第28話 昼食会 前田正樹の場合

 俺は守屋さんからのメッセージを無視していたのだけれど、その後も何度か守屋さんからメッセージが着ていた。守屋さんの席は前の方だったので、自然と行動を目で追ってみたりもしたのだけれど、守屋さんがスマホをいじっている様子は一切見られなかった。それでもメッセージはいくつも届いているようで、メッセージの着信を知らせる一瞬の振動が途切れることは無かった。


 授業の間の休憩時間にスマホを見てみると、未読メッセージが20件ほどたまっていた。半分は守屋さんで、もう半分はみさきからだった。守屋さんのメッセージは無視するとして、みさきのメッセージを見てみると、いつ撮ったのかわからない自撮りが送られてきていた。と言っても、加工がきつめに入っているので、みさきだろうなとは思うくらいの面影を残してはいるものの、似ている別人のようにも見えていた。


『加工してない方が可愛いと思うよ』とだけメッセージを送ると、守屋さんがなぜか目の前に立っていて、再び俺の机をいじめていた。


「ねえ、私には返事くれないの?」

「え、ああ。特に返すようなのも着てないし良いかなって思ったよ」

「ちょっと、それは酷くない。女の子が告白したのに無視するってどうなのよ」


 そう言いながらも机をバンバンと叩いているので、クラス中が俺と守屋さんに注目してしまっていた。


「私の事をもてあそんだのね」

「いや、話をしたのは今日が初めてだと思うけど」

「何度か挨拶はしたと思うけど」

「ごめん、それは無意識のうちに返事を返していたんだと思うよ」

「どうして私の事を見てくれないの?」

「見るも何も、俺には彼女いるから」

「そんなのはどうだっていいじゃない」

「どうでもいい事じゃないと思うけど」

「あなたの事が好きなんだから」


 そう言って泣き崩れる守屋さんを見てどうしたらいいのか悩んでいたのだけれど、タイミングを計ったかのようにみさきが教室の中へと入ってきた。


「ちょっと、これはどういうことなの? 説明してよね」


 みさきはなぜか俺に詰め寄っているのだけれど、俺もどういうことなのか理解が出来なかった。今日は朝から愛華先輩にも絡まれるし、守屋さんにもこうして絡まれてるし、みさきには何か誤解されているみたいだし、どうしたらいいんだろう。


「あの、前田君の彼女さんですよね?」

「そうだけど」


 うちのクラスの女子が守屋さんが泣いている理由を説明していたのだけれど、それを聞いたみさきは何だか嬉しそうに俺の肩をバンバンと叩いてきた。それとは対照的に守屋さんは泣き崩れたまま動こうとはしなかった。


「そっか、まー君はモテモテなんだね。あんまりモテ過ぎたらダメだぞ」


 予鈴がなるとみさきは嬉しそうに教室を出て行ったのだけれど、どうやったらモテ過ぎないように気を付けることが出来るのだろう。そんなことをぼんやりと考えていると、守屋さんは普通に立ち上がって自分の席へと戻って行った。その行動があまりにも自然すぎて、俺はさっきまで何があったのかわからなくなってしまった。


『さっきのは全部演技だよ。さやか』


 俺は守屋さんを拒否リストに入れようか悩んでいたけれど、拒否リストに入れていたことがバレたら面倒な事になりそうだと思い、俺は怖いのを我慢することにした。


 時間も進み、もう間もなくお昼が近付いてきていたのだけれど、何気なく外を見ていると、サクラの木の下に金髪の少女と胸が大きい少女が立っているのを見つけてしまった。まだ授業中なのだけれど、あの先輩方は何をしているのだろうか。俺の席は窓側ではないので完全に見えているわけではないのだが、二人が何かの準備をしているらしいことは何となく理解した。それだけ理解した俺は授業に集中することにした。


 そう言えば、今日は田中の姿を見ていないと思っていると、田中からもメッセージがきていることに気付いた。どうやら、田中は今日の授業を全て休むらしい。前日には元気だったようだけれど、今朝から急に熱が上がりだしたらしい。本当かはわからないけれど、元気になったらノートでも見せてあげることにしよう。

 授業も終わり昼休みに突入したのだが、俺が席を立つ前にみさきが俺を迎えに来ていた。授業が終わったと同時くらいにみさきが立っていたので俺も驚いたのだけれど、なぜか同じく俺の席に近付こうとしていた守屋さんも驚いていた。


「先輩たちを待たせるのも失礼だし、一緒に行こうか」


 みさきに手を引かれた俺はそのまま外へと連れ出された。何故か守屋さんもついてきていたのだけれどそれは誰も気にしていないようだった。


 サクラの木の下にはピクニック用のレジャーシートが敷かれていて、遠足に来たような気分になっていたけれど、この時期はまだまだ寒いので上着を羽織ってくればよかったと後悔した。


「二人とも早かったね。って、一人増えてるね。ま、いっか。みんなおいでよ」

「そうだね、一人増えるのも二人増えるのもそんなに変わらないし、楽しくやろうよ」


 愛華先輩の横にいるのがアリス先輩だと思うのだけれど、近くで見ると本当に人形のように整っているのがわかる。三年生には他にも綺麗な人はたくさんいるみたいだけれど、田中の話ではアリス先輩がダントツで可愛いらしい。俺は他の人を見たことが無いのでわからないけれど、身長の割には足も長めで胸は小さめなのもバランスが整っていると思う。愛華先輩と守屋さんは胸が大きいけれど、アリス先輩とみさきは胸が小さいので、美味い事グループ分けが出来ている感じだった。


