◇船上の果たし合い その2
「さあて。その強がり、いつまで続くかな?」
さもおかしそうにけらけらと笑うレオナルドと、静かな闘志に満ちたセアンが対峙する。
「無駄口を叩いている暇などないだろう。次で決めるぞ」
「ふっ……いいだろう。」
両者ともに万感を込めた一撃を見舞おうと構えた、その時だった。
どこか遠くから地響きのような轟音が響いてくる。よく耳を澄ませてみると、どうやらこの船が出発した港の方と、向かおうとしている進行方向の両側からのようだ。まるで挟み撃ちにされているかのような感覚に、どことなく不穏な空気を覚える。
「な……なんだ?」
これまで黙って成り行きを見守っていたはずの兵士たちも、ざわざわとざわめき出す。船の揺れが心なしか大きくなっているのは、きっと押し寄せる波濤や海風のせいだけではないだろう。
決闘中のはずの両者も、揺れる船上にたまらず、どちらからともなく動きを止めた。怪訝そうな様子のセアンとは対照的に、レオナルドはすべてわかっているかのように涼しい顔のままだ。
「この音は……まさか、砲撃か?」
確かにレオナルドは「変な真似をしたら砲撃を開始する」と言ってはいたが……少なくとも、決闘が始まってからこれまで、こちらに不審な動きはなかったはずだ。わけもわからずに各々が首をひねっていると、カイが大声を上げた。
「どういうことだ! てめえ……話と違うじゃねえか!」
不可解な展開に誰もが狼狽する中、ロゼラムの王子は明日の天気でも尋ねるかのような何気なさで相槌を打つ。
「もしかしたら港の方で海賊でも暴れているのかな? いやあ、どこの国でもああいう輩がいるのは、厄介だねえ。」
「しらばっくれてるんじゃねえ! ロゼラムと通じている海賊がいるのは割れてんだ。どうせ、てめえの差し金なんだろ?!」
それを聞いて、私もはっと思い返した。数日前、あの浜辺で偶然レオナルドと会った時の記憶。彼は私を見付ける前に、大柄な男と話していたはずだ。あの時は確か「また明後日」と口にしていたような気がする。ということは、カイの言う通りこの騒動に一枚噛んでいると見て良さそうだ。
セアンも私が誘拐された時のことを思い出したのか、どこか苦々しげになった。
「あの時逃げられた一味……か。どうして、よりによってこんな時に」
「兄上。こんな茶番はさっさと終わりにして、早く港へ戻りましょう! 今は領海に来ている艦隊に気を取られて、港の方が普段より手薄になっています。くそっ! 何かおかしいとは思っていたが……」
カイが今にもセアンを引き戻そうとするのを、レオナルドは静かに制した。
「おやおや。勝手な真似はよしてもらおうか。ほら、戻った戻った。決闘はまだ続いているんだよ。どちらかが倒れるまでやるのが相場と決まっているんだから。」
その一言を皮切りに、また目の前の戦いが再開される。
相変わらず落ち着き払ったままのレオナルドは、畳み掛けるように鋭い斬撃を仕掛けていく。対するセアンは応戦こそしてはいるものの、先ほどまでに比べるとどこか動きが鈍っているようだ。早く終わらせなければ、ロステレドが危ない――。その焦燥のあまり、次の一手でセアンの持つ剣が傾いた。
レオナルドはその隙を見逃さなかった。縦方向に切りかかっていた攻撃の角度を変えて、横方向に痛烈な一撃を浴びせる。セアンの剣がはじかれるまで、ほんの一瞬だった。あっけなく彼の手を離れて宙を舞った剣は、がたりと重々しい音を立てて甲板に落ちる。レオナルドはそれをちらりと一瞥すると、すぐさま剣先をセアンの喉元に突きつけた。
「終わりだ。ロステレドのことは残念だが、きっと弟君が何とかしてくれるよ。さよなら、セアン殿下」
そう言って、レオナルドは剣を振りかぶる。もはや武器を持たず、うつむいたままのロステレドの王子の表情は見えない。
――だめだ。
セアンが死んだら、だめだ。
気づけば、私は走り出していた。
「――待って! もう、やめて!」
無我夢中なまま二人の間に割り込むようにして、レオナルドの前に立ちはだかる。私は必死だった。
「あなたの目的は私なんでしょ? 私があなたに付いていく……だから! 剣を下ろして。お願い」
これで引いてくれればいいのだが、と祈るような気持ちでその顔を見上げる。瞬間、目が合う。凍てついた氷のような翡翠が私を見下ろしている。それに気付くと、はからずも膝ががくがくと震え出した。
それでも、大切な人が殺されるのを、黙って見ているわけにはいかない。目を逸らしたら負けだと自分に言い聞かせて、唇を強く噛んで恐怖をこらえる。
ロゼラムの王子は剣を振り上げたまま、相変わらず冷徹な表情を変えない。
「君は何か勘違いしているようだね。」
そしてゆっくりと剣を握った手を下ろす。よかった、と安堵したのもつかの間。
次の瞬間、なぜか私の喉元には、ひやりと冷たいものが触れていた。
「……え?」
状況が呑み込めずに瞬きを繰り返す。そして、ゆっくりと悟る。
彼が今、剣先を突きつけているのは私だ。あんなに人質として欲していた私を、あろうことか殺そうとしている? ますますわけがわからない。チクリと鈍い痛みと凍り付くような悪寒が全身を襲う。
「よせ! 彼女に何をするつもりだ!」
背後からセアンの焦った声が追いかけても、目前の人物には何も響かない。
「おやおや、負け犬が何を言うんだか。いいかい、君は勝負に負けたんだよ、セアン殿下。だから、自動的に彼女は僕の物。そして、自分の物をどう扱おうと僕の勝手だ。君に指図されるいわれはないよ」
「だが……女性に手を上げるなんて!」
「おっと、それ以上口を挟むようなら、どうなっても知らないよ? 彼女が傷つくのを見たくなかったら、黙っておとなしくしておいた方が、君のためだ」
「くっ……」
悔しそうな声を背に、私もやりきれない恐ろしさで息が詰まりそうになる。レオナルドはそのまままっすぐに私を見据えた。
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