491.【後日談4】弟子入り その4


・錬金術工房の、ある若者錬金術師視点



俺はヴィクター。錬金術師だ。


半年前から魔獣都市マタタビの錬金術工房に務めて、今ではそこそこのお給料を貰っている。

これといって不満も無い。


しいて言えば、最近はアレクサンドラ研究所とかいう所に売上が負けていることだろう。

俺自身はそんな事どうでもいいのだが、上司が嘆いていて、うるさいのだ。


錬金術工房が潰れたらどうしようとかほざいてる連中も居るが、潰れたら潰れたで、別のどこかで雇ってもらえばいい。

俺はアレクサンドラ研究所に行くつもりだけどな。

こんな無能共と一緒では、俺の才能が埋もれてしまう。

是非とも、俺に相応ふさわしい場所で働きたいものだ。


ま、この国では、錬金術師である、というだけで勤め先に困ることは無い。

最悪、よその国に技術者として向かえば良い。

錬金術師は引く手数多あまたなのだ。

無能の彼らでも、職につけなくて困ることは無いだろうよ。


プライド高い上司が、売上をアレクサンドラ研究所に負けた事に関してぐぬぬ、って顔してたけど。

この錬金術工房に一生居座るつもりだったのかな?

時代の流れに柔軟に対応出来ないという時点で、やはり無能。

無能、無能、無能。


こんな古臭い研究ばかりしてる無能な錬金術工房がどうなったところで、別に誰も損しないよね。

むしろ早く潰れた方が、錬金術の発展に寄与するというもの。

錬金術工房はしょせん、時代の敗北者なのだ。


とか自宅でのんびりコーヒーを飲みつつ考えていたら、上司から呼び出しだ。



「ヴィクター、今から錬金術工房へ行くぞ。

工房の錬金術師全員、見習いのお前も含め強制参加だ」


「いったい何が始まるんです?」


「錬金術師全員の研修だ」


「??? ま、いいけど。行ってくるよ、カボチャ猫」


「んあー(おうよ)」



俺が世話してるオレンジ色の魔獣、カボチャ猫に挨拶し、仕事道具を持って家を出る。


錬金術工房までの道の途中で聞いてみると、1ヶ月間、研修で泊まり込みをする、という話らしい。

ずいぶんと急な話だなぁ。

何も用意してねーけど、ま、いっか。


などと、この時の俺は随分と楽観的に考えていた。



◇ ◇ ◇ ◇



・錬金術工房の、ある若者錬金術師視点



錬金術工房内の会議室にて。



「にゃー(では外部時間で1ヶ月間。

工房内部時間で150年分、頑張ってもらおうか)」



最初、肉球魔王様が発したこの言葉の意味が分からなかった。

研修は1ヶ月ではないのか?

工房時間内で150年?


150年頑張るつもりで1ヶ月乗り越えてみろ、ってことなのかな?

だとすると、肉球魔王様はとんだロマンチストだな!


根性論で人の行動が変わるとしたら、それはよほど単純な奴だ。

それもすぐに意見をコロコロ変えるような、自分の信念が無い無能だ。

無能、無能、無能。


肉球魔王様がそんな無能だとは思わなかったけど、事実、根性論を振りかざす無能である事が確定した。

もはやここに居る意味は無い。

無能の下で1ヶ月研修しろ、だって?

馬鹿馬鹿しい。


俺は会議室を出る。

1時間後から研修がスタートするらしいが、そんなものに付き合ってやるほど、俺の時間は安くない。

今すぐこんな工房辞めてやる。


そう思いつつ、工房の入り口から出ようとしたが、



バチッ!



静電気に打たれたような音がして、俺の体が弾かれた。



……。


もう一度、入り口から出ようとする。



バチッ!



「……」


「にゃー(あぁ、言い忘れていたが)」


「ヒェッ!」



振り返ると肉球魔王様が居たので、ビクッとした。



「にゃー。にゃー(内部時間で150年の間は、結界の外に出られないぞ。

外の奴らに連絡を取りたいなら、手紙のやりとりをするんだな。

物資に関しては、雑貨屋クローバーの商品を定期的に中で販売してやろう。

欲しい物があればだいたいは取り寄せてやるから安心しろ)」


「えーっと、150年というのは?

1ヶ月の研修では?」


「にゃー(ちゃんと伝わらなかったのは悪かったな。俺の作ったこの結界内部では、時の流れがとても急速になる。

今、俺達は結界内部に居る。外で1ヶ月経った時、この結界内では150年経った事になるんだ)」



……。


え?



「つまり、1ヶ月間の研修ってのは、外から見た話で、内部の俺達は本気で150年間研修させられるってこと?」


「にゃー(イグザクトリー)」



肉球魔王様は無能でも、ロマンチストでもなかった。


やる気がある奴も無い奴も、等しくスパルタ指導する、鬼師匠だった。


この日から、俺達は登り始めることとなったのだ。


長い、長い坂道、いや、急斜面を。


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