第30話 守屋紗耶香という女

 私は風紀委員なんかやる予定はなかったのに、お兄ちゃんが風紀委員長だったからって勝手に推薦されてしまったの。今日も朝早くから登校しているし、何で先生と一緒に校門前で生徒の身だしなみチェックなんかしないといけないわけ。もう、今日は制服を改造してやろうかと思ったけど、そんな勇気はないのよね。

 だいたい、夏休み明けでもないしそんな急に変わる人なんているわけないじゃない。その辺考えて設定すればいいのに、私はもう少し寝ていたかったな。肝心のお兄ちゃんは普通に寝坊してしまったから先生と二人っきりになったのも辛いし。なんかいいこと無いかな。

 なんで生徒がこういうのに付き合っているのかもわからないけれど、先生はずっと無言だし何か話しかけた方がいいのかな?

 この先生は話した事も無いし、見た目もいかついから話しかけにくいのよね。でも、登校してくる先輩たちは皆挨拶している。もしかしたら、話しやすい人なのかもしれないな。


 登校してくる生徒が増えてきたけれど、制服を着崩していたり改造していたり髪を派手に染めている生徒なんていないし、時間の無駄なんじゃないかなって少し思ってたんだけど、入学してから一か月くらいの間にもそんな生徒は先輩でも見たこと無かったよね。そう言う変な生徒が入れるような学校じゃないと思うし、気にしすぎなんじゃないかしらね。って、何だか変な集団がこっちに向かってきているわ。一人の男子を中央にして両サイドの腕に抱き着いている女子が二名。一人は異常に胸が大きい。これだけ離れていてもわかるくらいに大きい。私だって大きい方だと思うけど、それよりも桁違いに大きいじゃない。

 真ん中の男子がどこかで見たことあると思っていると、同じクラスの前田君だわ。前田君がなんであんな状況なのかわからないんだけど、あんなにモテるなんて知らなかったな。胸の大きい人は三年生の人だと思うけど、胸の小さい人は多分同じ学年の子だと思うのよね。見たことがあるような気がしているわ。

 朝っぱらからあんなイチャイチャしている様子を見せられても気分が良くないし、隣にいる先生も不愉快だろうから指導の一環で止めるんだろうな。色々聞いてみたいこともあるし、私も何か言って大丈夫よね?


 意外な事に先生はその三人を止めることなくスルーしてしまった。風紀的にもアウトだと思うし、どうしてんだろう?


「先生、あの三人を通して良かったんですか?」

「どこか身だしなみでおかしなところがあったか?」

「いえ、身だしなみは問題なかったと思いますけど、三人が腕を組んで登校しているんですよ。風紀的にも倫理的にも良くないと思うんですけど」

「あのな、守屋。今回は抜き打ちの服装検査なんだぞ。服装以外の事で止めてしまったとして、その間に違反者が素通りしてしまったら本末転倒だとは思わないのか?」

「いや、それとこれとは話が違うと思うんですけど。あんな小ハーレムを形成している男って怪しいでしょ」

「あの三人がどういう関係なのかは先生にもわからないが、守屋が想像しているような関係ではないと思うぞ」

「でも、あんなのは高校生として以前に人として変だと思います」

 私が男の子にあんな風に抱き着いたことが無くて悔しくて負け惜しみで言っているんじゃない。本心からそう思っただけだもん。通学途中ですれ違っているだろう近所の小学生にも悪影響を与えるに違いない。

「先生、今からでも行ってあんなことをやめさせましょうよ」

「あのな、恋愛は節度を持てば自由にしていいと思うぞ」


 節度って何だろう?

