7章②高嶺さんとの距離
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一時間半ほど高速を走り、料金所を抜けて(あとで精算する)一般道へ降りた。
石上市に到着。
良港に恵まれており、漁業や魚介類の加工が盛んである。
海の近くへ進むと工場地帯があり、その一角に今日ドキュメンタリーの取材をさせてもらう『石上水産』がある。
駐車場に車を止め、降りた。
舞との密着で僕は目を回しそうになっていたが、それを見て舞は満足そうに微笑んでいた。なぜだ。
放送研の皆を、二人の男性が迎えてくれた。
一人は作業服を着た初老の人。工場長らしい。
もう一人は、僕たちと同年代。石上水産と共同開発した、藤堂ゼミの代表者……三年生の毒島さんという、少し陰気な感じの人だった。先に来ていたらしい。
高嶺さんが折り目正しく、工場長に挨拶する。
「陸奥大学放送研究会部長・高嶺遙花と申します。今日はお忙しい中、取材をお受けいただき、ありがとうございます」
皆で頭を下げる。
高嶺さんが菓子折を渡したあと、工場の中へ案内された。説明をうけながら、光輝がカメラで作業現場を撮影する。
高嶺さんは熱心にメモをとっていた。対照的に、鬼塚さんはあくびをかみ殺している。
一時間ほどして、応接室へ通された。
工場長と藤堂ゼミ代表の毒島さん、高嶺さんと鬼塚さんがテーブルを挟んで座る。
アナウンス班の二人が、インタビューを行うのだ。光輝が三脚に固定したカメラで撮影する。
高嶺さんが、工場長と毒島さんに質問した。
「今回の石上水産様と、陸奥大のコラボは、どのような経緯で決まったのですか」「開発で苦労されたことは?」
高嶺さんは相手の応答に真摯に耳を傾け、相づちのタイミングもうまい。プロのインタビュアーみたいに、興味深いエピソードを聞き出していく。
(凄いなぁ)
だがその良い流れは、突然に終わった。
毒島さんが、こう答えたあとのことだ。
「僕たち学生の発想と、石上水産さんの強みである加工技術を組み合わせれば、いいももが生まれるんじゃないかなと」
「あ、噛みましたね。『いいもも』って」
鬼塚さんが突っ込んだ。
(芸人じゃないんだから、別に言わなくていいじゃないか)
まさに『相手への尊重のないイジリ』。空気が固まる中、鬼塚さんがまた妙な事を口走った。
「あなたの毒島って名字は、食品開発には向かない名前ですけど――」
(そんな質問して、どうするんだ?)
だが鬼塚さん本人は『俺おもしろい事言ってる』的なドヤ顔をしている。
毒島さんは「それは、あの、名字ですから」と狼狽し、工場長はあきれ顔。
高嶺さんが慌てて、鬼塚さんをフォローする。
だが嫌な空気は払拭できず、インタビューは終わってしまった。
葵が強く目を閉じ、天を仰いだ。
●
工場の前で、放送研は列になった。
「ありがとうございました」
高嶺先輩の号令で、全員で工場長さんへ頭をさげる。
そのあと鬼塚さんはタバコをくわえ、拳をつきあげて叫んだ。
「終わった。これからキャンプだぁ!」
(苦行から解放されたように言わなくても! 工場長さん、聞いてるって!)
