長い手紙

八柳 梨子

第1話

都内の私立女子大を卒業したわたしは、なんとなく受けて採用された家具メーカーに就職し、ショールームに配属された。


今話題の海外メーカーではなく、国内老舗の静かなショールーム。そのせいか、来店する客層は年配が多い。


正直、もっと華やかな今どきの店で働きたかった――というより、店舗ではなく本社勤務が良かった等々不満は山ほどあったが、かといって新しいことをする気力もなく、ただ流されるように過ごしていた。


――夏を迎え、初めてセミの声を聞いたある土曜日。


ポストを覗いたら、差出人の名前のない、白い封筒が届いていた。


『早川さつき様』


宛名は印刷されている。切手の消印は字がにじんでいて日付以外は判別できない。


DMかなにかだと思って開いたら、中から紙が一枚、地面に落ちた。


白いそれを拾い上げ、ひっくり返してみると

『は』

と一文字だけ表示されている。



は?



いたずらにしても、ずいぶん手のこんだことをするものだと呆れながら部屋に戻り、手紙をゴミ箱の中に落とした。


かさりと音を立てて落ちたそれは、『は』が記載されている側が上になっている。


ただの『は』なのに、なにかを強く主張しているように見えて、怖くなったわたしはゴミ箱の蓋を慌ててしめた。


せっかくの休日なのに、その後は誰のいたずらなのかと気にしながら一日を過ごした。


ベッドに入ったあとも、脳裏に『は』の文字がちらついてなかなか寝付けない。


スマホを見たり、本を読んだりしてやっと眠気が襲ってきたのは3時を過ぎた頃だろうか。


寝不足の状態で迎えた日曜日の朝。


本社勤務だったら週末は休みだが、店舗勤務のわたしは出勤しなくてはならない。


寝ぼけ眼で化粧をし、電車に乗って退屈な職場へ向かう頃には手紙のことなどすっかり忘れていた。


平日よりは多少人の多いショールームで、今日は数組の中高年夫婦を相手に商品の案内と配送手配を行い、20時までの長い勤務を終える。


仕事の愚痴を言おうにも、配属された店舗の社員は年配ばかりで、話が合う人はいない。派遣社員とアルバイトも数人いるが、先輩社員が社員とそちらとの垣根を高くしてくれたおかげで、話そうにも壁を感じる。



――本当につまらない職場。



明日は休みだから、まだ気が楽だ。本当は飛び石じゃなくて、二連休が欲しいところだけど。





今のわたしには恋人がいないし、友人との付き合いもない。


休日といってもごろごろするしかなく、退屈なので夏のセールの下見をしようかと思い、昼過ぎに外へ出た。二階から階段を降り、エントランスにある郵便受を覗く。


――また、あの白い封筒が入っていた。

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