 先輩の事は難しいけれど、前田君と一年生の女子の事は調べてみよう。


 私は最後まで身だしなみチェックに付き合わなくてよかったらしく、登校時間もまだ10分くらいあるのだけれど、教室に戻ることが出来た。

 教室に戻ると恋愛話が好きな女子が前田君の席に集まっていた。今から登校してくるような人は知らないかもしれないけれど、前田君の登校している姿を見たら誰だって気になるだろう。

 カバンから授業道具を取り出して机にしまっていると、隣の席の男子が前田君の彼女の事を話していた。佐藤みさきさんって言うのが彼女らしい。逆側にいた先輩は三年生の鈴木先輩らしいんだけど、そっちとは付き合ってないみたいね。男子の噂話なんでどこまで本当かわからないけれど、たぶん間違ってなさそうね。それに、ちょっとからかって見たら面白い事になりそうな感じがしたので、私も何かしてみようかな。

 朝早くから先生の手伝いをしてストレスもたまっているし、ちょっとくらいならいいよね。


「ちょっと前田君に話があるんだけど、良いかしら?」


 今のところ何もプランが無いけど何とかなると信じているわ。流されやすい私だけど、これからは流す方に行くのよ。


「ねえ、なんで前田君は三年の鈴木先輩と隣のクラスの佐藤さんと腕を組んで登校していたのかしら?」

「すいません。それは俺もなんでなんだろうって思ってるんですけど、どうして俺のクラスが分かったんですか?」


 一か月近くも同じクラスに居て私の事に気付いていないってどういうこと?

 私もそれなりに可愛いと思うし、胸だって大きいのよ。前田君の彼女の方が顔は可愛いかもしれないけれど、人間は顔だけじゃないでしょうに。

 ああ、何か言いたいけれど言い出せない。こんな時ってとっさに言葉が出てこないのよね。とりあえず、目を見て普通の事を言ってごまかそう。


「なんで前田君のクラスがわかるかって? 同じクラスだからでしょ」


 前田君はクラスメイトの名前と顔が一致しないみたいだけど、正直に言うと私も男子は全員覚えていないのよね。半分くらいは覚えたと思うけど、他のクラスの男子と混ざってしまったら自信が無いわ。

 そんなことはどうでもいいし、何とか面白い方向に話を進めなくっちゃね。


「あなたはクラスメイトの顔と名前も覚えてないの? それとも私だけ覚えてないわけ?」

「ごめんなさい。人の名前と誕生日を覚えるのが苦手でして。でも、君みたいに可愛らしい子を正面から見ていたら忘れないと思うんだけどな」

「突然何を言いだすのよ。でも、苦手なら仕方ないわね。今週中にクラスメイトの顔と名前くらい憶えておきなさいよ。いいわね?」


 自分でも何の権利があってそんなことを言い出したのかわからないけれど、これは自分のためでもあるのよね。この問題を利用して私もクラスメイトの顔と名前を覚える作戦。写真とか適当に理由を付けて撮っておけばいいだろうしね。


「覚えるように努力します。で、可愛らしい君のお名前を聞いてもいいですか?」

「私は可愛くないわよ」

「いや、十分可愛いと思うけど」

 なんだ、前田君も私の可愛らしさに気付いたのね。恋人がいるのに罪な男よ。

「佐藤さんよりも?」

「みさきの方が可愛いよ」

「じゃあ、三年の鈴木先輩よりも?」

「愛華先輩の事は今日会ったばかりだし、横顔しか見てないから比べられないな」

「胸は大きい方が良いって事?」

「どちらかと言えば大きい胸は苦手かも」


 この男は胸より顔が好きなタイプなのね。もしかしたら、大きな胸にトラウマでもあるのかしら。そうだ、今のタイミングで自己紹介しておかなくちゃ。


「私の名前は守屋紗耶香よ。ちゃんと覚えておきなさいよ」


 ついでに前田君のスマホにメッセージでも送っておこうかしら。顔認証は前田君の方に画面を向けて解除できたし、今のうちに追加しておこうっと。これでいつでも連絡を取れるようになったわ。


 なんてメッセージを送ればいいのか悩んでは消してを繰り返していたんだけど、消すところと送信を間違っていたみたいで怪文書を送り付けていたかもしれないわね。ごまかす意味も含めて、何かインパクトのあるやつでも送ってみようかな。


『入学した時から好きです。彼女と別れて私と付き合ってください。さやか』


 こんなのには乗ってこないと思うけど、もしかしたらもしかするよね。でも、最初の彼氏が誰かから奪った人ってのは良くないと思うし、あんまり波風立てすぎないようにしておこうっと。

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