第2話

 命令書を忌々しいものと言わんばかりに机に叩きつけ、オリバーはミハエルのいる独房へ走り出した。

「下がれっ!!!!」

 普段のオリバーからは考えられない表情と口調で告げられた兵が、驚きと恐怖に駆られ、そそくさと去っていく。

 オリバーの様子が普段と違うことに気がついたのは鉄扉の向こうにいるミハエルも同じだった。

 ガチャガチャと鳴る扉をいぶかしんで、這うように扉に近づく。処刑まで、この扉はあかないものだと思っていた。

 …今日がその日で、今がその時なのだろうか。

錆びた蝶つがいが軋んだ音を立てて開いた。見上げれば、硬い表情をしたオリバーの姿。

「…ノア中尉、…お別れ、ですね」

 思ったままを口にした。何故微笑んだのかは、自分でもわからない。 ミハエルのその諦めから来る微笑みが儚くも美しく、悲しい。

 まだ、今はその時ではないが、その時は確実に迫っている。

「…嫌だ…」

「…?」

「嫌だ…っ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!!!」

 最早、自力で身を起こすこともできない程に衰弱したミハエルの体を抱きしめて、狂ったようにオリバーが叫ぶ。

「このままでは、私は貴方を殺さなくてはならないっ…例え、…例え私が嫌だと言っても、他の誰かが貴方を殺してしまう!!」

 このまま、ミハエルを壊してしまうのではないかと思うぐらいに抱きしめて、ただ、心が命じるままに言葉を紡いだ。

「我が国が敗北した時に既に決まっていたこと、それが私の定め。…やっと、楽になれます…」

「…っ」

 安堵の息を吐くかのように、彼は言う。オリバーの心を置き去りにするかのように。

 ミハエルがここで生き続ける限り、苦しみ続けることになる。敵国の将校を、見逃す国などありはしない。

 ミハエルがここを出る時、それは彼の命が終わる時。

 いつからだったか、牢の前で昔話をするようになってしまったことを、ミハエルは後悔とはまた違う意味で、やめておけば良かったとかと思った。オリバーは優しい。通わす情は少なくしておくべきだったと思いながら、それでも、彼と話せて良かったとも思う。何処か、しかし何とも心地よい矛盾を感じながら、ミハエルは痩せた手をオリバーの頬に滑らせ、口を開いた。

 それはまるで、教師が生徒に教え、諭すような口調だった。

「…こうお思いなさい、私を殺すのではなく、敵を排除するのだと。数多の同胞を殺した男を討つのだと」

 愛おしそうに紡がれた言葉は、この上なく優しさに満ち、それでいて残酷なまでに、現実のもの。

「違う!!」

 その言葉をオリバーは瞬時に否定した。

「それを言うのなら、私だって、貴方の同胞を数多に殺し、その国を侵略した一人だ。…貴方も私も祖国に身を捧げ、それを正義だと信じた。それだけだっ。…それだけ…だ…っ」

 同じ国に生まれたのなら、同じ正義を見つめることだってあり得た。

「なりません、それ以上は背信行為です。貴方も軍人なら、祖国に命と忠義を捧げる軍人であるのなら、軍命を全うなさい」

 分かっていた。…分かっていたのだ。

 彼が、死ぬのが嫌だと、生きたいなどとは決して言わない。思いもしないのだ。

 彼の国の敗北、自らの祖国の勝利が目前となったあの時、こうなることなど分かっていたはずだった。

「…中尉…、私の処刑は貴方が行うのですね?」

「…」

 それは先ほど、「あなたを殺さなくてはならない」とオリバーが言ったからだ。そして、オリバーの沈黙が、何よりの肯定。

「…嫌な仕事をさせてしまうとは思いますが…、貴方の手にかかれるのなら、私は嬉しい」

「…何故……」

「…さぁ?何故でしょうか…私にも、よく、分かりません…」

 そう言って、やはり諦めたように笑う。

 だが、オリバーが思わずこぼした「何故」の句は、正しくミハエルには伝わっていなかった。

 何故、生きたいと言ってくれない?何故、逃がしてくれと言わない?逃がせば、自分が国で立場を失うから!?この期に及んで、収容所での立場が逆転したあの時のように、自分へ配慮であるのなら、何故……何故、一緒に逃げて欲しいと言ってくれない!!?