一層、いたたまれない空気になる。
カメラを担ぐ光輝が、苦々しい顔で、
「なあ草一。鬼塚さんってちょっとアレだよな……」
「ああ……」
ステップワゴンに機材を積んで、二台の車で出発する。
再び高速に乗り、キャンプ場のある岩手方面へ進む。
葵は助手席に、力なく座っている。一生懸命進めてきた企画が、鬼塚さんの変なノリでブチ壊しになってしまったのだ。
舞が葵の両肩を後ろからつかんで、
「葵さん大丈夫ですよ。編集次第でなんとかなります。ね。センパイ?」
「そうだよ。僕が鬼塚さんの出演場面をカットすれば……」
「でもそうすると、鬼塚さん機嫌損ねるよ」
「……そう、だろうけどさ」
葵は、いつか性同一性障害についてのドキュメンタリーを撮るために放送研に入った。
世間での認知度が低いこの問題に、光を当てるためだ。
今回のドキュメンタリーは、葵にとって一作目。しっかりしたものを作れれば、自信につながっただろう。
(それをあの野郎、ぶち壊しやがって)
怒りが湧いてくるが、一番悲しいのは葵だろう。僕にできることはないだろうか。
(そうだ。後日、前橋さんへ、鬼塚さんのくだりをカットすることを提案しよう)
そのことで鬼塚さんと揉めるかも知れない。
だが僕は、覚悟を決めた。
車は岩手県に入り、陸前高田インターチェンジで降りる。
その後、山間の道をしばらく走り……ランエボは駐車場にとまった。光輝が選んだキャンプ場だ。整備された草原に、家族連れや、僕逹くらいの若者が沢山いた。
管理棟で受付を済ませると、鬼塚さんが運転するステップワゴンもやってきた。
光輝が叫ぶ。
「鬼塚さん、俺達の区画、20番です!」
鬼塚さんはうなずいて、車をキャンプ場に乗り入れた。
このキャンプ場は細かく区画分けされていて、その一つ一つに番号が振られている。
割り当てられた番号の所に車を停め、そこにテントを張ったりする。
こうして車とセットでキャンプするのを『オートキャンプ』というらしい。なるほど、これなら荷物を運ぶ労力が少なくてすむ。
僕たちも歩いて『20番』の区画へ向かった。
高嶺さん、ツッチーさん、前橋さん、鬼塚さんがステップワゴンから荷物を出していた。
「まずテントを張りましょう」
高嶺さんの号令一下、僕たちは動き出す。
テントは男グループと、女グループの二つ。
それぞれ男女に分かれてテントを建てる。僕は初めてなのでやり方がわからない。まごついていると、光輝が教えてくれた。
葵も男グループのテントを建てている。どうやら男のテントに泊まるらしい。
その後、タープ(布製の日よけみたいなの)や焚き火台の設営をする。
高嶺さんは携帯コンロに大鍋で湯を沸かし、昆布で出汁をとっている。芋煮を作るのだろう。
僕が、切った野菜を渡すと、
「ありがとう月岡君。切るの一人じゃ大変だったでしょう」
「いえ、舞が手伝ってくれました」
「どこで作業したの?」
「僕のアパート……」
あれ? なんかこれって、誤解されかねない発言じゃないか?
仲が良いのね、と高嶺さんはうなずいたあと、鍋に豚バラ肉、野菜を入れ、顆粒ダシ、味噌で味付けしていく。
高嶺さんが汁を小皿にとって、僕に差し出してきた……うん。美味しい。肉と野菜から、いい味が出ている。
高嶺さんに小皿を返すと、彼女もそれで味見しようとした。
それ間接キスにならない? と思った時――
「高嶺さん食レポして下さい、食レポ!」
いつのまにか光輝がカメラを持ち、高嶺さんに向けていた。
「グルメ番組みたいに、味を伝えるんですよ。アナウンス班として、挑戦してみませんか?」
高嶺さんは少し考えたあと、うなずいた。
光輝はニヤリと笑って、
「ただレポートするだけじゃつまらないから、NGワード決めましょう。 俺と草一が決めたNGワードを言ったら罰ゲームですよ」
「後からそんなの、ずるい」
「まあまあまあまあ」
光輝は強引に押し切って、僕に紙とペンを渡してきた。これに『NGワード』を書けということだろう。準備がいい。
(食レポで、よく言いそうな言葉か)
グルメ番組を思い出してみる。
『コクがある』『野菜の甘み』『濃厚なようであっさり』……
色々あるが、僕は『ホッとする味』と書いた。芋煮は高嶺さんの出身・宮城の郷土料理。こういう感想が出てもおかしくない。
光輝も紙に何か書き込んだあと、高嶺さんにカメラを向けた。
「ではお願いします。3、2、1、スタート!」
高嶺さんは小皿に汁をとり、すすった。
少しトーンの高い声で、
「ん~、肉や野菜から旨味が――」
「はいアウト!」
光輝が紙を示した。そこには『ん~』と書かれている。確かにグルメ番組で、この前置きよくするな。
「瞬殺……」としょんぼりする高嶺さんに、光輝が罰ゲームを告げた。
「では高嶺さん、語尾に『にゃん』とつけてください」
(はぁ!?)
