第35話 ある休みの日 佐藤みさきの場合

 今日は休みの日だというのに家に居ても心が落ち着かない。どうしてかというと、お姉ちゃんの友達である愛ちゃん先輩が泊まりに来ているからだ。

 私の部屋に来ることは無いし、お風呂に入っている時も邪魔はされなかったのだけど、事あるごとにメッセージが送られてきていて、普通に話しかけられるよりも面倒だった。私はそれでも返事を返してあげたりしていたんだけど、あんまり返しすぎるとしつこいくらいの頻度で送られてくるので、本当に困っていた。

 まー君から連絡が来るかもしれないし、唯ちゃんから遊びの誘いが来るかもしれないので、電源を切る事は出来ない。

 まじめに勉強をしたいのだけれど、メッセージが頻繁に送られてきてるので集中も出来ない。お姉ちゃんがもう少し抑えてくれればいいのだけど、お姉ちゃんも愛ちゃん先輩の扱いに困っている節が見受けられるので、過度な期待はしないでおこう。


 自分の部屋に籠って勉強していたとしても邪魔されるのならば、逆にリビングで勉強をしていた方が目に付いて邪魔されないのかもしれない。

 私はそのまま勉強道具を持ってリビングに向かうと、用意しておいた耳栓を装着して勉強に臨んだ。

 私の計画通りに事は運び、勉強している私を見た愛ちゃん先輩は私にメッセージを送ってこなくなっていた。そのまま勉強をしていたのだけれど、休憩がてら飲み物を取りに行った時に、お姉ちゃんとばったり遭遇してゲームを一緒にやる事になってしまった。


「みさきはゲーム得意じゃないだろうけど、勉強には息抜きも必要だと思うし一緒に遊ぼうよ」

「あんまり複雑なのは嫌だよ」

「それは大丈夫。私でも愛華でも出来るようなのだし、みさきの彼氏が暇だったらオンラインでゲームやろうって誘っても良いからさ」

「お姉ちゃんって時々いい提案するよね」


 まー君が一緒にゲームをやってくれるかはわからないけれど、メッセージを送る理由が出来ただけでもお姉ちゃんに感謝しないとね。私は特に考えもせずにメッセージを送ってみたのだけど、まー君からの返事はいたってシンプルなモノだった。

 ゲームに誘ったついでにと言っては何だけど、明日の休みに遊ぶ約束を取り付けることが出来ればもっといいのにと思っていた。もちろん、まー君から誘ってもらえるのなら、即答している事だろう。


 オンラインで対戦をする事になったのだけど、四人中三人が同じ部屋にいて、一人だけが違う部屋にいるのは不公平な感じがして、ボイスチャットも同時に行う事になった。この点もお姉ちゃんを褒めてあげないといけないよね。

 ゲーム自体は短時間で終わるのだけど、お姉ちゃんも愛ちゃん先輩も私もほとんど勝てず、気付かないうちにまー君包囲網が形成されていた。

 そんな包囲網を軽々と突破したまー君は、私達を各個撃破して警戒に勝利の舞を踊っていたのである。しかし、先ほどから気になっていたのだが、まー君の声が全然聞こえてこない。


「なあ、前田君はこちらの声が聞こえているかな?」

「ちゃんと聞こえてますよ」

「それならもう少し喋ってくれてもいいんだよ」

「でも、そっちは三人いるみたいですけど、こっちは一人なんで。一人で喋ってたら怖くないですか?」

「そんなことを思う人なんていないと思うけど、私も愛華もみさきもゲームしながらだけじゃなく、テレビを見ながらでも喋っている時あるよ」

「俺はそんなこと無いですけど、少しは何か喋った方がいいんですかね?」

「話してくれると嬉しいけど、それよりも一緒に遊んでくれることが嬉しいよ」

「あ、でも、俺はこれからお風呂に入るのでもう少しで抜けますね」

「ああ、それならもう少しだけ私達に付き合ってもらうよ」


 まー君の声はほとんど聞こえなかったけれど、遠くにいるのに一緒にいるように感じているし、これが離れていても心は一つってやつなのかと思った。違うんだろうけどね。


 まー君がゲームから抜けると、私もそのままゲームをやめて、お姉ちゃんと愛ちゃん先輩がゲームをやっているところを見ることにした。愛ちゃん先輩はそんなにゲームが上手いわけじゃないんだけど、下手なりに楽しんでいるようで、負けたとしてもそんなに根に持たないタイプのようだった。お姉ちゃんは負けず嫌いな性格なので、負けると機嫌が悪くなるのはいつもの事だけど、愛ちゃん先輩がお姉ちゃんに大きめのダメージを与えた時でも若干不機嫌になっているようだった。


 そのままゲームを見ていてもよかったのだけど、私は勉強の続きをやろうと思って、今度は自分の部屋に戻る事にした。それにしても、愛ちゃん先輩が物静かな感じでほとんど喋ってないのが気になってしまった。