 …何故を問うのも全く持って馬鹿馬鹿しい。

 このレオーノフ少佐がそんなことを願う訳もはずもないのだ。彼の諦観は境地に達し、全てを受け入れている。そんなこと、問うまでもない。

 鼓動が早鐘を打ち、嫌な汗が首筋を流れた。言葉は紡げずに喉で呼吸と共に塞き止められているかのように苦しい。心臓がズタズタに切り裂かれているかのように胸が痛い。

 腕の中のミハエルが、聞き分けのない愛児を宥めるかのようにオリバーの髪にそっと触れた。

「…ありがとう、ノア中尉。貴方は本当に優しくしてくれました。…そう、祖国の誰よりも…」

 戦場の悪魔。ミハエルの力を利用しておきながら、祖国の誰もがミハエルに一線を引いて接した。だがそれは、一線というよりも、恐れ。 化け物を見るような目で見られるか、色欲の対象としてみられるか。

 軍が自分を子飼いにした時から、「ミハエル・レオーノフ」という人格などなく、あるのは常に少佐として自分と、幹部の性処理、体の良い玩具的存在。ただ、それだけだった。

皮肉なことに、敵国の中尉が、軍人としてミハエルと対峙しておきながら、初めてミハエルを軍人でも少佐でも、ましてや性欲の対象などではなく、一個人として感情をぶつけて接してきた。 そこに、ミハエル自身も心地よさを感じていたのは確かだった。

 暗くて寒い独房で、いつしか彼が話しかけてくるのを心待ちにしている自分がいることには気がついていた。こんな時間の中で、最後を待つのは些か幸福が過ぎるとすら思った。

 …もし今、自分が、オリバーに死にたくないと言って縋ったなら、逃がしてくれと懇願したなら、彼はきっと聞き届けてしまうだろう。そして、彼が自身の祖国に処罰され、彼は、その処罰を甘んじて受けるだろう。

 …そんなことはあってはならない。

 最期を待つだけの自分に、一人の人間として接してくれた。温かいと思える時間をくれた。

 だからこそ、自分の処刑は彼にして欲しいと思う。 彼の祖国にとって、最悪の敵とも言える自分を処刑したのが彼であるなら、彼はきっと祖国に帰れば英雄になる。

 不毛な土地で敗走を余儀なくされたが、最終的に悪魔を討った英雄だと称えられ、この戦争の象徴とすら成りえるだろう。

「…終わらせて下さい、貴方の手で。私はそれで、楽になれるのです。…だからどうか、苦しまないで…」

 自分を抱きしめて、嫌だ嫌だと涙を流すオリバーを宥める。

「敵の為に泣いてはなりません。…立場をお考えなさい」

 部下に見られでもしたらどうする気かとは続けず、オリバーの軍服の胸元を飾る勲章をミハエルはそっと指先でなぞった。軍人の誉れであるそれを身につけるのであれば、それに相応しくあれと諭す。

そして、

「貴方の手によって終われるのなら、私は幸福に死ねる」

 そう、オリバーの耳元で囁いた。




『オリバー!仕事ほっぽって、何やってる!?』

 どれほどの時間、そうしていたのか分からない。 泣き続けるオリバーの肩をミハエルが押しやったのは、凍てつく牢に響いてきた声と足音に気がついたからだ。

「…もう、行って下さい」

 ロバートの声に立ち上がり、オリバーは独房の鍵をかけずに立ち去った。

 そしての日の夜、オリバーはいつものように少佐は自分が見張ると鉄扉の前に腰を下ろし、扉の下の差し入れの戸口から無骨なマグカップに入れた紅茶を差し入れた。いつもなら軍規の食事以外、飲食物類の差し入れを簡単には受け取ってくれないミハエルだが、今日は何も言わずに受け取ってくれた。やがて空になったカップと共に差し出された礼の言葉が、ただひたすらにオリバーの胸を苛んだ。