リア充からそういう発言が出てくるとは思わなかった。どっちかといえばオタの感覚だ。
高嶺さんは頬を染めて、うつむいた。
覚悟を決めたように皿を置き、両手で猫の手を作り、
「……ひどいにゃん」
(ごはっ)
破壊力十分であった。言われてもいないのに、猫の手を作ったのも天然っぽくてポイント高い。高嶺さんは逃げるように「お手洗いにゃん」と駆けていってしまった。
光輝が、得意げに顔を近づけてきて、
「ふふん、感謝しろよ草一。お前が好きそうな罰ゲームやってやったぞ」
「ししし失礼な。別に好きじゃねーよ!」
「ほぅ、じゃあ今の録画した映像、いらないんだな?」
「……すいません、好きです」
光輝が大笑いして、僕と肩を組んでくる。僕も思わず笑った。
●
テントやタープを張り終え、バーベキューコンロに火を入れる。キャンプの準備がほぼ完了した。
「うーし、こんなもんかな。しかし汗かいたな」
鬼塚さんがタバコを吹かしながら、
「光輝、ここシャワー棟があるんだよな?」
「はい。そこの坂を下っていった所です」
「じゃあ荷物番もあるし、四人ずつ交代で行こうぜ」
僕は考える。このままでは、行きの車と同じ組分けになるだろう。
告白に備えて、さらに高嶺先輩と喋って距離を縮めないと。
「あの」
手を上げた僕に、皆の注目が集まる。
「親睦を深めるという意味でも、組をシャッフルしませんか?」
「あぁ?」
鬼塚さんがヤクザばりに睨みつけてきた。この『あぁ?』は、聞き返しているのではなく『なに調子こいて提案してんの?』という意味だろう。
ツッチーさんが、ふわふわした声で間に入る。
「まーまー、月岡の言うことにも一理あるよ」
そして『グーパー』で決めた結果、こんな組分けになった。
僕、高嶺さん、ツッチーさん、前橋さん
舞、光輝、葵、鬼塚さん
先に僕たちの組が出発する。
ツッチーさんと前橋さんはカップルなので、必定、僕と高嶺さんがペアで歩くことになる。
シャワールームへの道はつづら折りの下り坂で、両脇にはアジサイが植えられていた。
「花が、綺麗ですね」
「そうね」
会話が続かない。さっきの『にゃん』を恥ずかしがっているのだろうか。
どうすれば盛り上がれるだろう。
そのとき、若い女性二人組が近づいてきた。手に持ったスマホを高嶺さんに示して、
「すいません、写真いいですか?」
「あ、はい」
高嶺先輩はアジサイの前に立つ。
そして右足を左足の後ろにさげ、片手を腰に当ててポージングした。
……行動の意味がわからない。
僕と同様、女性ふたりも困惑した様子で、
「あの、すみません。私達二人を撮っていただきたいんですけど……」
「!? あっ、ごめんなさい!」
高嶺先輩は、慌ててスマホを受け取って撮影。
二人は礼を言って去って行った。
高嶺さんは僕に背中を向ているけれど、全身がぷるぷる震えている。うなじが、赤く染まっている。
「これは仕方ないの」
「え?」
「大学内でもよく女子に『一緒に撮って下さい』とよく求められるから。さっきは少しボーッとしていたし」
物凄い早口でいった高嶺さんに、僕は。
「……ぶっ」
吹き出してしまった。
高嶺先輩が勢いよく振り返る。ポニテの先端が僕の鼻をかすめた。
「わ、笑わないでっ」
「いや、だって……無理です」
高嶺さんが唇をとがらせ「もう」と地面を靴でつつく。
僕は凄く思いきって、少しイジってみることにした。舞いわく、相手を尊重すれば相手が不快に思うことは少ないらしい。
これから言うことは、イジってはダメなボーダーラインを超えてはいないと思う。多分。
「前から思ってましたけど高嶺さんって少し……天然ですよね」
「なっ!」
高嶺さんが顔を近づけて、くってかかってくる。ち、近い。
「そ、そんなことない。いったい何を根拠に」
僕は。
両手を突き上げて、高嶺さんが以前『外郎売り』を読み終わったあとのマネをした。
「『高嶺選手、新記録、やりましたー!』」
「――つ、月岡君!」
高嶺さんが、ぽかぽか叩いてくる。元アスリートなので地味に痛い。でもその表情は笑顔。イジりに成功したようだ。
(じゃ、じゃあ次は……)
舞に教わった『マイナス・プラス話法』をしてみようか。
『マイナスのことを言っても、プラスで締めれば印象がよくなる』というものだ。
「でも高嶺さんのそういう所、親しみやすくて素敵だと思いますよ」
「!」
高嶺さんの動きが止まった。そして「私が、親しみやすい……?」と、言葉を噛みしめるように呟く。
「えへへ……」
嬉しそうに、口許がほころんでいる。何故かかなり響いたようだ。
告白に向けて、結構いい感じかも?
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