朝日奈さんクエスト ~センパイ、私を一つだけ誉めてみてください~

壱日千次

1章① ひとり至上主義な僕と、画面の向こうの君

 僕――月岡草一が、大学進学のため田舎から、ここ仙台市へやってきてから五ヶ月。

(ふふふ)

 僕はキャンパスライフを謳歌していた。それは友達やサークル仲間と過ごす青春の日々……

 などではなく。

 一人で大学の図書館の半個室にこもり、人類の英知にふれること。

 古今東西の書物――

 そして、ネットゲームだ。

 僕は背中を丸めて愛用のノートPCを凝視。そこには滑らかな3Dグラフィックが表示されている。

 WCO――ワールドクロニクルオンライン。

 世界中にユーザーがいる、オンラインアクションRPGだ。ジャンル問わずいろんなゲームをしてきたけど、大学に入ってからこれにハマっている。

 画面には全身甲冑を着た屈強な男。

 僕が操作する『守護者(ガーディアン)』のガウェインだ。

 そしてその後ろから、杖とローブを身につけた男がいる。『魔術師(ウィザード)』のサトシだ。会ったことはないけれど、高一の男子らしい。

 サトシがチャットに書き込んだ。

サトシ『ガウェイン、今日も頑張ろうっす』

 僕は以前、WCOをソロでプレイしていた。

 だがサトシが、外国人らしきユーザーに英語で話しかけられて困っていたところを、間に入って通訳して助けた。

 それ以来サトシは、僕についてくるようになった。

 いまは二人でパーティを組み、僕が前衛兼指示役、サトシが後方で魔法を使う役割。

 二人の眼前には強大なモンスター――『エンシェントドラゴン』。こいつを倒すのが、僕達パーティの今のクエスト。

 僕は指示を出す。

ガウェイン『サトシ、こいつは素早さが武器だ。まず土魔法で足場を悪くして、それを封じてくれ』

サトシ『了解っす』

 僕とサトシは息の合ったプレイをする。戦術がうまくハマり、エンシェントドラゴンのHPを削っていき……倒した。

(よしよし)

 ニヤリとしていると……

 とつぜん見知らぬチャラい男が、僕のノートPCをのぞき込んできた。

(おわっ)

 いきなりパーソナルスペースへ侵入され、ビクッとした。

 男は髪を派手に染めており、和柄のシャツの下からは逞しい筋肉が浮かび上がっている。

 僕を薄笑いで見下ろし、タバコの匂いが混じる吐息とともに、

「お前、大学の図書館でPCゲームやってんの? 暗っ」

「あっ、いや……」

 目をそらしながら、ぼそぼそと言う。普段全く喋らないせいか、うまく声が出ない。

 チャラ男に、後ろから化粧の濃い女が抱きついた。嘲りの目を僕に向けて、

「ちょっと流星、かわいそうだしやめなよー」

「だってこいつ、ビビってるからさ~」

「「あはは!」」

 そして、僕へ見せつけるようにキスをする。腕を組み、遠ざかっていく。

 呆れて、その後ろ姿を見送った。

(どこにでもいるなあ。ああいう風にマウント取るやつ)