 空になったカップを小窓から受け取って、座り込んだ地面に置く。何も言わずにその小窓から手を挿し入れると、ひやりとしたミハエルの手がオリバーの手に触れた。

 …いつかの日より、いっそう骨ばっているように感じた。触れた感触だけで分かる、ひび割れた、荒れた手。 せめて夜が明けるまでと思いながら、その手を握っていた。

 その日は、何も話さなかった。

 ただ黙ってミハエルの手を握ったまま、このまま時が止まればいいと、ありふれた戯言以外の何物でもない言葉を何度も何度も心の中で繰り返した。

 ミハエルは眠ってしまったのか、眠らずに朝を迎えたのか、それは分からない。

 黒パンとチーズと水だけの朝食を小窓から差し入れて、オリバーは立ちあがった。

 その日の仕事は何処か上の空だったが、ロバートがカバーしてくれた。何度もお小言をもらい「頭を冷やしてこい」と外に出され、オリバー晴れない曇天の下、雪の上を、ざくざくと音を鳴らして歩く。

 明後日には彼はこの世にいない。そう思うと、自分の呼吸が止まってしまいそうに苦しい。

 特に何処にとも決めず、気にもせずに歩いて、今、一番来たくない場所に来てしまったことに気がついた。

「中尉、明日の下見ですか?」

 そう呼びかけられて、はっとした。 そう、明日の夕方、自分がここで彼を撃つのだ。彼の心臓を自分の銃で撃ち抜いて、絶命させるのだ。

「中尉の腕なら、こんな距離、どうということないでしょう」

 明日、ミハエルが立たされる位置には、拘束用の柱が一本建っている。この柱の前に立たされ、柱を背につけ、両腕を後ろで拘束され、最後の瞬間を見えぬように目を隠され、無防備な身体が撃ち抜かれるのを待つ。

「まぁ、銃殺のが楽なんですけどね…。悪魔に銃殺の名誉っていうのもどうなんでしょうかねぇ…」

 続いてきた部下の言葉に、柱を見つめていた視線を外した。

 上級階級の軍人の処刑に銃殺刑ではなく絞首刑が用いられる場合、それは軍人としてではなく、ただの罪人として処刑する、辱める処刑法である。軍服着用での銃殺刑は軍人の名誉を保った処刑法。 だが、オリバーにはそれが何だとしか思えなかった。

 絞首刑だろうが、銃殺刑だろうが、彼は甘んじて受け入れる。処刑法の問題ではない。彼が死ぬということが堪らなく嫌だった。

 不可能に限りなく近い、いや、不可能である処刑を回避する方法を、オリバーはひたすら捜し続ける。軍靴にザクザクと鳴る雪の音にすら、時間が刻まれていくのを感じていた。




「あ、こら!待て!!」

「まただ!またあのガキだ!!」

 騒ぎ始めた部下に何事だと問うと、ここ数日、決まって処刑場の塀を登る子供がいるとのことだった。

 そのまま侵入して荒らすわけでもないから、食べ物が目的ではないらしい。 何が目的なのか、捕虜に家族でもいるのなら、入りこんで中を探ろうとしてもおかしくは無いのだが、その様子もないらしい。

 毎回毎回追いかけて捕まえようとはするのだが、恐ろしく素早く何処かに消えてしまうのだと言う。

 オリバーが、自分が行くと塀を飛び越えたが、そこに居たのは先ほどの子供を捜しに外に出たらしい部下の二人がいただけだった。首を傾げて中に戻り、そこではたと思い至る。見回り要員のいる時間ではない。子供を追ったのは一人だったはずだ。どういうことだと思いながら、再び塀を越える。

 再度姿を現した上官に目を丸くしている部下に何故ここにいるのかと問うと、彼の顔色が変わった。逃げようとした部下を捕まえ、帰郷しなかったのかと問うと黙り込んだが、突然、何を思ったか自分の腕を掴む上官の手を振り払おうと暴れた。

