4-4 奇貨
夜明けの風が哭き、地平線の白が赤く染まっていく。
戦いが始まった。雪深まる地平線の一角にて、赤兎旗を中心とした
始まる前から結果は見えていた。戦力は総勢三万ほどを擁する
戦場からそれほど離れていない後方に
主力の出払った
狩りは大詰めを迎えている。些細な迷い、認識の誤り、判断の遅れは、狩りの失敗を意味する。
ここに至るまでの道中、エミリーらしき人影はいた。遠目でしか確認できていないが、金色の髪をした女は、黒馬に乗っていた。しかしその服装は見慣れぬ騎馬民の平服であった。そしてその影は常に狼王の遺児フーのすぐ横にあった。
ミッコたちは地平線の影に潜み、待った。
風の声が聞こえてくる──戦いの音が、死の音色が、戦場を静かに物語る。
会戦の状況に目と耳を配りつつ、ミッコたちは待った。しかしミッコたちが動く前に、
小さな人影が二つ、野営地から飛び出す。
ミッコは遠眼鏡越しにそれを見た──小さな子供の影──見覚えのある人影だった。それはデグチャレフ村で出会ったハンターとメイジだった。
ハンターは妹のメイジの手を引いて懸命に走っていたが、しかしすぐに守兵に捕まってしまった。
逃げる二人に縄がかけられる。三騎のうちの一騎が二人を縛り上げ、引きずり倒す。それでもなおハンターは妹を守るように抵抗していたが、縄は二人を引き剝がし、そして痛めつけるように引きずり回し始める。
「あらら、捕まっちまった」
状況を見守るヤリは無感情だった。その横で、ミッコはパーシファルに飛び乗っていた。
「おい待てミッコ!」
「うるせぇ!」
ミッコは前しか見ていなかった。怒鳴るヤリに怒鳴り返し、ミッコは駆け出した。
馬腹を蹴り、加速する。歩を刻むたび、冬の風が吹き荒ぶ。
パーシファルはやはり非凡な馬だった。問題は、乗り手がそれについていけるかどうかであった。視界の左半分は黒く塗り潰されている。体は動かせるとはいえ、傷は癒えてはいない。今までと同じ感覚では戦えない。
ミッコは右目で獲物を狙いつつ、矢をつがえ、放った。矢は相手から逸れた。もう一度放ったが、当たらなかった。
矢が飛び交う。瞬きの間に、飛び来る矢が数を増していく。敵の矢には力があった。体を掠める矢風は、鋭かった。
ミッコは弓をしまい、サーベルを抜いた。そして突っ込んだ。
互いの視線が交わる。鉄が触れ合い、火花を散らし、肉を裂く。返り血が風を濡らし、雪を赤く染める。
ミッコは一騎を切り伏せると、勢いのままに反転し、さらにもう一人を、そしてハンターとメイジを縛り上げていた三人目を続け様に切った。
「じっとしてろ! 縄を切る!」
ミッコは二人を縛っていた縄を切ると、メイジを胸に抱え、ハンターを背に乗せた。
「しっかり掴まってろよ!」
言葉が通じているかどうかは考えなかった。相変わらずハンターの言葉はわからなかったし、メイジは疲労のせいかほとんど虫の息である。しかし、鎧の帯紐を握るハンターの手と、胸元にしがみ付くメイジの手には力があった。
今は互いが互いを信じるしかない──ミッコは馬腹を蹴ると、狼のトーテムを目指し駆け出した。
駆けるミッコを取り囲むように、
相手が何人いようが構わなかった。ミッコは駆け、サーベルを振るった。子供を二人連れた状態では思うように戦えないが、どうせ何もかもが場当たり的である。即席の主従、即席の武装、即席の協力……。今はこれで戦うしかない。やり切るしかない。
また、矢が飛び来る。その矢の射手たちに向かい、別の矢が風を切る。ヤリの毒矢が敵を射抜く。ヤリ、ユッカ、トニの三人を前衛に、ウィルバート・ソドー、スペンサー、ボックスフォードの三人が続く。騎射に続き、一体となった六騎の刃が敵の群れを貫く。
切り結ぶたび、巻き上がる血飛沫がその色を濃くしていく。
予め立てていた作戦では、数的不利を偽装し、相手を攪乱するような戦い方を想定していた。今、作戦は崩壊している。それでも、勢いはある。流れはミッコたちが握っている。数的不利は覆しようもないが、しかし三十騎以上の敵を前にしても怯む者はいない。たった七騎の群れは、しかしまだ誰一人として欠けていない。
「ミッコ! このまま突っ込むぞ!」
群れの指揮官であるヤリはほとんどやけくそになっていたが、しかしそのサーベルの切っ先に迷いはなかった。
「奇貨を逃すな! このままエミリーを見つけ出す!」
ウィルバート・ソドーはやはり誰よりも燃えていた。その檄に背を押され、ミッコは狼のトーテムの立つ野営地に切り込んだ。
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