第2話 パートナー
青空を背景にしてビル群が背比べをして佇んでいる景色を、まとめて窓越しに見ていた。夏休み2日目。今日から二週間、つまり夏休みの半分は高給のバイトだ。
電車に揺られること2時間。昼ぐらいになり、目的地から最寄りの駅で降りた。電車内に程よく効いていた冷気が、外に出ることでなくなり、ブワッと暖かい熱気に包み込まれた。
暑い、溶ける、この日差しは殺人的だ。そんな事を思いながら目的地に着いた。
「本当にここか?」
人気も少ない日陰の路地を抜けて、住所の示す所に行くと、少し古びた割に、大きいアパートが建っていた。一階と二階それぞれ四部屋の八部屋構造だった。
そのアパートの入り口には、すらっとしたかっこよくて清潔感のある男性が、スマホをいじりながら寄り掛かっていた。
「あの……」
「おや? ……君が綾人くん?」
「はい」
「待ってたよ。随分と重そうな荷物だね」
声をかけるなり、すぐにスマホを閉じたその男性は、まず自己紹介を行った。馬場と名乗るその男性は二階の部屋へと案内してくれた。
外装に反して、どこまでも掃除の行き届いた清潔感のある内装に驚いた。普通のアパートのイメージとは違い、若干広かった。
そして部屋はクーラーが効いていてとても助かる。
部屋に入るなり契約書を書かされ、それらの契約事項などに目を戻すと、わりとしっかりとしていて驚きと共に安心感がこみ上げてきた。
しかし、気になった点が二つ。
契約書の中に同意のない接触、嫌がらせなどを受けた場合はすぐさま管理者に報告というのがあった。
そして、あまりにも長い時間でなければ一人でも外出していいが、基本的には二人で外出とあった。
外出できるのは安心したが、どーゆー事だ? 一人? 嫌がらせ? 部屋にいるだけで何かあるのか? 数々の疑問が過ぎったが、あまり気にせずにその契約手続きを終えた。
「それじゃあ、相手が来るまでくつろいでてね」
男性はそう言って扉を開けて外へ出て行ってしまった。
──相手? まだ何か契約みたいなのがあるのか?
そう思いながら、部屋を眺めて一言。
「広い」
と、改めて感じたのは。家具の少なさからだった。キッチンを兼ねたワンルームの部屋。そこには広いベットがあり、大きいテレビと、それだけであった。
「っておい」
面白いのが、ベットが広く、枕が二つあった事だ。なにかの嫌がらせかと笑ってしまったのが。
こんな所で本当に14日間過ごせるか心配になってきた。
ベランダにも何もなく、玄関側とは違い、幸いにもベランダ側は光が差し込んできてくれた。
なんとなくベットに腰をかけてうとうとしていた時だった。
玄関で扉の開く音がした。
「わぁ、綺麗な部屋」
無邪気な女子の声が聞こえてきた。誰だろうか、契約成立後に何があるのだろうかと、思いながらその女子と目があった。
「あ」
「え?」
全く同じタイミングだった。
そこに立っていたのは、誰の姿にも似ない、紛れもない木実千鶴だった。
千鶴は俺の顔を見るなり、さっと後ろに立っていた馬場さんに顔を向け「どーゆー事ですか?」と嫌々そうに尋ねた。
既に持っていた疑問は、代わりに千鶴が言ってくれたので俺は耳を傾けた。
「どうもこうも、彼がパートナーですよ。挨拶を」
「え?」
先程も男性はパートナーと言っていたが、どーゆー事だ?
「えっと……千鶴ちゃん、このアルバイトの条件ちゃんと見たよね? それで電話したんだよね?」
「はい。二週間このバイトを休む事ができないって……」
「それだけ? そのあとにパートナーって……」
「え、あれって同じ部屋でって意味なの?」
「えっと……表記の仕方が悪かったかな」
俺はまずそんなものがあった事に驚いた。慌ててスマホを開いて、広告から飛んだアルバイトの条件が書いてある所を開いた。
そこには、異性と過ごす、的な事を書いてあった。俺に関しては一つ目の条件を見たときに思いあがって、他の条件を見落としていた。
しかし彼女は、その条件に目を通していたものの、解釈を間違えたらしい。そんな事があるのか。なんという偶然。
しかし、さっきから俺は興奮している。アイドル並みの美少女と同じ部屋を共にするという事実を知ってから、俺は興奮してきた。しかし、彼女はそれを受け入れたくないようだ。
「でももう手続きは進んじゃってるから……」
「え、やだやだ。こんな男と同じ部屋を過ごすなんて無理!」
こんな男……。まぁ、その通りだがすこし傷ついた。
「人のことをこんな男って言わないの。彼だってきっと緊張してるんだよ?」
「うぅ……」
いや、興奮してるんだけどな。
とはいえ俺のイメージでは、千鶴は誰にでも接して笑顔の絶えないイメージだったが、口が悪いのかなと思った。
そして俺と同じように契約書を、彼女は嫌々と書かされているようだった。
「それじゃ、ただいまを持ってあなた達にはアルバイトを行なってまらいます。もちろん2人で自由に過ごしてもらうだけですが、くれぐれも揉め事のないように。何かあれば私のスマホに電話を」
そう言って連絡先の交換を俺と千鶴は行った。
馬場さんは出ていくと、先ほどと変わらずしんとした空気が部屋中を漂った。千鶴はベットに腰掛けたので、俺は空気を読んで部屋の角に行き、床に腰掛けて壁に寄り掛かった。
気まずい空気が流れ、何か声をかけようと思ったが、彼女はスマホと睨めっこをしていた。その指は動いておらず、心なしか体が小刻みに震えているようにも見えた。
「あの」
「──!?」
そう声をかけるなり、千鶴はビクッと肩を震わせ、すこし遅れて俺のことをゴミを見るような目で見てきた。
「一応二週間一緒にいるからさ、自己紹介しとこうよ」
同じ高校になり一年間。俺は彼女の事をずっと見ていたが、目立たない俺を彼女は知らないだろう。お互い話した事がないため、自己紹介が必要だと感じたのだが、
「やだよ」
「え」
それは軽く打ち切られた。
少し怖いトーン一言そう言いながら、本当に嫌々そうにこちらに視線を送る彼女は、すぐさまスマホに視線を戻した。
また気まずい雰囲気が漂う。この原因は二人の会話が弾まない事にある。そしてここにはテレビがある。これをつければいいじゃないか。
俺は立ち上がった。するとまたまた千鶴がビクッと肩を震わせてみせた。
リアクション芸人か。
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