10 V-613
私は,V-タイプの人形。コードは613。
エルと同じように,実験所で造られた。
私たちの役割は,軍医の助手や看護師のような仕事をすること。
知能は高く作られている。だから一般教養ぐらいのことは知っているし話すこともできた。
「お前たちは,白衣の天使だ。天使になれ。」
人形である私たちはその命令に逆らうことはできない。
天使であることが,私たちV-タイプに求められたこと。
私が配属されたのは重傷者が多い前線。
劣悪な環境の中で治療を行なっていく。血まみれになってボロボロになって帰ってくる,人間も人形を治療した。治らない人だってたくさん。腕を切ることも,足を切ることもあった。麻酔なんてまるで足りない中,手術で死ぬ兵士もいっぱいいた。
私たちは正確な治療ができるよう,兵士が出来るだけ生きて帰れるよう全力で働いていた。
でもそれはその人が出来るだけ長く『戦える』よう,兵士を『減らさない』ようするためでもあった。
私がいた前線は何もない場所だった。何もかもがなくなった場所でもあった。そんな場所で,根拠のない優しい言葉を掛け続ける。
何もない場所で意味のない音を吐き続けることが,私たちのしなければならないことだった。
ある日の夜,仕事も終わり自分たちのテントに帰ろうとしていたとき,兵士がふらふらとテントを出ていくのが見えた。
何が起きるかわからない戦場では,夜に動くことはあまりない。
その兵士を追いかけた。彼が立ち止まったのはテントから少し離れた前の前線だった。
「なあ,お前はここにいたことはあるか?」
私のことに気づいていたらしく,そう問いかけてきた。
「いいえ,いたことはありません。」
前線を押し上げたところで配属されたから,前の前線にはきたことがなかった。
「俺はここで戦ったんだ。周りのものも仲間も全部失いながら。」
彼は話し続ける。
「ついにきき手もなくした。」
私は何もいうことなく,ただ黙って聞き続けた。
「もうやることがないんだ。腕がないのにどうやって戦えっていうんだ。」
そういって取りだしたのは,銃剣だった。
「お前,人形か?それにしても,アンによく似ているな。」
そう言って,片手で銃剣を私に差し出した。
「だからさ,殺してくれ。」
淡々と,そして寂しげにそう言い放った。
銃剣を受け取ってしまった私は,どうすることもできなかった。
「弾は入ってる。そこのトリガーを引くだけでもう打てるよ。」
そう言って私の方に向き直る。
扱ったともない銃剣を,不器用に構えトリガーを引いた。
慌てて駆け寄ると,放たれた弾は彼の左胸を貫いていた。
彼は,
「ありがとう,アン」
そう言って目を閉じた。その手には一枚の写真が握られていた。それは,彼と私にそっくりな女の子が笑顔で写った写真だった。
気がついたときには,夜明けがもうすぐそこまで来ていた。彼の死体にそっと写真を握らせ,ドッグタグを引きちぎって前線まで帰ってきた。
白いワンピースに,新しい血がべとりとつき,ドッグタグと銃剣を握った私は軍医のもとへ行かされた。
元々,人を『助ける為に』開発された人形が人を『殺した』。
そうやって私は,『失敗作』になった。
あとも,エルとほとんど一緒。
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