 高一の頃、同じクラスで野球部のレギュラーのヤツが、僕のひ弱さをしつこくバカにしてきた。

 僕は気持ちを上手く伝えるため、丁重に手紙をしたためて渡した。

『君のチームは、この間の大会で強豪私立に33-0で惨敗した。僕にマウント取る暇があったら、練習したほうがお互いのためだよ』

 そしたら殴られた。どう考えても僕が正論なのに。

 ノートPCに目を戻すと、サトシの書き込みがあった。

サトシ『ガウェイン?』

   『回線が落ちちゃったっすか?』

ガウェイン『いや、大丈夫。すまない」

     『そういえばサトシ』

サトシ『はい』

ガウェイン『今日お前、夏休み明けのテストの結果、返される日だよな? どうだった?』

 サトシは今年の春、高偏差値の高校に入学したが、全く勉強についていけなかった。

 五教科では国語以外すべて酷かったが、特に英語が壊滅的。

 それを聞いた僕は英語、ついでに他の教科も教えたのだ。

 今回のテストもまずかったら、留年も現実味を帯びてくるが――

サトシ『ばっちりでしたっ! 五教科全部、余裕で平均点超えです!』

ガウェイン『そうか』

サトシ『ガウェインも夏休みとかお忙しかったでしょうに。俺のためにすみません』

ガウェイン『気にするな』

 誰かに教えることは、僕の英語力のアップにも繋がる。

 いずれ、誰とも会わずに在宅でできる翻訳のバイトをしたいと思っているので丁度よかった。あくまで自分のためである。

サトシ『いや、気にするっすよ。ほんと俺、感謝してるっす……あのですね ガウェイン』

 すると急に、サトシのメッセージが止まった。

 二十秒ほど経って、僕が『どうした』と打とうとしたとき、

サトシ『エンシェントドラゴンから素材もゲットできたし、新しく武器作りに行きましょうっす』

(なんだ?)

 今、強引に話題を変えられたような。

 怪訝に思っている間に、サトシはマップ上を駆けはじめた。


 

 サトシとのプレイを終えたあと。

 僕はノートPCをデイバッグにしまい、クーラーの利いた図書館から外へ出る。九月の残暑はまだ厳しく、蒸し暑い空気が身体を包む。

 ここ陸奥大学は東北一の偏差値を誇る、名門国立大。

 講内には仲のよさそうな友人同士や、カップルがたくさん歩いている。 近くに建つサークル棟には、多くの学生が出入りしていた。

「あははははは」「あの教授の講義、つまんねーよなー」「東北芸大との合コンがさー……」

 まるで縁日のような賑やかさだ。

(高校までなら、僕みたいなボッチはクラスのイジメの標的となるけど――)

 だが大学では、それはない。

 そもそもクラスがないからだ。

 自分で選択した授業を受けるため、同学年のつながりが高校と比べると非常に薄い。

 なのでボッチは、誰からも気にされない、空気のような存在となるのだ……僕のように。

(なんて素晴らしい!)

 思えばクラスなんてものは、異常な場所だ。

 力や、外見でカーストが決まるなんて、猿山にも等しい。

 偶然集まっただけの集団なのに、仲良くしたり空気を読むことが求められ、出来ないものは群れから排除される。僕のように。

 下らない、しがらみから解き放たれたのだ。なんて幸せだろう。

 お気に入りの言葉を口ずさみながら、歩き出す。

「『犀(さい)の角のように、ただひとり歩め』」

 サイは群れを作らず、ただ一頭で生きるという。僕の心境にぴったりだ。

 アパートに帰ったら、昨日漬けた煮卵でラーメンを作ろう。美味しくできているか楽しみ。

 門へ向かう。右手に見えるグラウンドでは、野球部やラグビー部が野太い声をあげて練習している。

 その喧噪を縫うようにして。

 清らかに澄んだ声が耳に『すっ』と入り込んできた。

「こんにちは。放送研究会二年の、高嶺遙花です」

 反射的に立ち止まり、そちらを向く。

 グラウンドの一角に、マイクを持った女性がいた。艶やかなポニーテールが風になびいている。

 ピンと伸びた背筋。腰の位置が驚くほど高くて、そこから細いジーンズに包まれた長い脚が伸びている。九等身近くありそうな、抜群のスタイルだ。

(高嶺先輩)

 僕と同じ高校の出身で、インターハイの百メートルで優勝したこともある女性。

 大学では放送研究会――放送研に所属し、昨年の学園祭では司会を務めたらしい。その美貌から『陸奥大の女神』と呼ばれている。

 高嶺さんへ、男子がカメラを向けている。放送研はYouTubeに動画をアップロードしているので、その撮影だろうか。

 高嶺さんの後ろには、スポーツウェアを来た二十人ほどの男女がいる。

「今日わたしは、ラクロス部にお邪魔させていただきました――」

 僕は、魂を抜かれたように彼女を見つめた。

 三年前――ある事件から高嶺さんに手を引かれた日から、見かけるといつも心を奪われてしまう。

(でも)

 高校時代の高嶺さんは孤高で、リポーターをするようなタイプではなかった気がする。

 大学に入って変わったのだろうか――と思っていると。

 ふと、高嶺さんがこちらを見て、目があった。

(っ!)

