433.【後日談3】嫌な思い出



ある日の夜。今日は雨だ。


今まで今日のような天候の日には、緊急の場合を除き魔獣幹部達の会合はなかった。

濡れるのは嫌だからな。


だが、学校区画に作ったマタタビ会館。

ここの大ホールなら、濡れずに集まって会合をする事が出来る。

魔獣幹部キメラが20体は入るほどの広さなのだ。


さっそく魔獣幹部達はここで会合をする事にしたようなので、俺も参加する。

野次馬の魔獣は居ない。今日は家にこもっているのだろう。



「んなー(それにしても電子書籍の無料配布とは、かなり思い切った事をしましたな)」


「うんみゅう(肉球魔王様のふところが心配)」


「にゃー(学校制度が上手くいくとは限らないからな。

もし制度が上手く根付いたなら、来年度からはこの都市の予算で購入してもらうつもりだ)」



この都市に行き渡る分だけ、俺とヨツバのお小遣いから電子書籍は購入した。

電子書籍は、首輪を使えば見られるようにサーバーをアップデートした。

なのでこの都市の住人ならば、誰でも電子書籍を閲覧出来る。


といっても、中に入ってる電子書籍の9割9分以上は著作権切れで元々無料配布されていた奴だ。

買った書籍にしたって、教育用として大量購入したら割引されるようなのにしてあるから、お買い得だ。

あと授業で使うデータを一通り入れてある。


ヨツバが学校を作ろうとか言い出さなければ、こんな事しなかったのだけれども。

ま、助力は惜しまないけどな。



「ガゥ!(それで留学生のカリキュラムだが、彼らの要望を考慮して作った案が5つほどある。

ゾンビキャット、案の書かれた紙を出してくれ)」


「アァー……ド……ウ……ゾ」


「なるほどねぇ」


「にゃー(どれも悪くないんじゃないか?)」



こうして会合は過ぎてゆく。



◇ ◇ ◇ ◇



昼。魔獣都市地下空間のゴーレム製造所にて。

俺は定期的に行っているメンテナンスを終えた。

今日も異常無し。


一応、金の亡者とカルロ君もここの構造を知っていて、彼らにメインメンテナンスを任せている。

二人ともよくやってくれているようだ。


今日はヨツバも一緒に来ている。

俺が行き先を濁したら、興味が湧いたらしい。

ネルは宿屋の仕事の手伝いでお留守番だ。



「ゴーレムの設計図の元を作ったのが、マックとパーシーの子どものアレクサンドラ君、通称アレックス君でしたっけ」


「にゃー(ああ)」



ヨツバは、大鍋をかき混ぜるゴーレム達を見回し、つぶやく。



「見事ですね。ゴーレムは単純作業しか出来ないとはいえ、人工魔石により半永久的に休まず働く労働力。

これを作ったアレックス君は天才ですね。ですが他の都市や国でほとんど使われていないのは、何故ですか?」


「にゃー(この人工魔石は、作り方が特殊でな。作る段階で重要な工程が604ほどあるから、まず真似出来ない)」


「なるほど、直接見た者でないと、再現出来なそうですね。私はする気ありませんけど。

でも人工魔石は錬金術工房で買う事が出来るので、それを使えばゴーレムの製造が出来るのでは?」


「にゃー(作りたての人工魔石を10分以内に、ゴーレムの体に埋め込む作業が出来たらの話だけどな)」


「無理ですね」



なので錬金術工房で人工魔石を購入する商人は、もっぱら魔道具制作用として購入している。



「……ところで猫さんは、マックが殺された事がトラウマなのですか?」


「にゃー(いや? ってかトラウマなら入り口でそのシーンを見ないだろ)」



あまり良い思い出ではないが。

自分が調子に乗らないようにと教訓にさせてもらっている。


どんな結果であろうと結果は受け入れる。

俺が前世で研究者として学んだ一番大事な事だ。


研究中の薬の薬効の判定で、既存の物に劣っているというデータが出たとする。


正直にデータを提出すれば、会社は何十億の赤字になる。

中小の会社ならそのまま倒産する。


データをきちんと提出して倒産した会社も、データを改ざんして世界中に迷惑かけた会社も、俺は知っている。


どちらの会社が立派だったのかは言うまでもない。



「にゃー(あの出来事は嫌な思い出だが、あの日から学んだ事も多かった。

俺には必要だったんだよ)」



この世界は弱肉強食だ。

前世の道徳や倫理感を持ち出しても、理不尽な力で大事な者を奪われてしまう。


だから俺も理不尽な力を手に入れた。

理不尽に対抗するために。



「そうですか。それはそうとここのゴーレムって、ホムンクルスの下位互換じゃないですか?

猫さんならここのゴーレム製造施設取っ払って、ホムンクルス製造施設くらい作れそうですけど。

ってか作ってくださいよ」


「にゃー(ここは俺とアレックス君の思い出の場所だぞ!)」


「そんな怒らなくてもいいじゃないですか」



ヨツバは時々、人の感情を平気で踏みにじる。

いや俺は猫だが。


ゴーレムよりも便利な魔導生物は作ろうと思えばいくらでも作れるが、この都市の住人には過剰だ。

作りたいのなら勝手に住人が作ればいい。


俺は不機嫌な顔で地下施設を出て、魔獣幹部達に心配された。


その日の夜にヨツバが俺に、グレイトサーモン焼きをプレゼントしてくれたので、仲直りした。

我ながら大人げなかった。


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