第16話いらっしゃいませ。行き倒れ美少女は気にする。

「………」


 語るまでもなく今日も一葉は行き倒れ、俺が料理を作り、一葉が美味しそうに食べ、それを眺めるという行程があった。


 ただ、少し違うのは店に来てから一葉が視線を気にしていること。


「一葉昨日の事、まだ気にしてるのか?」


 昨日、俺と一葉は自分達のやり取りを楽しみに来る客が全員は言い過ぎだが、いることを知った。


「だってぇ恥ずかしいよぉ」

「うん、俺達目的は俺も恥ずかしい、怖いくらいに」

「ふにぅぅ話しづらいよぉ」


 体をもじもじと顔を俯きながら周りをキョロキョロとしている一葉。


 ただ、両腕が胸を寄せていて、もじもじと動かす度に胸が緩んだり、寄せられたりとそっちに動いて目がそっちに目が言ってしまいそうになる。

 今これが無自覚だから恐ろしい。


 でも、柔らかそうなんだよな。

 つか、どうやったらそんなに発育するんだろうってくらい大きい。


「…文くんえっちぃ」

「見てないのに…よく、わかったな」

「文くんの視線が素直なの」

「そんなに、素直か?」

「素直だよ。1日1回は必ず…見てる」

「……嘘だ」

「文くん、時には現実と向き合わなければならぬときがあるのですよ」

「くっ…」


 小さいようで、ある意味大きい現実だな。

 俺は見ないことを心掛けることを心に誓った。


「……あれ?」

「どうしたの?」

「俺達、店にいる人を気にしてても話せてなくないか?」


「そういえば…」

「……それなら、これまで通り行こう」

「……うん」


 嬉しくなったのか一葉は頬だけを赤くして柔らかく微笑んだ。

 その微笑みに俺は目が離せず、結果的に見つめ合う事になった。

 すると、ごほんと咳払いが聞こえた。

 咳払いが聞こえた方を見ると一葉の隣に紅葉さんがいた。


「夏目くん、君の方に注文が来ないと言っても〝なるべく〟であって〝ずっと〟じゃないからね」

「はい、反省します」


「すいませーん。注文お願いします」

「お待ちください。あ、スイポテのバニラベール2つよろしくね」

「はい」


 紅葉さんは軽く手を振りながらお客さんから声がかかったので向かった。

 その紅葉さんを一葉はじーっと目で追いかけていた。


「……スイポテのバニラベールって名前は凄いけど、普通のメニューだよね」


 一葉の言うとおり、温かいスイートポテトの上にバニラアイスをのせるだけのデザート。

 ただし、


「どちらにも自家製が付く」


 市販だと、どちらも単品で食べることを基本にしてるから、一緒となると味の喧嘩が始まる。

 だから、自家製にしている。


「私、知らないぞ御老公」

「誰が御老公だ!俺は高二だ」

「高齢の?」

「一般的な!」

「高齢者高校生」

「言葉を繋げるなよ」


 クスクスと笑う一葉。

 いったいどこからそんな発想が出てくるのか。

 やり取りしながら2つのデザートを作り終えた。俺は紅葉さんが接客中だったので自分で持っていった。


「……文くん」

「…何だ?」

「今日は、ありがとう。学校案内、すごく楽しかった」

「……そうみたいだな、今良い笑顔してる。可愛いから写真撮って収めておきたいくらいだ」

「な……!?」


 口をパクパクさせながら一葉の顔が徐々に真っ赤に染まっていき、染まりきるとオーバーヒートしたみたいに大人しくなった。

 俺はちょっと弄りたくなった。


「やっぱり写真に収めて…」

「や、やめてよぉもぉ」


「あっはは」

「……えへへ」


「文くんさーん。紅茶をストレートでお願いします」


 注文がはいると「こっちも」、「こっちはコーヒー、ブラックで」などの声が続いた。『文くん』と前置きを付けて。

 定着させようとしている感、満載。


「一葉どうした?」


 全席に紅茶とコーヒーを運び終えて戻って来ると一葉がぷぅと頬を膨らませていた。

 何か少し前にも俺が席を外して戻ったら不機嫌になってた時があったな。


「一葉、接客で相手できなくなるのは我慢してくれ」

「違うよ」

「じゃあ」


「文くんは私の呼び方だもん」


 俺だけに聞こえるように囁いた。

 呼び方一つ気にして嫉妬?なんて可愛い。


「じゃあ呼び方一緒に考えるか」

「うん、うん!」

「ただ、問題点が一つある」

「それは」

「それは……俺の名前が、文、一卓であることだ」

「そ、そういえば!?」


 雷を受けたような反応を見せる。

 一葉も何だかんだノリが良い。そのあと腕を組んで考え始める。


 まず、安易だけど、ふーくん、みーくんとかないな。


「ふーくん、みーくんはどうかな」

「俺とまぎゃく!」

「え!?もしかして無し?」

「却下だ!」

「むぅぅ…じゃあ」

「あ、ふーみんは無しな。某キャラと被るから」

「もぉ」


 一葉は悔しそうな表情でぷくぅと頬を膨らませる。

 どうやら考えていたらしい。俺は勝った。


 何にだよ。


「文はダメなのか」

「……良いんだけど」

「普通は嫌か?」

「……そうじゃないけど」


 何かが煮え切らない様だ。どうしたものかと思った瞬間に言葉が浮かんだ。


「俺にとっては女の子の友達は一葉だけだがら唯一無二なんだけど」

「あう…………約束」

「約束?」

「うん。他に女子の友達が出来ても文で呼ばせないで、欲しい、です」


 一葉はうるうると潤んだ瞳でお願いする。


「分かった」


 この先できるとは思わないけどなと胸中で思いながら苦笑する。


「文」

「何だ?」

「自家製のスイポテのバニラベールが食べたいです」

「…根に持ってた?」

「知ってたら頼んでたのだよ。食べ物のうらみは恐ろしいのだぞぉ」

「それは嫌だなぁ」

「えへへ、それじゃあよろしく、文」


 何でだろう、文と呼ばれるだけで嬉しくて暖かな気持ちに包まれる。


 それにしても、一葉は何であんなにも呼び方を気にしたんだろう。







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