の統率と治安維持をワーブレーに駐在している衛兵達と協力して行っている。彼と同じようなことをしている獣人族は何人もいるがジェイクはその中でもコミュニケーション能力が優れていた。
「…で?どうしてまた喧嘩なんかした?」
ジェイクは両腕を組んで訊くが、猫のような耳をつけた顔がそっくりな双子の獣人はそっぽを向いている。よく見ると2人とも顔に傷を負っていた。
そのうちの1人が呟いた
「向こうから先に喧嘩売ってきたんだ!」
「売ってきたんだ!」
続けてもう片方のおそらく弟が続く。
「はぁ…だから何度も言っているだろ?そんなの相手にするなって!」
「だって悔しいじゃんか!!」
「じゃんか!!」
ジェイクは少し黙った。
「…確かに俺達は人族から煙たがられてる。だけど全員からじゃない。話せばわかる奴だっているんだ」
「わからない奴だから喧嘩した」
「した!」
──確かに、話してもわからない奴の方が多い……
「わかった。じゃあお前らがもう近づかないようにしろよ」
「向こうが石投げてくる」
「投げてくる!」
──そんなことまで……
「それは、酷いな……それなら、俺が向こうの責任者に言っとくから、お前らも我慢してくれ!もう少しだから…ずっとこのままじゃないはずだから……」
ジェイクの言葉尻が弱くなった。
毎日少しずつだが、キャンプの人数が減っている。労働力として優先されるのは魔法が使える者と、肉体的に優れている者から他の街へ向かっていく。
たまに、怪しい貴族の趣味により連れてい
かれる獣人の女の子も少なくはない。
ジェイクは先程の衛兵に文句を言いに行く。聞いていた話と違うからだ。
「…そんなこと言われてもな、現にこの子達は怪我をしてんだぞ?」
髭を蓄え目が垂れて目元に隈?なのかシワなのかジェイクには判別のつかないものがある衛兵は言った。
この隈があってもなくても印象は良くない男だ。
先程の双子達と喧嘩した子供らがいる。
5人だ。
「いや、こっちの双子も怪我をしています。だけど話を聞けばそちらの子達が先に石を投げたそうじゃないですか?」
「あのドラ猫達の言うことを信じてるのか?」
衛兵が言う。
──ドラ猫……
「それに5対2も卑怯でしょ」
「卑怯って!そもそも喧嘩を吹っ掛けたドラ猫達がいけないでしょ!?」
──平行線だ…やったやってないの……
ジェイクはもううんざりしていた。
5人の人族の子供達はジェイクをからかうように舌を出し。笑い合う。さらには鼻をつまみ、まるでジェイクが悪臭を放っているかのようなジェスチャーをする。
「はぁ…わかりました。それならば彼等をキャンプに近づけないでください」
ジェイクはキャンプ地へ戻った。
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<フルートベール王国玉座の間>
ハルは大会を終え、現在は2日後に迫った帝国との戦争の作戦会議に召集されている。優勝できた喜びで路地裏に戻るのではと心配したが、第五階級魔法を使える為、勝つのは当然だとも思っていた。
優勝商品は豪商であるトルネオの宝物庫で好きなものを1点選び贈呈されるそうだが、トルネオは忙しく、今からあと7日後でないと宝物庫を案内できないと言われた。
正直、ガッカリした何故なら宝物庫の宝を全部アイテムボックスに入れて、まだ一度も唱えていない聖属性魔法を唱えれば路地裏へ戻れる。宝を誰に咎められるでもなく全部自分のモノにできたからだ。
そんな邪な考えを押しやり、今こうして初めてこの国の王様フリードルフⅡ世と相見えている。
ハル以外にレイとレナードも召集され、宮廷魔道師ギラバ、戦士長イズナ、学校長のアマデウス、軍師オーガストが一堂に会する。
「2日後に迫った帝国との戦争についてだが、まず獣人国がヴァレリー法国に侵攻を開始した件についてどうお考えか?」
イズナが軍師オーガストに質問する。
「これは、獣人国と帝国はやはり繋がっていると考えた方が良い」
オーガストは世界情勢を鑑みながら発言した。
「フフフ…いくら帝国が獣人と手を組んでいても第四階級魔法が使えるハル君がいれば無敵ですよ?」
ギラバはまだ興奮していた。
「ハハハハ…」
ハルは頭を掻いて照れ笑いをした。
イズナは今のギラバに危うさを感じている。三國同盟を最早結ばないでも良いと言い出しかねないからだ。
そしてあのダーマ王国のアベル。イズナはこの状況に違和感を抱いていた。
しかしながら次の戦争に同盟は間に合わないだろう。
そんな思考を邪魔するかのように玉座の間の入り口が何やら騒がしい。
「待ってください!」
「ここへは入れません!」
無理矢理にでも玉座の間へと入ろうとする者の影が見える。
衛兵の制止を振り切り、玉座の間に入ってきたのはヴァレリー法国のシルヴィアだった。獣人国に攻め込まれているというのにまだ、この王都にいたのかと玉座の間にいる者達は意外に思った。
「御免!無作法ではありますが時間がない故……」
シルヴィアは入り口でひざまずくと、
「ヴァレリー法国はフルートベール王国との同盟をお受け致します」
玉座の間にいる者はハルを除いて皆驚きの表情を隠せないでいる。
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