第18話 Living Date 前田唯の場合
お気に入りのスニーカーを持って玄関に戻ってくると、リビングの方から楽しそうな声が漏れていた。私もその中に入りたかったけど、二人の邪魔をするのは良くないと思って遠慮してしまった。
私もたまには勉強でもしようかなと思って部屋に戻ると、少しだけお兄ちゃんの匂いがしたような気がした。思わず深呼吸していると、誰かがドアをノックしてきた。
この時間帯に私の部屋に来るのはお兄ちゃんだけだと思うし、みさき先輩がわざわざこの部屋まで遊びに来る用事もないだろう。
ドアを開けるとお兄ちゃんが立っていたのだけれど、お兄ちゃんと目が合う事はなかった。喧嘩をした覚えも無いし、何か私が行けない事をしてしまったのかと思っていたけれど、お兄ちゃんの目的はゲームソフトで、そのゲームが見つかるとしばらくの間は間が持つんだろうなと思った。
「一昨日くらいに一緒にやってたゲーム知らない?」
「みさき先輩と一緒にやるの?」
「そうだけど、アレは皆で出来るから唯もおいでよ」
「そっか、私も誘ってもらえるんだね。じゃあ、電話終わったら行くよ」
「で、ゲームは持って行ってないの?」
「ソフトだけあっても出来ないよ」
お兄ちゃんはみさき先輩がいるのに私とも遊んでくれるなんて嬉しいな。でも、この前やったゲームは私も知らないし、本体からゲームをどうや手取り出すのかもわからないのであった。
いつもはお兄ちゃんがなんでもやってくれているので私がどこかに隠すこともあり得ないのだ。もしも、私が隠したのだとしたら、自分の部屋に置くことはしないだろう。
それに、私はこれから少しだけむっちゃんと電話しようと思っているので、お兄ちゃんと今すぐ遊べないのは悲しいけれど、その分一緒に遊んだり食事に行ったときは満足感が高いのだろう。
「これから着替えて電話しようと思っているんで、もういいかな?」
私はお兄ちゃんにバレないように、スカートを捲ってパンツが見えるようにしたのだけれど、お兄ちゃんは私の方は全然見ないで部屋を出て行ってしまった。次はお風呂に入っている時に何かしかけてみようかな。
とりあえず、むっちゃんにもう一回電話してみようかな。もしかしたら、みさき先輩の新しい情報貰えるかもしれないしね。みさき先輩の事詳しくなって仲良くなれたら、今よりもお兄ちゃんと仲良くなれそうだもんね。
「唯? どうした」
私が電話をすると、コールが鳴ったくらいのタイミングでむっちゃんが出たので死ぬほどびっくりして言葉が出なかった。
「おーい、間違え電話かな?
「ごめんごめん、出るの早すぎてびっくりしてた」
「おー、今携帯で小説呼んでたからすぐ出れた」
「邪魔しちゃってごめん。またあとにする?」
「えー、小説は後でも読めるから大丈夫だよ」
「ありがと、どんなの読んでたの?」
「一言で言うと、女の子同士が恋愛するやつ」
むっちゃんは小さい時からそう言うのが好きだったんだけど、小学生の時に好きな人を聞いた時も女の子って言ってたしな。その時は照れ隠しの冗談だと思っていたんだよね。
「むっちゃんそう言うの好きだよね。美人だから告白したらOK貰えそうなのにね」
「マジ? 私は唯の事愛してるよ」
むっちゃんはクラスではこういうことを話す相手がいないって言ってたし、相手をしてあげたいんだけど、あんまり乗りすぎると後が面倒になりそうだしな。ちょっとだけ突き放して今度会った時にでもフォローしておけばいいよね。
「はいはい、わかったわかった。でね、うちにみさき先輩がいるんだけど、みさき先輩の好きなモノってわかるかな?」
「うー、みさき先輩は中学の時も謎が多かったからなぁ。みさき先輩と同じ学年の人でもそう言うのはあんまり知ってる人いないと思うよ。でも、みさき先輩と仲が良い先輩がいたからその人に聞いてみたらわかるかも」
「どんな人なのかな?」
「えっと、唯のお兄ちゃんと同じ高校で三年生の先輩だよ。多分、みさき先輩のお姉ちゃんと友達だと思う」
「誰だろ?」
「あの金髪の可愛い人」
金髪ってことはアリス先輩だよね。あんまり話したこと無いけど、たまたま近くで見たら髪も肌も目も綺麗で作り物かと思っちゃったよ。みさき先輩とどこで関りがあったんだろう?