 勉強に集中していると、まー君からメッセージが届いた。


『さっきは手加減とかしなくてごめんね。ついつい夢中になってしまったよ』


『私は少ししかやったこと無かったんで弱かったけど、まー君は楽しめたかな?』

『俺はたくさん勝てたんで楽しかったよ』

『まー君が楽しめたならよかったよ。明日はどこかに行くのかな?』

『今度はみさきも出来るゲームで遊ぼうね。明日の予定は散歩に行くくらいかな』


 まー君の明日の行動が分かったので、私は明日の何時ころかわからないけれど、家の近くを散歩することにしよう。まー君の家からだと、テニスが出来る公園か河川敷がちょうど良さそうだ。私の家からは少し離れているけれど、散歩は近場よりも少し遠い方が楽しそうだし、何かいい事が起こりそうな感じがしていた。


 ベッドに入ってまー君の事を考えていると、ドキドキしてしまっていつもよりも寝るのに時間がかかりそうだと思っていたのだけれど、気付いた時には朝になっていた。私は他の人より寝つきが良いのかもしれない。


 学校に行くわけじゃないのできちっとした服装でいる必要もないのだけれど、何となく散歩中でも違和感がなさそうな感じの服でまとめることにした。

 まー君に散歩コースと時間を聞いておけばよかったと思うけれど、突然であった方がサプライズ感もあって嬉しいだろう。私がまー君の立場だったら、感激のあまりに泣いてしまうかもしれないと思う。


 とりあえず、テニスの出来る公園に行こうと思ったのだけど、ちょうど愛ちゃん先輩が帰るところだったみたいなので、少しだけタイミングをずらして逢わないように気を付けてみた。

 愛ちゃん先輩は珍しく私に直接絡んでは来なかったのだけれど、いつの間にかメッセージが送られてきていた。


『昨日と今日はあまり遊べなくてごめんね。学校ではもう少し積極的に行く事にするからさ』

 この文章だけでもお腹いっぱいになりそうだったけれど、一緒に送られてきた愛ちゃん先輩の写真もいつも以上にくどい感じに写っていた。


 さて、散歩コースの本命である河川敷に向かうのだけれど、時間帯がわからないので夕方くらいまでは散歩をしてみようかと思ってみた。

 他にも散歩をしている人は何人かいるようだけど、肝心のまー君は見つからなかった。途中でアリス先輩を見かけてのだけど、アリス先輩は読書に集中しているようだったので、私は引き返してまー君を探すことにした。こちらの方がまー君の家に近いし、その分遭遇する確率も高くなりそうだったからであって、アリス先輩が面倒なわけではなかったのだ。


 その後も散歩を続けていたのだけれど、まー君の姿は見つからなかった。いっそのこと家に向かってみようかとも思っていたけれど、それをしてしまうとストーカーみたいだと思えるので、さすがにそんなことはしないでおく。


 ちょっとだけ喉が渇いたのでコンビニに水を買いに行ったのだけれど、この間にまー君が散歩を終えていないかが気になってしまって、水の味もわからない感じだった。

 河川敷に戻ると、それなりに人は歩いているのだけれど、知っている人はほとんどいなくなっていて、アリス先輩もどこかへ行っているようだった。


 その後も散歩を続けていると、まー君の姿を発見することが出来た。私がたまたま散歩している時にまー君に出会えるなんて凄い偶然だと思った。私はやっぱりまー君と一緒になる運命なのだろう。

 しかし、そんな私の運命をあざ笑うかのように、まー君は私ではなく紗耶香と話をしていた。遠くてどんな話をしているのかわからないけれど、たいした話題ではないだろう。

 私の事を話しているとしても、まー君が他の女と話してる姿を見るのは胸が苦しい。でも、紗耶香は良い人だし信用もしているから大丈夫だと思う。家に帰ってから紗耶香にメッセージを送ってみようかな。


 しばらく観察していると、紗耶香はそのまままー君と別れてどこかへ行ってしまった。二人が待ち合わせの約束をしてどこかに行ってしまうのではないかと思っていたけれど、それは私の思い過ごしだったようだ。

 途中から見ていたのでわからなかったけれど、紗耶香は偶然まー君に会っただけのようだった。


 邪魔者もいなくなったし自然にまー君の前に出て行かないとね。私もまー君に会ったのはたまたま偶然で、二人を繋ぐ運命の神様がいるって信じているからね。


 私がまー君に話しかけると、少し驚いた様子ではあったけれど、私を見るとすぐに笑顔に戻ってくれた。さっきまで紗耶香と話していた時と違う表情ね。ちょっと嬉しいから腕とか触ってしまいそうだよ。触るなら流れの中で自然にしないと変な子だと思われちゃうかもしれないからね。

 ああ、少しでも触れることが出来ると嬉しいな。


「今日は色んな楽しい事があるといいね」


 まー君の体に触れていると、少しだけイケナイ気分になっちゃうのね。このままどうしたらいいのかしら。今日はまだ二人の時間が始まったばかりだもんね。

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