第21話 みさき先輩について聞いてみた件 前田唯の場合

 それにしても、お兄ちゃんに彼女が出来るかもしれないとは思っていたけれど、その相手がみさき先輩だったのは驚いた。去年の定期演奏会でたまたま見かけて一方的にファンになったんだけど、憧れの存在であるみさき先輩がお兄ちゃんの彼女になるなんて信じられないよね。

 私の事が大好きなお兄ちゃんだけど、他に女を作ってしまった。なんて思ったりもしたけれど、みさき先輩が相手だったら文句も言えないよ。どうせいつかは別れてしまうと思うし、そんな時は大好きな妹の私がいくらでも慰めてあげるよ。

 さて、お兄ちゃんはみさき先輩を家まで送りに行ってしまったんでやる事が無くなってしまった。そんな私は意外と広い人脈を利用してみさき先輩の情報を集めることにしてみた。何だか探偵みたいで素敵かも。


 むっちゃんからある程度は聞いていたんだけど、一人だけの意見じゃ人物像も見えてこないし、もっと多角的に物事をとらえた方がいいと思うんだよね。じゃあ、むっちゃんと同じ吹奏楽部の亜美ちゃんに聞いてみようかな。

 いきなり電話をするほどの中でもないので当たり障りのない軽いメッセージを送ってみようかな。返事が来るまではお兄ちゃんの写真でも見て癒されておこう。


『久しぶりだね。みさき先輩がどうかしたの?』


 亜美ちゃんは私がメッセージを送ってから10分も立たずに返事をくれたよ。予想外に返事が早かったから、写真も2枚しか見れなかったな。


『返事ありがとね。みさき先輩がうちに遊びに来てたんだよ!』

『何があった? 唯ちゃんってみさき先輩のファンだって言ってたけど、連絡先とか知ってたの?』

『私はみさき先輩のファンだけど、私のお兄ちゃんとみさき先輩が付き合ってるんだって』

『みさき先輩が男と付き合うとか信じられないわ』

『それで、ちょっと聞きたいことあるんだけど電話していいかな?』

『いいよ』


 私は亜美ちゃんに電話をするんだけど、初めて亜美ちゃんに電話をかけるからか緊張してしまう。亜美ちゃんは最初のコールが終わる前に出てくれた。


「どうも、みさき先輩ってどんな感じなのかな?」

「いきなりだね。でも、私が見た限りでは悪いとこないと思うよ。後輩にも先輩たちにも変わらず優しかったからね」

「そうなんだ。私もそれは今日話したり遊んだりして思ったよ。でもさ、そんな完璧な人が私のお兄ちゃんと付き合って大丈夫なのかな?」

「唯ちゃんのお兄さんってそんなやばい人だっけ? 会った時は普通に良い人だと思ったけどさ」

「お兄ちゃんは良い人なんだけど、なんだかんだ言っても私を一番に考えてくれると思うんだよね。そんなに良い人のみさき先輩が2番目でも満足できるのかな?」

「それは当人同士の問題だと思うけど、唯ちゃんって結構アレな感じだね」

「アレってどれ?」

「それは置いといて、私達が見てた限りだけど、みさき先輩って男の人とあんまりかかわりを持たなそうなイメージだったから彼氏がいるって不思議な感じだわ」

「そうなの? 百合ってやつなの?」

「百合じゃないと思うけど、吹部って男子も何人かいるんだけど、最初のうちはみさき先輩は話も出来ないくらい距離をとってたんだけど、だんだん仲良くなって話したりとかするわけさ。そうしていると男子も勘違いしちゃうのかな、みさき先輩に告白する人とかもいたりするわけなんだけど、もれなく断られてそのまま部活を辞めちゃうみたいな感じでね」

「そんなにモテてたんだ。男子がいなくなったら他の女子から嫌がらせとかされるんじゃない?」

「ああ、みさき先輩は見た目もそうだけど、中身も素晴らしいって言えるくらい聖人だからモテるね。それに、どっちかって言うと女子人気も高いから嫌がらせされてたのは告白した男子かも。辞めた原因も他の女子に無視されるってのが一番だろうしね。なんていうのかな、みさき先輩って男子にも女子にも人気あるんだけど、熱狂的なファンが常に守ってるって感じなのかな? 私も吹部に入った時は自分から話しかけらなかったくらいだよ」

「そんなに人気のみさき先輩と付き合えるお兄ちゃんって、どんだけ魅力的な人間なんだよ。じゃあ、みさき先輩の敵っていないんだ」

「敵か、敵はいないと思うけどお化けとかは苦手みたいだよ」

「お兄ちゃんはそう言うのが好きだからどうなんだろう?」

「合宿に行った時も肝試しとか怪談には参加してなかったからそうだと思うんだけど、お兄さんってそう言う話詳しいの?」

「私が嫌だって言っても寝るまで延々と怖い話を聞かせてくれるくらいには怖い話が好きだと思うよ」

「実は、私は怖い話好きなんでちょっと興味あるかも」

「そうなの? 今度お兄ちゃんに亜美ちゃんの事言ってみるよ」

「ありがとう。唯ちゃんってみさき先輩みたいに優しくて可愛いよね」

「あ、それって今まで生きてきた中で一番嬉しい褒め言葉かも」

「それくらい唯ちゃんもみさき先輩も良い人だよってことだよ」


 最終的に亜美ちゃんにお兄ちゃんを紹介することになってしまったけど、お兄ちゃんの良さを世間に知らしめるためだから仕方ないよね。自分でも意外だったけど、みさき先輩みたいだって褒められるのは嬉しいもんだね。やっぱり尊敬する先輩だから嬉しい。

