3-6 強き北風
火が滲み、揺らめいた。
炎が玉座を焼き、首を焼く。炎は黒い油のような液体を伝い、王の間全体を燃やしていく。
「ちょっと訊いていいですか?」
燃え広がる炎の中、ミッコは訊ねた。
「結局のところ、俺って死んだんですかね?」
「仮に死んでたとして、死人の首がべらべら喋るクソみたいな異世界でお前は生きたいか?」
その回答に、ミッコは思わず笑った。ミッコが笑うと、黒騎士の首もニヤリと笑った。
「何で俺たちこうやって喋ってんですかね?」
答えなどないとわかっていたが、それでもミッコは再び訊いた。
「さぁ? これが塔の女王の偉大な魔法だか神秘なんじゃねぇのか? グレタは〈神の奇跡〉とか言ってたけど、こんなもんでどうやって〈
燃える首は、馬鹿にしたように吐き捨てると、鼻で笑った。
「〈神の奇跡〉とか、〈神々の児戯〉とか、〈地平線の魅せるもの〉とか、みんないろいろ言ってますけど、何なんでしょうね、ほんと」
「人は魅たいものしか見ない。お前も、魅たいものを魅てるだけなんじゃないか?」
燃える首はまた笑った。結局、答えなどなかったが、しかしミッコは納得することができた。
ミッコはかつて衛兵が着ていたであろう
「行きます。お世話になりました」
ミッコは来た道を戻ろうとした。しかし、黒騎士はそんなことはお構いなしに喋り続けていた。
「ミッコ。お前に何も残してやれなかったことを許してくれ。兄貴や、同胞や、部族を犠牲にするだけして、俺はお前たちに真の栄光を見せてやれなかった」
謝罪は望んでいなかった。今さら謝られたところで、死んでいった者たちが帰ってくることもなければ、ミッコが許すこともない。
元上官はやはり身勝手な男だとミッコは思った。しかし、その燃える言葉の数々は後ろ髪を引いて放さなかった。
「世界は単純だ。強ければ生き、弱ければ死ぬ。東の果てに二人だけの理想を求めたのかもしれんが、どこまで行っても世界は変わらん。だが、お前は俺が憧れた最強の戦士の最後の子供だ。〈
騎士殺しの黒騎士は、恐らく死んだあとの方が饒舌だった。
「それから、もし生きてる知り合いに会ったら、よろしく言っといてくれ」
いつまで話すのだろうか、燃え盛る炎の中で言葉が続く。
「じゃあなミッコ、お前は死ぬなよ」
やがて終わりなき言葉が消えゆくそのとき、どこからか、寒く冷たい
塔の女王の絵画が、神々の十字架が、盲目の女ガーゴイルの銅像が、炎に呑まれ消えていく。
燃え盛る炎の中をミッコは歩き出した。どこに向かえばいいか、足取りに迷いはなかった。
「風の声を聞け。〈
風が吹き、声が聞こえた。そんな気がした。
きっと誰もが、魅たいものを魅たのだろう。これは塔の女王が魅せた幻であり、現実ではない。なぜなら、騎士殺しの黒騎士も、北風の騎士も、戦友たちも、同胞たちも、みんなすでに死んでいる。
しかし、語りたいことはまだまだたくさんあった。夢も、今も、思い出も、語り尽くせぬほどにあった。それでもミッコは別れを告げ、前に進んだ。意志は風となり、道となっていた。
──東の果て、遥かなる地平線は遠くとも、しかし同じ空の下にある。ならば、フーもエミリーも、同じ空の下にいる。
塔を燃やす火が燃え移ることはなかった。北限の峰より吹き荒ぶ
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