手のひらで転がす地球の重力

ちびまるフォイ

よく訓練されたおせっかい焼き

「あ、やべっ」


スマホの設定をいじっていたところ、

走査を間違えてジャイロセンサーを入れてしまった。


切ろうとしたとき、わずかにスマホが傾いた。


ぐらっ。


「わっ、うわわわっ!?」


少しスマホを横に傾けただけだった。

同じ角度に床が傾いたように感じた。


スマホを水平に保てばまたもとに戻る。


「今のはいったい……?」


持っているスマホをもう一度斜めに傾ける。

傾けた方向へ吸い付けられるように自分の体が滑ってゆく。


スマホのジャイロ機能が世界の重力と連動していることに気付いてしまった。


傾けたら傾けた方向へと重力が寄っていく。

スマホを回せば重力を反転させて空に落ちることだってできるだろう。


そして俺はこの機能の最大級の使い方へと気付いてしまった。


「これ……スカートめくりできるんじゃないか!?」


世界全体の重力を一斉にジャイロ操作するので、

よもや俺が首謀者だとは誰にも気づくまい。


重力反転の犠牲者のひとりとして偶然を装って見られるのではないか。

そうなったら行動は早い。


短いスカートを履いた女性が多い地域に出向き、スマホを反転させた。

重力が反転してすべての人間が空へ浮き上がる。


「きゃあ!?」

「な、なんだ!?」

「体が! 浮いている!」


俺のゲスな発想どおりにはならなかった。

重力が反転したことで、浮いた人たちはすぐに回転。


足が空へ、頭が地上へと向いてしまい

もちろん重力の方向に合わせてスカートも反転。


「ちくしょう! これじゃ地上と空を入れ替えただけじゃないか!」


長く重力を逆さにしてしまうと落ちたときの衝撃で死んでしまうため、スマホを戻す。

このいらないゴミ機能を唯一活かせる方法だと思ったのに。


「ふとした拍子に重力が傾いても困るし、機能切っておくか」


機能をオフにしようとしたときだった。

黒塗りの長い車が突然横付けし、サングラスと黒スーツの男が降りてきた。


「お前だな?」


「へ?」


「確保しろ」


「ちょ、ちょっとなんですか!?」


あっという間に車に押し込まれ、黒スーツの男に挟まれてどこかへと連れ去られる。

このまま臓器売買でもされるんじゃないかと震えるしかなかった。


車が到着したのはどこかの研究所。

身動きがとれないようにしっかり拘束されてから中へと連れて行かれる。


「あ、あの……ここはどこですか……なんで俺が……」


「午前8時23分。この世界の重力が一瞬だけおかしくなったことを知っているな」


「ナ……ナンノコトデショウ……ネー……」


「我々重力研究所ではその発生源をすぐさま特定し、君だということがわかった。

 それ以前にも重力の妙な変動があり、その発生源は君に集約されている」


「偶然の一致ですよ……あはは……」


「君は重力を操作する力があるんだろう?」


原因がスマホだとはまだわかっていないらしい。


「もし、そうだったら……?」


「我々に協力してもらう。そうでなかったら、我々の存在を知られたので君には消えもらうしかない」


「そうです! 私が世界の重力を操れるスーパー人間です!!」


そう言うしかなかった。


重力操作できるのは自分じゃなくてスマホです。

俺自身はなんの力も持たない凡人です。


そんなことを明かせばたちまち処刑されてしまう。

かつてないほど湧き出す冷や汗が窮地を物語っている。


「それで、協力というのは……?」


「君は知る必要がない。君はただ、我々が指示したタイミングで、重力を反転させてくれればいい」


「はあ……」


「ようし、では準備をはじめろ!」


なにも明かされないままに周囲のスタッフは慌ただしく何やら準備をし始めた。

インカムで仲間と連絡を取り合いながらタイミングをはかっているようだ。


「どうだ?」

「まだ形跡ありません」

「怪しい動きが見られます!」

「カウントダウン始めろ!」


モニターにはデジタル数字でカウントダウンが表示される。


「いいか? あの数字が0になったときに重力を逆にするんだ。

 早くても、遅くてもダメだ。いいな」


「え、ええ……」


みるみる数字は0へと近づいていく。

はたして自分は一体何をさせられるというのか。


「5!」


「4!」


「3!」


カウントが減っていく。

スマホをいつでも取り出せるように構える。


「2!」


モニターを横目で見る。

映っていたのはどこかの国の飛行場で、今まさに飛行機が飛び立とうとしていた。


「1!」


カウントが減る。


「まさか……」



「0!!!」



全員の視線が俺に注がれる。

俺は手元のスマホを操作できなかった。


「おい!! 飛行機は飛び立ってしまったじゃないか!

 早く重力を逆にするんだ! まだ間に合う!!」


「あんたたち、俺に重力を逆にさせて飛行機を墜落させるつもりだったんだろ!」


「ああそうだ。あれに乗っているのは悪しき組織だ!

 世界の平和のためにも始末しなくてはならない! 早くしろ!」


ジャイロで重力を自由に操作できるなら、悪用だってできてしまう。

そのことに気付いた俺は思い切り手元のスマホを地面に投げつけた。


一瞬、重力が横倒しになったが、スマホが壊れたことでもとに戻った。


「はは、はははは! お前ら、俺自身が重力を操れると思っているだろうがそれは違う!

 すべてはこのスマホのジャイロ機能で操作されてたんだよ!」


「なに!?」


「だけど、もう見ての通りぶっ壊してやった!

 これでもう人殺しには使えないぞ!!」


「貴様……ただで済むと思っているのか……」


「ざまあみろ! 自分の手を汚さずに、人を利用しようとするからだ。

 脅したって無駄だ! もうどうしようもできないからな!」


俺は正義のために戦った。

命は惜しかったが最後に自分を好きになれた気がする。

この先待っているどんな仕打ちにも耐えられるだろう。


世界はこれで少し平和になったんだ。



そのとき、どこからともなく足音が近づいてきた。



「携帯会社のものです! スマホ故障センサーが反応したので、

 同じスマホを交換へお届けにあがりましたーー!!」

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