第17話 第二王子と祈りの歌
その件は小出こそ最も嫌がると思っていたので、自分から言い出したのは意外だった。
「だって危ないし、野宿とかもするんですよね。ただでさえ俺達に巻き込まれてこの世界に来たってのに、これ以上春日野さんを大変な目には遭わせられないっすよ」
らしくない神妙な面持ちで主将に訴える。
「――小出は、慣れない世界で、知らない人ばかりの中に残される小鳥の気持ちを考えたことはあるか?
「それは、考えました。でも、春日野さんのことはお姫様みたいに大切にしてくれてるし、騎士の人も沢山いるから、何かあっても守ってくれるんじゃないかって思うんです」
「本当にそう思うか?」
「はい」
小出の決意は固く、揺るぐ気配はない。
「分かった。これで全員の意見が揃ったな。小鳥には俺から明日伝える」
「……え?」
「だから俺から明日伝えておくって。お前は部屋に戻ってもう寝ろ」
「いやいや。全員の意見て何すか。いつそんなのあったんすか?」
「兵士の部屋に行くまでの間とか、武器や防具を見ている間だ」
「俺全然聞いてないっすよ。なんで俺にも声掛けてくれなかったんですか」
「むしろ俺には、お前が会話に加わってなかったことの方が不思議なんだがな…」
小出はその時のことを思い出してみたが、小鳥のことを考えるのに手一杯で、その後は武器を前にテンションが上がってしまっていて、他のメンバーがどうしていたかなど全く覚えていなかった。
とにかく話は纏まり、2人はそれぞれの部屋へ行き、日中の戦闘の疲れもあって早々に眠りに就いたのだった。
…――真っ暗で何も見えない。
小鳥は独り取り残されたような孤独を感じた。
まるで何かに拘束されているかの如く、そこから動けないでいる。
胸に何かが伸し掛かり、まるで探られているような気がする。
この感覚は知っている。これは――
「マト!?」
急激に意識が浮上すると同時に飛び起きると、思った通り、また服の中に潜り込んでいたマトが胸の谷間から顔を覗かせていた。
小鳥は部屋を見渡したが、扉も窓も閉まっていて、入ってこられそうなところはない。
いつもどこからか現れて、いつの間にか姿を消している。
それが神獣というものなのだろうか。
室内が朝焼けで赤く照らされている。
夢の中では暗闇の中にいると思ったが、現実にはもう朝のようだ。
「小鳥様、お目覚めですか?」
先ほどの声を聞いたらしい女中が、扉の外から小鳥に呼びかけてきた。
女中は小鳥に着せるのが楽しみとばかりに、お召し替え用して、また裾を引き摺るお姫様ドレスを用意していた。
そしてそれとは別に元々小鳥の着ていたワンピースも「きれいにしておきました」と渡されたので、迷わずこちらのワンピースを着ることにした。
女中は残念がっていたが、あのドレスでは裾を踏まないよう歩くのも大変だし、あちこちに引っ掛けて物を壊しそうで怖かったのだ。
それから朝食の時間までまだ時間があるというので、城の中を見せてもらっていいか尋ねてみた。
すると女中が案内してくれることになり、マトも当然のような顔をして付いてきた。
城内は神殿よりもずっと広く華やかな造りではあったが、やはりイメージの中のお城と比べても絢爛豪華という感じではない。
華美なものを好まないという神様の教えからきているのだろう。
窓の外から見える城下町の様子を見るに、元々の人口もそう多くなかったのではないかと思われる。
きっと植物が育っていたという頃は、この景色も白い花や緑で埋め尽くされていたのではないだろうか。
ふと、上階から歌声が聴こえてきた。
昨日の朝、神官達の歌っていた祈りの歌と同じようだが、神殿では数人で重厚なハーモニーを奏でていたのに対し、今聴こえてくる声は1人だけだ。
高くて幼い感じがする。
その声に誘われるまま階段を上り進むと、そこに祈りの間があった。
それから間もなく歌が終わり、女中に取り次いでもらって中へ入ると、そこにいたのは幼い男の子だった。
その傍らには男女の側近達が控えている。
男の子の身なりから考えても、昨日宰相のドイルが言っていた第二王子だというのはすぐに分かった。
「ようこそおいでくださいました。異世界の王女さま。僕はこの国の王子ウルグドです」
幼く舌っ足らずな声だが、口調はしっかりしている。
小鳥に近付くとその手を取り、優雅な仕草で白くて滑らかな甲に口付けた。
こんなに幼くても王子様だ。
小鳥には中学1年生の弟がいるが、弟の幼少期と比較しその違いに思わず感嘆していると、脇からマトがウルグドの前まで駆け出てきた。
「かわいい!」
初めて見る小動物に、ウルグドが目を輝かせる。
「これが神獣のマト!?」
普段見せないこどもらしい言動の王子に、側近達は顔を綻ばせた。
だがそれに気付いたウルグドは、コホンと咳払いの真似事をして、また王子様然とした振る舞いに戻った。
「マトは神様の御使として導いてくれる神獣だといわれています。勇者様達の召喚と時を同じくして現れたということは、きっと勇者様達をあるべき道へ導いてくれるに違いありません」
しかしマトは、ウルグドがそんな風に自分の話をしていると知ってか知らずか、マイペースに顔を洗いはじめた。
短い前足を咥えて濡らし、耳の後ろから鼻先まで丹念になぞっている。
それを眺めていると、ウルグドの顔は再びこどものそれに戻っていた。
「ウルグド殿下」
側近の1人は、そんなウルグドの姿をもう少し見ていたいとは思っていたが、己の立場上、小さな主へ王子としての任務を促した。
どうやらまだ朝の祈りは終了していないらしい。
「朝のお祈りって、王子様1人でしているんですか?」
小鳥がそう尋ねると、ウルグドは頷いた。
「王族としての義務です。父上が病床にある以上、僕がやらなくてはいけません。――そうだ」
ウルグドはいいことを思いついたように小鳥の手を取った。
「小鳥姫も一緒に祈りを捧げましょう。僕が教えますから」
そう言いながら、神殿にあったのより少し小ぶりな御神体と思しき物の前まで連れていかれた。
「えっと、確かこの国では歌でお祈りするんですよね?」
「そうです。先ほどのは毎朝捧げる『朝の祈りの歌』で、それ以外にも色々あるんです。『夕べの感謝の歌』とか『五穀豊穣の歌』とか、絶望的な状況から立ち上がるための『捲土重来の歌』とか」
どんどんと早口になっていくのをふんふんと聞いていると
「あと『おひさまの歌』とか『ちょうちょの歌』とか、それから…」
なんだか神へ捧げる歌らしくなくなってきた。
周囲の側近達の表情も「しょうがないな」と言わんばかりになっている。
やはりまだ4歳か。
お姉さんと一緒にお歌を歌って遊びたいのだ。
多分それに付き合っても、この様子では誰も怒ることはないだろう。
「はい、ぜひ教えてください。ウルグド王子様。一緒に歌いましょう」
小鳥が幼い日の弟にそうしたように視線を合わせて言うと、嬉しそうに、時間の許す限り一緒に歌い続けていたのだった。
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