9.宿屋の親子


「ママー、お家の前に猫がいるよー」


「本当ね。おネンネしてるわね」


「雨に濡れないように、お家に入れてあげてもいいー?」


「いいけど、逃げないかしらね」



目を覚ますと、人間2人が俺のことを見ていた。



「にゃー(何だ?)」



一人は4歳くらいの女の子。

もう一人は30代くらいの女性。


この宿屋を経営している家族だろうか。


女の子が俺に近付き、だっこして持ちあげようとするが、



「お、重いよー」



そりゃな。俺の体重は体感12kgはある。

……猫にしては重すぎな気もするが。


ともかく、小さな子どもの力で持てる重さじゃない。


女の子は諦めたのか、俺のことを放す。



「うっ、うぇぇぇぇぇええええええん!」



げ、女の子が泣いた。


俺はおろおろする。こういう時、野良猫ならどうする?

顔を舐める?


いや待て、幼女を舐めるとか犯罪だろ。

俺はロリコンじゃねぇ。



「あらあら、ネルったら、仕方ないわね」



お姉さんが俺に近付き、持ちあげる。



「あら、この猫、暴れないわね。これなら家に入れられるわね」


「うう?」



女の子が泣きやみ、俺を見て笑顔になる。


そして俺はそのまま宿屋の中に連れていかれた。



◇ ◇ ◇ ◇



宿屋の中では、人間達が夕食を食べていた。

おいおい、食堂に動物を連れ込むなよ。

この国には清潔という概念が無いのか?



「お? ナンシーさん、その猫どうしたんだ?」



食事中の男が、俺を抱きかかえているお姉さんに聞いてくる。


この人はナンシーという名前で、子どもがネルという名前か。



「宿屋の前で寝ていたんですよ」


「ほー。それにしても太い猫だ」



うるせぇほっとけ。


俺は宿屋の管理人部屋っぽい所に運ばれた。



「それじゃネル、お母さんお仕事で忙しいから、猫さんと遊んでいるのよ」


「はーい!」



ナンシーさんが部屋から出ていき、俺と少女が部屋に残される。



「猫さん、ご本読んであげるねー」



ほぅ。羊皮紙で出来た本だ。

珍しいな。いや、この国では普通なのかもしれん。



「昔々、灰かぶりの奴隷の少女がいました。

少女は美しかったため、主人の女召使によくいじめられました。

ある日少女は……」



俺は少女の読んでいる本を覗きこむ。

そこに記されている文字を覚えてしまえば、人間と意志疎通が出来るかもしれないからな。


少女ネルが同じ話を10回ほど繰り返し読んでいると、ナンシーさんが戻ってきて、別の本を俺達に読んでくれた。


やがて日が暮れる。


そういえばこの家、電球が無いが照明はどうするんだろう?

油でも燃やすんだろうか?



「そろそろ暗くなったわね。明りをつけましょうか。

『闇を照らせ。ライト』」



ナンシーさんが言いつつ天井に手をかざすと、天井に光の玉が現れた。


おお、魔法だ! すげぇ!



「ライトが必要なお客さんの所に行ってくるわね」


「はーい」



ナンシーさんの出した光の玉は1時間くらいで消えた。


その後、俺達3人(2人+1匹)は広いベッドで寝た。

ベッドは冗談みたいな固さで、掛け布団はペラッペラだった。

俺は体毛があるからいいけど、人間はこんなので寒くないのだろうか。


ま、野良猫の俺が心配することでもないか。

おやすみなさい。


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