第9話
余程彼は本好きだったらしい。
クローゼットに溢れんばかりの服、だと思いきや
クローゼットは本棚化していた。
推理小説や経済の本、破れた地図帳やキレイな折りたたみの地図、子供の絵本や男の子が買いそうな漫画に至るまで丁寧にテープで補強されたり、ファイリングされていた。
彼はかなりの収集家だったらしい。
その中で数冊、恋愛小説があった。
「正憲さん、すごい読書家でね、」
「子供が生まれたり退職してからは趣味に没頭していたけど、お付き合いしてる頃から1日気付けば本ばかり読む人だったの」
「だからその度私が外に連れ出さないと行けなくてね、」と思い出を語ってくれた。
本の中には栞が挟まれているものや
チラシを挟んでいるもの、メモ紙やらなんやら
挟まっていた。
1冊だけ飛び出ていた本を戻そうとしていた時、
何度押しても入らなかった。
何か、本棚に挟まっていた。3冊本を抜いて
本棚を覗くと、針箱が出てきた。
小さな私の手に収まるほどの大きさだった。
彼はそういえば木彫りが得意だったと言ってた。
手先が器用なら、これも自作だろうか。
この際だ、開けてしまえと
えいやと開けると縫いかけの靴下が出てきた。
手編みのくつ下を見た瞬間
膝の力が抜けたのか夫人はすこし冷たいゆかに
ペタリと座ってしまった。
そして声を上げて「政憲さん…」
と嗚咽を漏らして泣いてしまったものだから
困った様な表情の氏を交互に見やり、なにも言えなくなった。
氏は夫人の近くに腰を下ろして何かを呟いて、
夫人のふっくらした手をさすってから、静かに居間へと消えていった。
夫人がなみだをぬぐい、お茶が飲めるようになる頃には居間へと向かってた氏の姿はいなかった。
これは彼が結婚して初めて編んでもらった
寝る時専用の靴下であったそうでボンドでほつれ目を固定したり、同じ白い布地を編み目に
どうにかこうにか貼り付けて縫って奮闘した跡があった。
「器用なんだか不器用なんだか…
毛糸は布じゃあ覆えないわよ」と
涙をこぼしながら笑って困ったように
呟くその声は仲睦まじい夫婦のものだった。
とりあえず、氏の姿が家の中で見えなくなった事を確認し、
私の仕事は終わったものと「見なした」。
完璧な仕事はないけど、とくにこんな特殊な
訳のわからない職には終わりがない。
感覚だ。
店に帰り、終わったことを白木さんに
報告をし
塩をまいてお寺に直行した。
この方法がいい物かどうかは別として、
気の持ちようだ。
これをやって私は今まであまり霊障に当てられたことは無い。これはベテラン社員の今村さんに教えてもらった。
世の中、知らない、分からないだらけのことばかりだ。
それでも誰かが何かをすることで精神的だったり
身体的だったり、助かることもあるのだ。
私はそれなら与えたい。
後悔を安堵に。
不安を取り消し、
未来に続きがあると、
生きてるものにも目に見えないものにも教えてあげたい。
秋晴れのさ中、もう秋雨は降ってない。
1話 終わり
ある夫婦の話
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