「アリス先輩かな? でも、二人の接点って何だろ?」
「みさき先輩は陸上も兼部してたんだけど、その時に仲良くなったみたいだよ」
「私の知らないみさき先輩の話題が出てきて嬉しいよ」
「いー。唯が喜んでくれるのは私も嬉しいよ」
「でも、みさき先輩って運動得意に見えないんだよね」
「走るのは好きだけど、動くのは苦手って言ってたよ。吹部でも走ったりはするんだけど、全然体力なかったなぁ。もしかしたら体力つけるのに入ったのかもね」
運動できないみさき先輩も可愛いと思うけど、私は運動好きだからその方向から攻めるのはやめておこうかな。でも、散歩とかハイキングくらいなら喜んでもらえそうかも。
「あと、おっぱいの大きい先輩とも仲良かったと思うよ」
「その先輩は見たことあるけど話したこと無いなぁ。でも、ひくくらいおっぱい大きいよね。あと、何か暗いよね」
「全校集会の時に体育座りしていた時に見たんだけど、おっぱいが太ももに当たってて顔が下半分見えないくらいになってた」
「それはちょっと見たいかも」
「あー、暗いのには理由があるんだよ」
「なになに?」
「その先輩たちなんだけど、入学する前の年度で生徒が何人か亡くなっているらしいよ」
そう言えば、そんなニュースを見たことがあるような気もしているし、お兄ちゃんが高校受験をするときもそんな話を聞いたような気がする。
「なんでも、夏休み中に犯罪に巻き込まれて亡くなった人がいて、それでショックを受けた同級生の人も自殺したらしいよ。で、おっぱい先輩はそのどっちかの関係者なんだって噂だよ」
どのくらいの関係者なのかはわからないけれど、自分の知っている身近な人が無くなるとショックで暗くなる気持ちがわかるな。もしも、お兄ちゃんが事件に巻き込まれて亡くなったら私は生きていけないかもしれないし。
「そんなわけで、唯のお兄ちゃんの高校は長期休みの後には全校集会をして無事を確認するのが決まりになっているみたいだよ」
「へー、この辺の中学もそれが原因でゴールデンウイーク明けは全校集会から始まるのかな?」
「そうかもしれないね。あ、ママに呼ばれたからまたね」
「うん、色々とありがとうね。また電話するよ」
「ありがとう。愛してるぜ」
「はいはい、愛してる愛してる」
みさき先輩の事はあんまりわからなかったけれど、アリス先輩は来年卒業しているだろうし、私との接点は作れそうもないなぁ。ちょっと気になるけど、いつか見かけた時にでも話しかけてみようかな。
そろそろ二人っきりにしておくには長すぎる気がしてきたので、私もお兄ちゃんとみさき先輩とゲームをしようかな。お兄ちゃんは無意識で私の頭を触る事があるんだけど、みさき先輩にはそんな事してないといいな。付き合ったばっかりだし、それは大丈夫だろうけど。
タンスの中の下着の位置も入れ替え終わったし、開けたらわかるようにトラップも仕掛けたから下に降りようかな。次は探しに部屋に入ってくるんだろう?
お兄ちゃんだったら探し物が無くても勝手に入ってくれてかまわないんだけどね。
下に降りてそっと覗き込むとあんまり接近はしていないみたいで安心した。ちょっと牽制するために意識しそうなことを言ってみようかな。
「デート中にお邪魔してごめんね」
お兄ちゃんは特に何の変化もなかったんだけど、みさき先輩は少しだけお兄ちゃんと距離を開けたような気がした。デートって言葉に反応したのかな?
