第15話 四者三葉 前田梅子の場合
今日のご飯はハンバーグにしようかなって思っているけれど、まー君と唯ちゃんは喜んでくれるかしら?
最近は野菜と魚メインだったからお肉もそろそろ食べたい頃よね。二人は外食とか買い食いとかしてないと思うけれど、成長期なんだから少しくらい食べ過ぎてもいいのにね。
今日も無事に帰宅できたことだし、荷物も多いので唯ちゃんにメッセージでも送ってみようかな。まー君は意外と無視するからこういう時はすぐ見てくれる唯ちゃんが良いのよね。
さっそく返事がきたんだけど、ちょっと気になる事が書いてあるわね。返事を返す前に唯ちゃんが来たから直接聞いてみなくちゃ。
「まー君の彼女ってどんな感じなの?」
「お兄ちゃんの彼女はね。何と、私の憧れの先輩なの」
唯ちゃんは女の人には惚れっぽいんだけど、憧れの先輩が多すぎてそれだけのヒントじゃわからないわ。同じ中学の先輩だと誰がいたかしら?
「唯ちゃんの憧れの先輩ってどの人なの?」
「むっちゃんの演奏会に行った時に一目惚れしたフルートの先輩だよ」
「お母さんはその人を見たこと無いんだけど、可愛い感じなのかな?」
「すっごい可愛いよ。お母さんも一目見たらびっくりすくらい可愛いから」
「じゃあ、まー君いばれないようにこっそり見ておこうか」
まー君が選んだ女の子なら間違いないと思うんだけど、やっぱり確かめなくちゃ気が済まないわよね。唯ちゃんが可愛いって言うならそうなんでしょうけど、自分でも確かな手置かないと。ただの野次馬ではなく、大事なまー君の彼女の事だから仕方ないのよ。
直接見たい気もするけれど、目の前に恋人の親が現れたら緊張するだろうし、私も旦那のご両親に初めて会った時は緊張したもんね。ここは優しく影から見守る事にしましょう。
唯ちゃんと二人で小さくなりながらリビングを覗き込むと、確かに見たことのない後ろ姿がそこにあるわね。こっち向きに座っていたらこの時点でバレていたと思うので良しとしましょう。
「ねえ、あの子がまー君の彼女なの?」
「そうだよ」
「ここからじゃ顔が見えないわね。お母さんはちょっと移動してみるけど、唯ちゃんはどうする?」
「私もついていくよ。お母さんだけだと不審者に思われちゃうかもしれないしね」
そのまま二人で少しだけ見える位置からはっきり見える位置まで移動したんだけど、よく見なくてもわかるくらいハッキリとした顔立ちのお嬢様じゃない。唯ちゃんの可愛い感じも好きだけどあの子も美人で好きなタイプだわ。
「ちょっと、唯ちゃん。横顔だけでも凄く美人じゃない。お母さんは嬉しいわ」
これだけ美人な横顔なら正面から見たらどうなってしまうのかしら。芸能人とかモデルとか言われても信じてしまうくらい美人な人なのね。
さっきから気にはなっていたんだけど、まー君はどこに行ったのかしら?
気付かないうちに後ろにいるとかやめて欲しいんだけど、確認しても後ろにいなかったから少し安心したわ。
「ねえ、まー君はどこに行ったのかしら?」
「お兄ちゃんの事だから、お母さんの荷物を持っていくのを手伝おうと思っているんじゃない?」
「それはダメよ。彼女を放っておいてお母さんの手伝いをしちゃ駄目じゃない。マザコンだと思われるわよ」
「それは大丈夫だよ。お兄ちゃんはマザコンじゃなくてシスコンだってちゃんと説明しておくからさ」
「唯ちゃん。それも誤解を招く発言だからダメよ」
唯ちゃんはなぜかまー君が一番好きなのは自分だと思っているみたいだけど、私から見るとそこまでじゃないと思うのよね。きっと、母である私の事の方が好きだとは思うのだけど、直接聞いても無視されるから怖くて聞けないのよね。
やだ、ちょっと目を離して視線を戻したらばっちり目があっちゃったじゃない。凄く不安そうな顔になっているけど、私も初めて旦那のご両親に会った時はそんな感じだったから気持ちはわかるわ。
唯ちゃんがあの子を呼んでくれたおかげで中に入ることが出来たんだけど、初対面で窓から覗いている母親ってどうなのかしら?