「離せっ ! ! 」

 仮にも軍人が、上官に向かって利く口ではない。掴んだ腕をそのままに、取り押さえようとした瞬間、軍帽と外套が剥がれ落ち、華奢な少年が姿を見せた。

「…君は?」

「離せ!!」

「君は、この国の人か?」

「…だったら?」

 戦災孤児だろうか。酷く険しい目をオリバーに向けていたが、その目には恐怖が滲んでいた。

「…どうしてここに?」

「……」

「それも、毎回処刑場を覗くそうじゃないか、どうしてだい?」

「……」

「家族でも?」

「…家族はいない。二人とも、両親は戦争で死んだ」

「…そうか…、どうしてここに来たのか教えて欲しい。あと君の名前も」

 教えてくれと頼みながら、教えるまで腕を離してくれそうもないオリバーを、恐怖のにじんだ目で、それでも気丈に睨みつけながら、ぼそぼそと答え始めた。




「…そうだったのか…」

 聞き終えたオリバーは盛大な溜息を洩らした。 まず、この少年の名はキリル・アドロフ。青灰色の瞳と色素の薄い金髪、整った顔立ちではあるが、育ちからだろう、その目は険しい。

 彼の母親は戦争で従軍看護婦として働き、戦死したらしい。父も従軍していたが、所属した部隊は戦線で全滅した。その後、少年は軍需工場で働き、衣食住を受けていたとのことだった。港から帰還船に乗り込む兵たちの話を耳にはさみ、少佐がこの収容所の独房にいるということを知り、ここまで来たのだと言う。

 処刑を待つだけだという兵たちの言葉に、いてもたってもいられなくなり、なんとか交代の時間を見計らい、独房まで漕ぎ着け、ミハエルと少しだけ話したと白状した。

 キリルの両親が亡くなったのは戦争開始直後らしい。その後、キリルが何とか自活できるように計らってくれたがミハエルであり、そのミハエルが軍人になる前からキリルは彼のことを知っているとのことだった。

家が近所で、ミハエルの父親が亡くなるぐらいまでは、彼は頻繁にミハエルの家に出入りしていたらしい。

 元来、ミハエルは軍人向きの性格ではないのだろう。物静かな読書好きで、面白い本を沢山教えてもらったと話してくれた。

 …その後で沈黙したキリルの感情を汲み取れないのは愚かというものだ。

 キリルが独房に漕ぎ着けた時、扉越しに「何とかして助けるから」と言った自分をミハエルは優しく叱り、二度と来ないようにと言った後で、自分は二度とここから出る事は無いだろうと伝えたという。

 嫌だと泣きじゃくる自分に「生きて、幸せになりなさい」と何度も言い聞かせ、見つかる前に早く逃げるようにと、ただ優しい言葉でその背を押した。

 キリルが処刑場を覗いていたのは、遺体をとまではいかなくても、せめて髪の一部だけでもミハエルが愛した、故郷の彼の家の庭に持って行ってあげたいからだと言った。

 そこまで語ってボロボロと涙を流すキリルから、彼の悔しさを悟る。自分の力ではミハエルを救うことなど到底できない。でもせめて…と彼は危険を冒し、嘲笑われることを承知で、忍び込んだ罰を受けることを承知で、全てを話した。

「…それから、あの人を殺す奴を、この目で見るためだ」

 ぼそりと、それでも明らかな敵意を孕んだ声音でキリルが言った。

 …このまま彼を解放すれば、明日の夕方、彼は銃を構える自分を見るだろう。




 その日の夜、オリバーはミハエルの独房に足を運ぶ。

 昨日と同じように紅茶を差し入れ、受け取ってもらえたことに僅かな嬉しさと、大きな悲しみを抱く。相反する感情はそれぞれ別の場所から訪れている。

「…明日、夕方…」

 オリバーはそれだけを言った。

 その言葉の意味は、ミハエルに正しく伝わった。

「…貴方が?」

「私が」

 短く問われた言葉。短く返された言葉。それだけが、その日の会話だった。 昨日と同じように空のカップを戻すのと同時に礼の言葉を述べられた。

 それから、やはり昨日と同じように、小窓に手を挿し入れ、触れてくれたミハエルの手を握り、朝を迎え、オリバーはいつも通りに独房を後にする。この場所で朝を迎えることは、もうないのだと思いながら。

