第95話 行商隊出発前の一コマ


 行商隊が到着して一週間後、フロストシティを出発する日になった。

 雪豹ギルドの駐車場には行商隊と私兵部隊と護衛の車両でほぼ満杯だった。

 特にミオンのドラゴンエッグはその大きさからかなりのスペースを占拠している。


 今回集まった雪豹チームの中でクルセイダーが最も護衛の経験があるということで満場一致で護衛チームリーダとなった。


「ミオン、ちょっといいか?」

「はい、なんでしょう?」


 出発準備をしているとクルセイダーのリーダーであるデビスがミオンに声をかけてくる。


「ミオンの車両にはトイレがあるだろ? 使用した分の水を提供するから、野営や集落到着時に使わせてほしい。無論掃除は我々がするし、使用優先権はミオン達のチームが第一位だ。どうだろうか?」


 デビスはドラゴンエッグに搭載されているトイレを護衛を含む行商隊の公衆トイレとして使わせてほしいと伝えてくる。

 ミオンがどうしようかと周囲に視線を向けると、固唾を飲んでデビスの交渉を見守る人々がいた。


「ミオンの車両だ。お前が決めろ」


 ミオンは助けを求めるようにターカーに視線を向けると、ターカーは突き放すように自分で決めろと言う。


「……いいですよ。ちゃんと水の提供と掃除お願いしますね」

「ああ、もちろんだとも!」


 ミオンがトイレの使用について承諾するとデビスは片腕を上げる。

 すると固唾を飲んで見守っていた人たちから歓喜の声が上がった。


「そんなに喜ぶことなのかなあ?」

「ミオンはこの手の依頼は初めてだったな。護衛依頼時のトイレ事情は結構深刻なんだ。今ぐらいの気温なら防寒具を脱いで出すこともできるが、夜や気温が低くなればそれもできん。オムツにすれば休憩時か集落に到着するまでずっとそのまま、運が悪けりゃ皮膚がただれる程かぶれる」


 周囲の喜びようにドン引きしていたミオンにデビスが苦笑しながら護衛依頼時のトイレ事情を口にする。


「車内で簡易トイレ設置するって方法もあるが、臭いや音とかがなあ……最悪だったのは大型ミュータントが車の下から突き上げて車体がひっくり返った時に簡易トイレが……」

「あ、それ以上は言わないでください。想像したくないです」


 大型ミュータントに車体をひっくり返された時の話をしたデビスの目からはハイライトが消え、感情のない乾いた笑みを浮かべた表情になっていた。


「まあとにかく、ミオンの車両のトイレはその辺の問題を一気に解決できるんだ。承諾してくれて本当に助かる。おっと、ちょっと呼ばれたんでこれで失礼する」


 行商隊の人に呼ばれたデビスはミオンにそう伝えると去っていく。

 他の護衛メンバーも各々の車両へと戻り出発前の最終点検を行っていた。 


「ミオン、食料用の缶詰と5・56の予備は買ったか?」

「はい、言われた通り買えるだけ買ってきましたけど……護衛依頼ってこんなに必要なんです?」


 ターカーに声をかけられ、ミオンは荷台に詰め込んだ小型コンテナを叩く。


「必要って言ったら~、必要だね~」

「集落などではフロストシティが発行している通貨より、こういった食料や弾薬の方が価値がある場合がある。缶詰の一つや二つ渡すだけで便宜図ってもらったりするんだぜ」

「へえ……」


 ターカーは集落などでは通貨より食料や弾薬による物々交換が主流だとミオンに教える。


「諸君!!  こうしてチームが集まり出発時間も間もなく訪れるが、その前にルートの確認と新たな問題が浮上した事を話しておきたい!!」


 デビスが自分達のチームが所有する戦車の上に立って拡声器で問題が浮上したと説明する。

 準備をしていた護衛の雪豹たちはデビスが述べた言葉に小さく不安を漏らしていた。

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