4-11 一つの旅路の決着

 大量の血が出た。血は雨となりミッコに降り注いだ。


 今度は確かな手応えがあった。小札鎧ラメラーアーマーの下、その筋肉はやはり鋼の鎧のように硬かったが、しかし今度こそウォーピックの先端は確実に肉を穿ち、血を抉った。


 勝ったと思った。ミッコは確かにフーの心臓を穿った。普通の人間なら確実に死んでいる。しかし仁王立ちするフーはまだ笑っていた。その切れ長の目はまだはっきりとミッコを見据えており、その黒い瞳に宿る殺意もまたはっきりとミッコを捉えていた。


 目が合った瞬間、首根っこを掴まれた。喉が潰れるかと思った。首筋に食い込むフーの指先はミッコの首をねじ切ろうとしていた。


 思わぬ反撃に、またあの感覚が甦った──俺はここで死ぬ──フーを目の前にして、ミッコはまた死を恐れた。


 ミッコはフーを蹴り飛ばすと、その体に馬乗りになり、またウォーピックを打ち付けた。今度は狙いなどつけていなかった。とにかくフーの体が動かなくなれば何でもよかった。そうしてミッコは何度も何度もフーの体を打ち、肉体を潰そうとした。


 どれほどフーの体を殴っただろうか──フーはずっとミッコを見ていたが、しかしその黒い瞳から光は失われていた。


 しかしミッコはまだ死を恐れていた。ミッコは左手にサーベルを持つと、刃をフーの首筋に当てた。

 戦い始めたら殺し切らなければならない──ミッコはサーベルを押し付け、首を切った。

 しかし一撃では首は落とせなかった。その首は筋肉と同じく鋼のように硬かった。フーの肉体は同じ人間とは思えないほど頑強だった。ミッコは力任せにサーベルを振り下ろした。何十回も切ったのち、ようやくフーの首は胴体から離れた。

 しかしそれでもまだミッコは死を恐れていた。ミッコは切り落とした首を蹴り飛ばして胴体から離すと、今度は死してなお笑っているその顔面を潰そうとした。

 戦い始めたら殺し切らなければならない──ミッコはまず目を潰そうとした。そのとき、誰かの手が肩に触れた。

「もう死んでる」

 振り向くとエミリーがいた。エミリーは頭からつま先まで血と泥と煤に塗れていた。金色の髪も、顔も、騎馬民の貴婦人たる白いローブも、何もかもわからなくなるほどの汚れだったが、しかしその声と深緑の瞳は確かにエミリーのものだった。


 ミッコはサーベルを捨てると、フーの首を拾い、立ち上がった。


 風の声が聞こえてくる──。


 冬の風は死んだように静まり返っていた。しかし慟哭と呻き声が響く死地で確かに息づく鼓動が消えることはなかった。


 フーの仲間たちは泣いていた。天を仰ぐ者、地に伏す者、ただただ涙を流す者……。狼王の遺児と最後まで戦い抜いた男たちの慟哭が鳴り止むことはなかった。


 馬の鼻息と馬蹄が近づいてきた。見上げると黒馬がいた。ゲーフェンバウアーは生きていた。そのそばには塔の女王の使者グレタから奪い、そしてエミリーに預けていたパーシファルもいた。


 ミッコは地平線を眺めた。色のない陽、舞い落ちる雪、血染めの地平線が見えた。遠くにはアンナリーゼの赤兎旗も見えた気がした。


 呆然と立ち尽くすミッコの右手に何かが触れた。それはエミリーの手だった。

 どちらが何を言うでもなく手を繋いでいた。風は冷たかったが、手は温かかった。原形を留めぬほどに砕け、もはや感覚を失ったと思っていた右手にもまだ辛うじて感覚は残っているようだった。


 そうして二人は東の地平線を眺めた。


 一つの戦いが終わり、一つの旅路の終わった。死にゆく冬、遥かなる地平線に吹く風は何も語らず、ただどこかに流れ消えていくだけだった。

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