あんまり深い事は考えない事にしましょう。
「みさき先輩ありがとうございます。こちらがお母さんで、こちらがみさき先輩だよ」
「初めまして、正樹の母です」
「どうも初めまして。佐藤みさきです」
「唯から聞いたわよ、正樹と付き合ってくれているんだってね。あの子はちょっと他人と距離を置いているところがあるから心配だったんだけれど、みさきさんみたいに素敵な人が彼女なら私も嬉しいわ」
上手い事ごまかせたとは思わないけど、とりあえず握手してごまかしておきましょう。って、この子は正面から見ても可愛らしいじゃない。義理の娘になったら、私の娘は二人とも美人って最高よね。
もう少しじっくり見ていたいんだけど、まー君が戻って来たからこれくらいにしておきましょう。これからも見る機会はあるだろうしね。
「あ、お兄ちゃん。どこに行っていたのかな?」
「正樹にも彼女が出来るなんて嬉しいわ。それもこんなに可愛らしい子だなんて」
「みさき先輩は私がむっちゃんの演奏を聴きに行った時に一目見ただけで憧れちゃった先輩なんだよ。お母さんにもその話したから覚えてるよね?」
「ああ、唯ちゃんが帰ってくるなり興奮しながら話していた人の話でしょ?」
「そうそう、あの姿はBlu-rayにして永久保存しておかないともったいないよ。人類にとって物凄い損失になるよ」
「あの、そこまでの演奏だったかはわかりませんけど、そう言ってもらえると嬉しいです。あと、定期演奏の時の映像なら山本さんに頼めばコピーしてもらえると思うよ」
「ええ、むっちゃんそんな事言ってなかったのに。今度頼んでみる……今頼んでくる。お母さんにも見てもらいたいし」
「あらあら、唯ちゃんは夢中になると前だけしか見てられないのね」
唯ちゃんは行動力は凄いのだけど、もう少しだけ考えてから行動してもらえると嬉しいわ。このままだと間違って変な方向に突っ走ってしまいそうだし、そこだけは頑張って強制しなくちゃね。
私は大人らしく落ち着いた感じで接しておいた方がいいわよね。そのうち慣れてきたら唯ちゃんと話しているようになれるといいんだけど。
「みさきさんは正樹と付き合っているんでしょ?」
「あ、はい。今日からお付き合いさせていただきました」
「今日から?」
「はい。付き合ったその日にお邪魔してしまってすいません」
「いいのよ。この子も思い立ったことをすぐに実行してしまうからね。まったく、誰に似たのかしらね」
あら、今日から付き合って家に来るなんて積極的なのね。私だったら誘われたとしてもついて行かないと思うんだけど、今の子はそんな事を気にしないのかしら?
その分こんな可愛らしい子と話が出来たのだから私も気にしない方がいいわね。
「あのさ、買い物してきたみたいだけど荷物は大丈夫なの?」
「あら、すっかり忘れていたわ。ちょっととってくるけど、二人はちゃんと勉強してなさいよ。テストの勉強ね」
まだ高校生なんだし、社会勉強は少し早いと思うんだけど、まー君ならきっと大丈夫よね。私ですらまー君の部屋に入ったのは小学生の時が最後なんだし、昨日今日出来たような彼女がいきなり部屋に入る事も無いわよね。
とりあえず、庭を通って車に戻る事にしたんだけど、唯ちゃんの靴がそのまま放置されているわね。子供じゃないんだから自分で片付けられるでしょう。
車に戻って荷物を持とうとしていると、ドアが開いてまー君が出てきた。そのまま無言で私から荷物を奪い取ると、そのまま家の中へと戻って行った。昔からあまり言葉に出さない子だったけど、変わらず優しい子のままなのね。
「ありがとうね。今日も美味しいご飯作るからね」
まー君はもう家の中に入っていたけれど、私はその言葉を言わないわけにはいかなかった。
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