4-8 戦わなければならないとき

 この状況を全く予期していないわけではなかった。現に後方は常に警戒していた。しかしいざそれを目の前にしたとき、ミッコは動くことができなかった。


 野営地の全員が同じ方向を見ていた。そして固まっていた。


 近づいてくるフーとその騎馬隊を前に、まず難民が逃げ出した。当然である。彼らは武器など持っていない。戦うことなどできない。しかしそのとき、ウィルバート・ソドーが剣を抜いた。

「逃げても死ぬ! 活路は死中にしかない!」

 ウィルバート・ソドーがコートを脱ぎ去り、兜を被る。誰もが何もできない中で、ただ独り、騎士は前に出た。おそらく言葉は通じてないだろうが、しかしその声と姿に逃げる難民の群れは止まった。

「戦わなければ生き残れん! ならば今は戦うのみ!」

 剣が、鉄の甲冑が雪の陽にきらめく。ウィルバート・ソドーは馬に乗ると、その剣先をフーに向けた。


 それに続き、ヤリが吠える。

「俺たちは生きて帰るって言ってんだろぉぉぉがぁぁぁ!」

 やけくそ気味なヤリの怒号が響く。しかしその目はもう覚悟を決めている。

「ミッコ! 何騎だ!?」

「三十……、いや二十六騎!」

「二十六騎だと!? 死に損ないどもが舐めやがって! 俺を誰だと思ってやがる! そんな数で黒騎兵オールブラックスが負けるわけねぇだろ!」


 ──そうだ、俺たちは黒騎兵オールブラックスだ。どんな逆境にも抗う不屈の意志を持った騎兵だ。何度泥水をすすっても這い上がってきた兵士だ。ずっと〈帝国〉最強の騎兵を夢見て戦い続けた男たちだ。


「スペンサー! 難民たちを固まらせろ! ボックスフォード! 娘を頼む!」

 ウィルバート・ソドーが部下たちに指示を出す。ウィルバートの部下である騎士二人もまた、それぞれに動き出す。

「十人死んでも一人を殺せ! さもなくばお前たちの子供はすべからく根絶やしにされると思え!」

 スペンサーが檄を飛ばしながら隊列を組ませる。武器もない即席のお粗末な隊列だが、しかし手を取り合わねばなぶり殺しにされるだけである。


 ミッコはボックスフォードにエミリーのことを頼むと、ウィルバート・ソドーのもとへ進んだ。しかしエミリーは当然のようにミッコに続こうとした。

「ミッコ! お父様! 私も!」

「エミリー! お前は子供たちを守りなさい!」

 しかしウィルバート・ソドーは一喝しそれを制した。

「男は女を! 女は子供を守れ! 各自、自分にできることをしろ!」

 それは親心だったのだろう。思いを伝えるのにそれ以上の言葉は不要だった。ボックスフォードにも諫められ、エミリーは止まった。


「ミッコ!」


 エミリーの声にミッコは振り返った。エミリーの目には涙が溜まっていた。


「信じてる! 私たちは死なないって! どんなことがあっても二人で生きるって!」


 力強い言葉だった。ミッコは微笑んだ。二人は目を合わせ、笑い合った。そして互いに前を見た。


 背後からは泣き声が聞こえた。その声を背に、ミッコたちは駆け出した。


 風が逆巻く。ミッコ、ヤリ、ウィルバート・ソドーの三人を中央に、両翼にユッカとトニが続く。

 瞬きの間にフーたちとの距離が縮まっていく。お互いに突撃態勢に入った。あとはぶつかるだけである。

「〈神の依り代たる十字架〉! 〈東の覇王プレスター・ジョン〉! 燃える心臓の男! 何でもいいから神のご加護を!」

 呪詛を吐くようにしてヤリが祈る。

「我ら〈神の依り代たる十字架〉を守りし月の盾! 我らが進む道に光あれ! 我らの意志に力あれ!」

 ウィルバート・ソドーが雄叫びをあげ、月盾の騎士団に祈る。 


 ミッコは先頭を駆けるフーに狙いを定め、駆けた。


 ──俺たちは黒騎兵オールブラックスだ。俺たちのそばには今、かつては敵として命を削り合った〈教会〉の騎士たちがいる。数の劣勢など関係ない。負けるわけがない。

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