 軍帽を目深にかぶって、表情を隠すように執務室に向かう。

 先に来ていたロバートが「今日の夕方にはいよいよ英雄だな」と言ったが、その声音には明らかに何かを含んでいた。それに何を問うでもなく、オリバーは長銃の確認を始める。

 昼過ぎ、オリバーはミハエルに紅茶を差し入れた。この場所では貴重な砂糖も入れて。いつだったか、甘いものが好きだとミハエルが言ったからだ。

 …この時も、二人の間に会話は無かった。ただ静かに、ミハエルが礼を述べただけだった。




「中尉、お時間です」

 敬礼をしながら伝えてくる部下にすぐに行くと返し、長銃を手に立ち上がる。

 オリバーが何度か試し撃ちをし、問題がないことを伝えると、前後を兵が挟む様にして後ろで両手を拘束されたミハエルが連行されてくる。

 目隠しをされ、拘束されていた両手首が一度解かれる。柱に背をつけた状態で立たされ、後ろ手に柱を抱くようにして、再び拘束された。無防備に打ち抜かれるのを待つ、その身体。 ロバートがオリバーの上官として構えの号をかける。

 上に掲げた銃を下ろし、最後の、ミハエルの軍人としての名誉に捧げた砲が構えられ、オリバーの銃口が寸分の狂いなくミハエルの心臓に定められた。

 その時、色を失った薄い唇が淡く微笑み、微かに動いた。

 距離を考えれば聞こえるはずのない声。

 それでも、ミハエルが「ありがとう」と言ったのを、オリバーは確かに聞いた。

 まるで張り詰めた糸のようなオリバーの雰囲気に圧されるかのように、一帯の空気までもがビリビリと肌を刺すかのように張り詰める。この時、研ぎ澄まされたかのようなオリバーの視線を、この場にいた誰もが後に讃嘆した。

 ロバートの号令と共に咆哮した長銃が、ピンポイントで狙った胸から鮮血を噴出させ、衝撃で口の端にも赤いものを滲ませたミハエルが、膝から冷たい地に崩れた。

 見守っていた兵の一人が崩れたミハエルの拘束を解き、地に伏せた身体から脈を確認する。

 高らかに、そして明らかに喜色の声音で死亡確認との声がかかると、兵達から歓声が上がった。「悪魔の最後」「虐殺者の末路」ミハエルを罵る声と、「我らが中尉」「祖国の英雄」とオリバーを褒める声。

 そのどちらにも答えず、険しい表情のまま、オリバーは銃を降ろした。

 力を失ったミハエルの体は、収容所の裏手の穴へ投じられる。

 処刑された者、寒さや病で死に至った捕虜を纏めて埋めてしまうのだ。寒地で、腐敗や虫が湧く心配がないこの場所では、週に一回纏めて土がかけられる。埋葬というよりも、廃棄処分と言った方が相応しい。

 掘りながら、己と同胞が眠る穴だと言った捕虜の言葉が耳にこびりついている。同胞達の遺体がその穴に積み重なり、他ならぬ同胞の手で土がかけられるのだ。

 日没間もなく、ミハエルの体を処理し終えたと部下が報告に来た。それに短い労いの言葉をかけ、オリバーは念入りに銃の手入れをしていた。

 その日の夜は吹雪かなかった。オリバーの心とは対照的に、空には星が瞬いている。 処刑場を後にしてから、いや、昨日からオリバーの心は穏やかではなかった。

 何度も時計を見やるが、なかなか進まない時間が苛々としてもどかしい。

 夜半を過ぎ、ようやく執務室から出たオリバーだったが、規律的な軍靴の音とは対照的に心臓の音は誰かに聞こえるのではないのかというほどに乱れていた。

 明日には遺体に土が被せられる。収容所の外周の見回りはあるが、当然、遺体が投じられている場所の見張りなどいない。外周の見回りルートに入っているだけの話だ。

 見張り交代の時間。その僅かな隙をついて、オリバーは収容所の塀を出た。

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