「なあ、一年男子。今私を見て失礼な事を考えていなかったかな?」

「いえ、噂通り近くで見ても綺麗な人だなって思ってました」

「君の視線の先は顔ではなくて、胸元だったようだけれど、綺麗に整地されているとでも言いたいのかな?」

「その辺はよくわからないですけど、愛華先輩の胸は大きすぎるし、守屋さんも愛華先輩ほどではないけど大きいと思います。でも、俺は大きいより小ぶりな方が好きなんです」

「そうか、そんなことを宣言しなくてもいいんだけど、君はなかなかの変わり者らしいな。みさきの彼氏ってくらいだから想像はしてみたのだけれど、私が思っているよりも変わっているのかもしれないな」


 女子の中に男子が一人ってのは気まずい空間ではある。他の男子から見たら美少女に囲まれているのがうらやましいと思われるかもしれないけれど、俺はみさき以外の人と仲良くするつもりもないのでどうでもいい事だった。

 少し肌寒いなと思っていたのだけれど、俺と守屋さん以外は上に一枚羽織っているせいかそうでもないみたいだった。みんなの輪を離れるのは申し訳ないと思ったけれど、俺は上着を取りに行こうと思ってそれを伝えてみた。すると、守屋さんが教室までお弁当を取りに行くついでに俺の上着も持ってきてくれることになった。


「あの子ってまー君にウザ絡みしてたけど良い人なのかもね」

「みさきタンと一緒で真っすぐすぎるだけなのかもね」

「でも、まー君の上着がどれかわかるのかな?」


 守屋さんは五分と経たずに戻ってきたのだけれど、間違えることなく俺の上着を持ってきてくれた。そのまま五人でお弁当を広げたのだけれど、五人中二人が手作りで、二人が購買のおにぎりで俺は手ぶらだった。


「先輩たちはおにぎりだけで足りるんですか?」

「こんな感じの昼食が多いから慣れているけど、少し物足りない気持ちもあるかな」

「私が自分で作った奴なんですけど、良かったらどうですか?」


 守屋さんが作ったらしい弁当を覗き込むと、彩鮮やかなお弁当がそこにはあった。いかにも女子が好きそうなお弁当ではあった。それを一口アリス先輩が食べていたのだけれど、噛みしめるように「美味しい」と一言だけ残して、さらに手を伸ばしていた。

 それに釣られるように愛華先輩も食べていたのだけれど、守屋さんの分が無くなるんじゃないかってくらいの勢いで二人が食べ勧めていた。俺も一つ食べようかと手を伸ばしたのだけれど、それを見たみさきが泣きそうな目で睨んでいたので、俺は守屋さんのお弁当を食べることが出来なかった。


「まー君の分はこっちだよ」


 そう言って大きいお弁当箱と小さいお弁当箱を差し出された。どっちを取ればいいのか悩んでいると、みさきは俺の前に大きい方のお弁当箱を渡してくれた。

 蓋を取って中を見ると、いかにも男子が好きそうなラインナップのおかずだった。全体的に茶色いのだけれど、ところどころ緑や赤や黄色があって見ているだけでも飽きない工夫がされていた。


「これってみさきが作ったの?」

「そうだよ。あんまりお弁当って作ったこと無いから失敗してたらごめんね」


 みさきは舌を軽く出しながらそう言っていたけれど、唐揚げを食べても卵焼きを食べても美味しかった。味も濃すぎないくらいの濃さで、ご飯のおかずにぴったりだった。


「みさきタンのお弁当も少し食べてみたいな」


 愛華先輩がせがむことをあらかじめ分かっていたかのようにもう一つお弁当を出すと、三人の前に置いていた。


「あの、私も食べていいんですか?」

「うん、守屋さんも食べてよ」

「ありがとうございます。わあ、どれも美味しそう」


 三人の中で一番最初に手を伸ばしていたアリス先輩だったけれど、守屋さんのお弁当の時と同じように次から次へと手を伸ばしていた。それに負けないように愛華先輩も守屋さんも食べ続けていた。


「そう言えば、今日はお姉ちゃんは一緒じゃなかったんですか?」

「ああ、何でも昨日みさきに告白した男子の愚痴を聞かないといけないとかで別行動になったよ。告白した直後に彼氏を作っていたのがショックだったみたいだね」

「でも、その人と私って何の関りもないですからね」


「それにしても、佐藤さんって料理上手なんですね」

「ありがとう。私の事はみさきって呼んでいいよ」

「じゃあ、私の事も紗耶香って呼んでくださいね」

「うん、同じ一年生同士お互いに仲良くやっていきましょうね」


 みさきは守屋さんとも仲良くなってくれるみたいなので少し安心した。もしかしたら喧嘩になるのかとも思ったけれど、それは俺の考えすぎだったみたいだ。


「みさきは守屋さんが俺に告白したのは知ってるよね?」

「もちろん知ってるわよ」

「それを知っていて友達になるなんて、みさきは大人だね」

「ええ、紗耶香がまー君の事を好きなのは止めることが出来ないじゃない。無理矢理気持ちを捻じ曲げるのも違うと思うしね」

「いやいや、なかなかそう言う事は思ってても出来ないと思うよ」

「大丈夫なのよ。だって、私がいる限り紗耶香はまー君と付き合うことが出来ないんですもの」

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