 頬が、かあっと熱くなった。僕はうつむき、早足で歩き出す。

 そのときスマホが鳴った。LINEメッセージだ。

 

サトシ『突然すみません。いままで黙ってましたけど』

 『俺が通ってる高校って、宮城県の仙台学院高校。

 センパイが通ってる陸奥大学の近くなんす』


 驚いた。

 だがそれに続く言葉は、さらなる衝撃だった。


サトシ『今日、これから会いませんか? オフ会ってやつっす』




 サトシがオフ会の場所に提案したのは、陸奥大学から三駅ほど離れた場所にあるガストだった。

 僕が知っている店は、ひとりメシを楽しむ大衆食堂や蕎麦屋などばかり。誰かと会うには向いておらず、指定してくれたのはありがたい。

 地下鉄に揺られながら、考える。 

(サトシと会う、か)

 ひとり至上主義者の僕だが……

 オフ会は初体験。しかもサトシはWCOで何度も共に死線をくぐりぬけてきた仲間。興味がないといえば嘘になる。

 目的の駅に到着。休日はよく一人で街ブラするが、この街には来たことがない。

 少し歩いてガストの入り口に到着したとき、サトシから再びLINEが来た。

『先に入ってます。禁煙席の、窓側の一番奥にいるっす』

 ガストに入ると、女性店員さんが「いらっしゃいませ! おひとり様ですか!」と元気いっぱいに話しかけてくる。

 その光のオーラに圧倒されつつ、

「あの、待ち合わせで……」

 では中へどうぞ! と言われたので、禁煙席側へ歩く。

 席はほとんど埋まっていて、カップルや家族連れで賑わっていた。

(ええと、窓際の一番奥――)

 改めて、サトシがどんな人間か思い返してみる。

 彼とは以前、こういうチャットをした。

『妹に、私服がダサすぎるって怒られたっす』

『いやー、居間でVRのAV見てたら、いきなり帰ってきた妹に見つかっちゃって、大げんかっす』

 これらのエピソードから、さえない高校生男子をイメージしていた。

 だが……。


 全く正反対の、派手な女子高生がそこにいた。


 染められたセミロングの、ふわふわと柔らかそうな髪。

 首には赤いリボンタイ。ワイシャツは第二ボタンまではずしており、大きな胸が少し見えていた。だがだらしなさは全くなく、着崩した感じがよく似合っている。耳にはピアスをしていた。

(……お、女の子??)

 スマホを見ながら前髪をいじっていた彼女が、顔をあげた。

 視線がぶつかる。

 長いまつげに彩られた大きな瞳が、ジーっとこちらを見つめてくる。

 気圧されてしまい……思わず『たまたま目が合っただけですけど何か?』的な感じで通り過ぎてしまった。

 イメージとの、あまりの落差に混乱。

 このままトイレに飛び込んで、状況を整理しようとしたとき――

 目の前に、女子高生が回り込んできた。

「もしかして、ガウェインさんですかっ?」

 少し鼻にかかった声とともに、まっすぐに僕を見つめてくる。身長は僕より低いだろうが、目線の高さは同じくらいだ。姿勢がいいのだろうか。

 目をそらして、何度もうなずく。

 少女が深々と頭を下げた。ふわりと舞う栗色の髪から、香水と女子の体臭が入り交じったような、甘い香りがした。

「私がサトシです、初めまして! いつもお世話になっています!」

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