 みさき先輩の先輩にも話を聞いてみたいんだけど、私の知り合いにみさき先輩の知り合いっていないんだよね。お兄ちゃんと同じ学年の人より上の人は家族親戚くらいしか知らないし、知ってたとしてもこんな事で連絡とか取れないし、どうしようかな。

 と、考えてみても答えは出なそうだし、下に行ってお母さんのお手伝いでもしておこうかな。お兄ちゃんが帰って来た時に料理を手伝っているのを見たら、お兄ちゃんの愛情ポイントが増加しちゃいそうだよね。


「あ、唯ちゃん。ちょうどいいところに来たわ。悪いんだけどスーパーでお豆腐買ってきてもらってもいいかしら? 冷蔵庫に入っていたお豆腐がちょっと傷んでるみたいなのよね」

「お豆腐だけでいいの?」

「今日必要なのはお豆腐だけだから大丈夫よ。まー君が何時に帰ってくるかわからないから一緒に行ってもらうってわけにはいかないけど、唯ちゃんは一人で大丈夫かしら?」

「大丈夫だよ。私だって立派な中学生なんだからね」


 お母さんからお遣いを頼まれたのでさっそくスーパーに向かう事にした。風が少し強いので持っているモノを飛ばされないように気を付けて歩いているんだけど、時々向かってくる突風で飛ばされそうになるのは辛かった。

 スーパーについてからすぐにお豆腐を買ったんだけど、いつもは誰もいないイートインスペースに綺麗な人がいるのが目に付いた。サラサラの金髪はちょうどいい長さのショートボブで、一瞬だけ見えた瞳は宝石のように碧く美しかった。私は無意識のうちに立ち止まってその人を見ていると、そのまま目が合ってしまい手招きされていた。


「確か、唯ちゃんだっけ?」


 私がまだ小学生の時に何回か会って少しだけ離したことがあるのだけれど、その私の事を覚えていてくれているなんて嬉しい。


「はい、唯です」

「元気だね。お遣いかな?」

「はい、お豆腐を買いに来ました」

「あはは、何だか小さい時と変わらずに大きくなったみたいだね」

「そうですか?」

「うん、唯ちゃんが小さい時に会った時もそんな感じで緊張しているみたいだったよ」

「あ、いや、アリス先輩がお人形さんみたいに綺麗だから緊張しちゃってたんだと思います。でも、今は私の事を覚えていてくれたことが嬉しくて胸がいっぱいでした」

「唯ちゃんみたいに可愛い子の事は覚えてるよ。今日は一人なのかな?」

「はい、今日は一人でお遣いです」

「お兄さんは一緒じゃないのかな?」

「お兄ちゃんは彼女を家まで送りに行ってます。今日彼女が出来たみたいです」

「へー、それはめでたいね。相手は唯ちゃんも知ってるのかな?」

「えっと、アリス先輩も知ってる人だと思います」

「私も知っている人? 誰だろ?」

「佐藤みさき先輩って知ってますよね?」

「知ってるよ。私が中学の時に一緒に走ってたことあるからね。まさか、みさきちゃんが相手なの?」

「そうみたいです。今日の放課後に二人で家にきて勉強会をしてました」

「あのみさきちゃんが彼氏を作るなんて意外だな。ちょっと気になるんだけど、お兄さんってどんな人なのかな?」

「お兄ちゃんは世界で一番素敵な男だと思います。私はみさき先輩が去年演奏していたフルートを聞いてファンになったんですけど、大好きなお兄ちゃんと尊敬するみさき先輩が付き合っているなんて、どういう気持ちでいればいいのかわからないです」

「唯ちゃんはよっぽどお兄ちゃんが好きなんだね」

「はい、私はお兄ちゃんが大好きなんですけど、お兄ちゃんも私の事を世界で一番好きだと思っていると思います」

「ちょっと複雑そうな感じになってるんだね。よかったらなんだけど、連絡先の交換とかどうかな?」

「いいんですか?」

「ここで会ったのも何かの縁だしね。もう少し唯ちゃんとみさきちゃんの事を離したいんだけど、私もこれから用事があるからさ。今度ゆっくり話そうよ」


 アリス先輩と連絡先を交換したすぐ後にアリス先輩は外へと出て行ってしまった。何となく目で追いかけていると、一人の男性と待ち合わせをしていたらしく一緒に駐車場の方へと消えていった。アリス先輩もお付き合いしている人がいるんだな。


 思いがけない場所で思いがけない人に合ってしまい、連絡先まで交換してしまった。昔に見たアリス先輩は可愛らしいお人形さんみたいだったけれど、今のアリス先輩はフランス人形の様な美しい大人の女性になっていた。


『連絡先交換してくれてありがとうね。悩み事あったら力になるよ』


 アリス先輩からのメッセージがきたので返事を返さなくちゃ。


『こちらこそありがとうございます。アリス先輩も恋人いるんですか?』


『恋人ってより婚約者かな』


『アリス先輩って大人ですね』


 婚約者って事は、アリス先輩は高校を卒業したら結婚するのかな?

 その時は招待してほしいと思ったけれど、私はお兄ちゃんと結婚できないから結婚式が出来ないと思うと、何だか無性に哀しくなってしまった。

 優しいお兄ちゃんはみさき先輩を送った帰りに何か私の好きな物を買ってきてくれるかもしれない。そのお礼は何にしようかな?

 多分、みさき先輩とはまだキスをしていないだろうし、小さい時とは違う大人なキスでお返しをするのもよさそうだね。それとも、お風呂に乱入して背中を流してあげようかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る