第60話 少女 前田正樹の場合

 突然現れた少女と僕の彼女であるみさきはきっと友達にはなれないのだろう。この事は誰が見ても疑いようのない事実なのだけれど、僕はその事よりもこの少女がなぜ今のタイミングで僕の前にやってきたのかが疑問だった。

 もしかして、花咲百合に何かあったのではないかと思ってみたけれど、それが僕に何の関係があるのだというのか。その事も疑問ではあった。

 それに、よく見なくてもわかることなのだけれど、みさきの肩と拳が小刻みに震えているのは寒いわけではなく怒りを秘めているからなのだろう。この事も誰が見ても気づくような事だった。


「先輩が私のお姉ちゃんにかまってくれないから、私も寂しくなっちゃったんですよ。今日はお姉ちゃんも誘ったんですけど、お姉ちゃんって恥ずかしがり屋だから先輩の前に行けないって顔を真っ赤にして拒否ってましたよ。でも、私も先輩にスカートの中を覗かれたら恥ずかしくて顔が真っ赤になっちゃうかもしれないですけどね。でも、先輩とお姉ちゃんって私がいないところで何をしてたのか知・り・た・い・な」

「ねえ、この小学生が何を言っているのかわからないんですけど。まー君が過去に何をしてきたのかは知らないけどさ、今のまー君には関係ない話だと思うんだよね。あなたって今更何かまー君に用事でもあるのかな?」

「今の彼女さんが知らない秘密を私とお姉ちゃんが知ってるってだけなんですけどね。あ、お姉ちゃんの知らない先輩の秘密を知ってるのは内緒にしておいた方がいいかも」

「よくわからない独り言を言うのやめてもらってもいいかな。そのまー君の秘密ってどんなことなのかな。その秘密次第では私も黙っていられなくなるんだけど」

「大したことじゃないですよ。私と先輩が二人でちょっと一緒にいたってだけの話ですからね」


 二人で一緒にいた話って何のことだろう?

 一生懸命に記憶をたどってみても思い当たる節は無かった。そもそも、この子と二人っきりになったことなんてあっただろうか。いくら思い出そうとしても何も思い出せない。それくらいの薄い関係だったと思う。ただ、僕が彼女たち姉妹にずっと見られていたと知るまでの話ではあるのだけれど。


「先輩は思い出してくれないみたいですけど、私は絶対に忘れないですよ。だって、あの時はお姉ちゃんが一人で泣いて逃げちゃいましたからね」

「あ、思い出した。中二の時にトンネルで雨宿りしてた時に一緒にいた子か。あの時は今よりも小さかったから思い出すのに苦労したよ。それにしても、あの大雨の中にいきなり飛び出していったのが花咲さんだったとは思わなかったな。あの時は何か虫でも出て驚いたのかと思ったけど、何かあったけ?」

「ちょっと待ってください。何も覚えてないんですか?」

「うん。雨が凄いけどいつやむのかなって思ってただけだしね」

「え、お姉ちゃんのスカートの中を見たのも忘れたんですか?」

「スカート?」

「あのトンネルで見たじゃないですか」

「何を?」

「お姉ちゃんのスカートの中を!!」

「いや、見てないけど」

「そんなこと言っても無駄です。証拠の映像がしっかりありますからね」


 そう言って僕とみさきは少女が見せてきたスマホの中の映像を見ることになった。そこには確かに中学生時代の僕が映っているのだけれど、僕とカメラの間に一人の少女が映っていた。おそらく、彼女が花咲百合さんなのだろう。僕と何か話しているように聞こえるのだけれど、トンネル内を反響する声に激しい雨音が邪魔をしていてはっきりとは聞き取れなかった。

 画面の中の花咲百合はスカートを自分の手でつまみあげると、スカートの中を僕に見せつけるようにして立っていた。時間にして十秒も無かったと思うのだけれど、スカートから手を離した花咲百合は何かを吐き捨てるようにしてそのまま画面から消えていってしまった。


「どうよ。先輩がお姉ちゃんのスカートの中を見ている完ぺきな証拠よ。これでもスカートの中を見ていないって言い張るのかしら?」

「ちゃんと思い出したけど、僕は間違いなく見てないよ。その映像だとわかりにくいかもしれないけど、あの日は大雨で外も暗かったし、二人の顔だって見えないような状況だったよ。さすがに顔が分かればクラスメイトを忘れることも無いと思うし、それに、スカートの中のパンツを見て中学生男子があんなに冷静に立っているわけないじゃないか」

「え、え、え。じゃあ、お姉ちゃんの事もわからなかったし、スカートの中も見てなかったって言うの?」

「うん、正確に言うと、見ようとしても暗くて見えなかっただね」

「それじゃ、お姉ちゃんが長年悩んでた事もなんでもなかったってことになるんじゃないですか。そんなのおかしいですよ」

「ちょっと待ってもらってもいいかしら。その花咲百合さんはなんで急にまー君の前でスカートを持ち上げてパンツを見せるようなことをしたのかしら?」

「そ、それは。お姉ちゃんの趣味じゃないですかね」

「へえ、人にパンツを見せる趣味のある人が恥ずかしくなるってどんな時なのかしら。あなたと一緒にまー君に会いに来るってのはパンツを見せるよりも恥ずかしいってことなのかしらね?」

「そんなのは知らないよ。お姉ちゃんに聞いてみたらいいじゃない」

「私はあなたの事もあなたのお姉さんの事も存じ上げないのよ。それに、まー君がスカートの中を覗くような人だったって事も初耳ね」

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