「用事終わったのか?」
「うん、電話だけだったから大丈夫」
「じゃあ、母さんが来るまで三人で遊んでようか」
お兄ちゃんは深く物事を考える癖がついていないんだと思うけれど、とりあえずゲームが出来れば他はどうでもいいみたいだ。
それにしても、さっきからみさき先輩が私の事を見ている気がする。何か変なところあったかな?
「唯ちゃんの着ているジャージってこの辺の学校のじゃないよね?」
あ、このジャージはガチの部屋着だからここに着て来てはいけないんだった。家族だけなら平気なんだけど、お客さんがいる時には不味い気がしてきた。
「え。そうですね」
「あんまり店でも見たこと無いデザインだけど、どこの学校のジャージなの?」
アニメのキャラが通っている高校のジャージだなんて言えないよね。家族でも買ってから言うまで時間かかっちゃったしね。
「えっと、これは、その、私がお兄ちゃんの次に好きな人のジャージです」
間違ってはいない。三次元か二次元かの違いしかないんだしね。
「彼氏に貰ったの?」
「いや、彼氏ってわけでもなくて。私が一方的に好きって言うか」
彼氏だとしたら、私の彼は日本だけで何人と付き合っていることになるんだろう?
「そうなんだ。でも、好きな人と同じもの身につけたいって気持ちはわかるかも」
「そうですよね。みさき先輩ならわかってくれると思ってました」
なんだかんだ気にしているみたいだけれど、みさき先輩は最後まで私のジャージ姿をバカにした感じは受けなかった。みさき先輩はフルートを演奏している時もそうだけど、普段のちょっとした仕草も気品を感じるし、行ったこと無いけど家も立派なんだろうな。
「それはアニメのキャラと同じジャージだろ」
お兄ちゃんに悪意が無い事は知っているし、悪い事だとも思っていないんだろうけれど、世の中には言ってほしくない事もあるし、言うタイミングってのもあるよね。
このまま言われっぱなしってのは良くないと思うんで、みさき先輩を踏み台にしたとしてもお兄ちゃんには勝たなくちゃね。
「お兄ちゃんに絶対に勝ちましょうね。私とみさき先輩のコンビネーションでビビらせてやりましょう」
コンビネーションとか練習どころか今日初めて会った人と一緒の空間にいるのは、多少の気まずさを覚えてしまう。
このままだと私が一方的に負けちゃいそうだし、さっき聞いたお兄ちゃんたちの高校の先輩が亡くなっている話をして動揺を誘ってみよう。
「そうだ、むっちゃんから聞いたんだけど、夏休みとか冬休みじゃなくてゴールデンウイークの後にも全校集会をやっている理由って知ってた?」
「そう言えば、なんで授業じゃなくて全校集会で一日が終わるのかと思ってたよ」
「俺も理由は知らないけど、なんでなのかは気になってた」
何だかわからないけれど、このジャージが急に恥ずかしくなってきた。『よーじ』君が悪いんじゃなくて、人前でオタクグッツを身につけることが恥ずかしいってなる世の中が間違っているんだと思うよ。
でも、自分でもわかるくらい顔が熱くなってきたんで、直接鍋を持って行って食べることにしようかな。
「お兄ちゃんたちの学校って、二年前に生徒が二人亡くなったらしいんだけど、一人は夏休み中に事件に巻き込まれてて、もう一人はゴールデンウイーク中に自殺したらしいよ。今の三年生の人に聞いたらわかると思うんだけど、それが理由でゴールデンウイーク明けにも全校集会を開くんだってさ」
みさき先輩は悲しい目をしているけれど、お兄ちゃんはそんなことはまったく気にしていないようだった。
次にみさき先輩に会えた時は可愛い後輩として、お兄ちゃんの秘密をこっそりみさき先輩にも教えて上げなくちゃね。
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