第61話 少女 佐藤みさきの場合

 まー君とこの女がどんな関係なのか知らないし、知りたいとは思わないけど、私はひどく不愉快な気持ちになっていた。話すだけなら問題ないのだけれど、この女は私のまー君に対して抱き着こうとしていたのだ。まー君は必死にそれを避けているのだけれど、この女は何も感じていないのか、それとも何か私に対して当てつけでもしているのかというように執拗にソレを繰り返していた。

 私がまー君に抱き着いて阻止してやろうかとも考えたけれど、そうなった場合はまー君の動きが止まってしまってこの女に触れられる可能性が出てきてしまうじゃないか。

 もしも、そうなってしまったとしたら、いくら温厚な私でも我慢の限界というものがあるのだ。


「先輩が私のお姉ちゃんにかまってくれないから、私も寂しくなっちゃったんですよ。今日はお姉ちゃんも誘ったんですけど、お姉ちゃんって恥ずかしがり屋だから先輩の前に行けないって顔を真っ赤にして拒否ってましたよ。でも、私も先輩にスカートの中を覗かれたら恥ずかしくて顔が真っ赤になっちゃうかもしれないですけどね。でも、先輩とお姉ちゃんって私がいないところで何をしてたのか知・り・た・い・な」

「ねえ、この小学生が何を言っているのかわからないんですけど。まー君が過去に何をしてきたのかは知らないけどさ、今のまー君には関係ない話だと思うんだよね。あなたって今更何かまー君に用事でもあるのかな?」

「今の彼女さんが知らない秘密を私とお姉ちゃんが知ってるってだけなんですけどね。あ、お姉ちゃんの知らない先輩の秘密を知ってるのは内緒にしておいた方がいいかも」

「よくわからない独り言を言うのやめてもらってもいいかな。そのまー君の秘密ってどんなことなのかな。その秘密次第では私も黙っていられなくなるんだけど」

「大したことじゃないですよ。私と先輩が二人でちょっと一緒にいたってだけの話ですからね」


 たぶんだけど、この女は嘘を言っている。

 嘘じゃなく本当の事だったとしても、それはまー君の中では認識すらしていなかった出来事だと思う。その程度の存在なのだろう。

 この女はその程度の人間なのだから、きっと必死になってまー君の事を自分の方へと誘導しようとするんだろうな。

 私とは違う、この女はまー君にとって何の価値も影響もないそんな人間なんだろうと感じているのはなぜだろう。それは、まー君に対して私とこの女が決定的に違うところがあるからなのだろうか。だって、この女の事をまー君は全然覚えていなかったみたいだもんね。


「先輩は思い出してくれないみたいですけど、私は絶対に忘れないですよ。だって、あの時はお姉ちゃんが一人で泣いて逃げちゃいましたからね」

「あ、思い出した。中二の時にトンネルで雨宿りしてた時に一緒にいた子か。あの時は今よりも小さかったから思い出すのに苦労したよ。それにしても、あの大雨の中にいきなり飛び出していったのが花咲さんだったとは思わなかったな。あの時は何か虫でも出て驚いたのかと思ったけど、何かあったけ?」

「ちょっと待ってください。何も覚えてないんですか?」

「うん。雨が凄いけどいつやむのかなって思ってただけだしね」

「え、お姉ちゃんのスカートの中を見たのも忘れたんですか?」

「スカート?」

「あのトンネルで見たじゃないですか」

「何を?」

「お姉ちゃんのスカートの中を!!」

「いや、見てないけど」

「そんなこと言っても無駄です。証拠の映像がしっかりありますからね」


 証拠の映像というものがどれほどのものなのかと思ってみたけれど、中学生の時のまー君らしき人が奥にいて、手前にスカートを自らめくっている痴女がいるだけだった。

 これが何の証拠になるのかわからなけれど、年頃の男子だったら女子のスカートの中をもっと興味津々に見てそうなのに、画面の中のまー君は一度も視線を顔から逸らしていないように見えた。本当にこの画面の女に興味ないのだとわかる映像になっているし、証拠としてはまー君の方が被害者みたいな感じにもとれるんじゃないかな。


「どうよ。先輩がお姉ちゃんのスカートの中を見ている完ぺきな証拠よ。これでもスカートの中を見ていないって言い張るのかしら?」

「ちゃんと思い出したけど、僕は間違いなく見てないよ。その映像だとわかりにくいかもしれないけど、あの日は大雨で外も暗かったし、二人の顔だって見えないような状況だったよ。さすがに顔が分かればクラスメイトを忘れることも無いと思うし、それに、スカートの中のパンツを見て中学生男子があんなに冷静に立っているわけないじゃないか」

「え、え、え。じゃあ、お姉ちゃんの事もわからなかったし、スカートの中も見てなかったって言うの?」

「うん、正確に言うと、見ようとしても暗くて見えなかっただね」

「それじゃ、お姉ちゃんが長年悩んでた事もなんでもなかったってことになるんじゃないですか。そんなのおかしいですよ」

「ちょっと待ってもらってもいいかしら。その花咲百合さんはなんで急にまー君の前でスカートを持ち上げてパンツを見せるようなことをしたのかしら?」

「そ、それは。お姉ちゃんの趣味じゃないですかね」

「へえ、人にパンツを見せる趣味のある人が恥ずかしくなるってどんな時なのかしら。あなたと一緒にまー君に会いに来るってのはパンツを見せるよりも恥ずかしいってことなのかしらね?」

「そんなのは知らないよ。お姉ちゃんに聞いてみたらいいじゃない」

「私はあなたの事もあなたのお姉さんの事も存じ上げないのよ。それに、まー君がスカートの中を覗くような人だったって事も初耳ね」


 少しは疑ってしまったけど、まー君はやっぱりこの女とこの女の姉とも何も無かったんだろうな。

 でも、今度ゆっくり時間をかけて説明してもらわないとね。

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