第7話 ステータス
「城はあの山を越えた所にあります。大した高さではありませんので、馬車を使えば昼過ぎには着きますよ」
昨夜部屋まで案内してくれた若い神官コール=ニノスに見せられたのは、幌付きの荷馬車だった。
8人もいるのだから荷馬車というのはしようのないことだと思うが、気になったのは、その「馬車」の「馬」の方だった。
「馬…か?これ」
そう思うのも仕方がない。
200mくらい離れて薄目で見れば馬に見えないこともないかもしれないと思うほどに、皆の知っている馬とはかけ離れていた。
確かにたてがみは、ある。
流れる尻尾。
蹄。
面長の顔。
…それほど長くはない首と脚。
「カバ?」
「牛?」
「いや、それよりはまだ馬だろう。茶色いし、毛並みとかも、ほら、なんとなく…」
「リャリャは初めてですか?荷馬車用の馬で力が強く、10人くらい乗せていても1頭で山越えだってできるんですよ」
ニノスの説明に、なるほどと皆一様に納得がいった。
胴回りも脚も、とても馬と思えないほどの太さなのである。
「いい筋肉してるなあ」
セブンズではフッカーとしてスクラムを組むポジションの高橋は、羨むようにリャリャの逞しい首回りの筋肉を撫でた。
「――見渡す限り白い砂。如何にも『白き国』って感じだな」
小出が荷馬車に揺られて外の景色を眺めながらそう呟くと、イノスは首を横に振った。
「『白き国』の『白』は、
それから道中、ニノスにこの国や国王についての説明をしてもらった。
「国王は、唯一なる神イサナド様の子孫であると言われております」
世界の始まりはイサナド神であり、白き国だけでなく、世界で最も信仰されている神なのだと言う。
「また、陛下はこの国で最も力ある魔法の使い手でもあらせられます。他にも城には多くの魔法使いの方がいらっしゃいますので、色々お話をお聞きなさるといいですよ」
「なんだかニノスさんは魔法使いではないみたいな言い方ですね」
神官といえば魔法が使えるイメージでいたので、ニノスのその言い方が岸には意外だった。
「私は神官ですから。魔力のある者は、この国では神官になれないのです」
「でも俺達を召喚しましたよね?あれは魔法じゃないんですか?」
「あれは、神のお力によるものです。神官の仕事は神の御心そのままに従うこと。そこに個人の力が加わると、神聖な儀式が間違った結果を生むことになってしまうのです」
その言葉を聞いて、皆ギクリとした。
勇者1人だけのはずが、実際に召喚されたのは8人。
これは、何かの力が加わって生まれてしまった間違った結果ということはないのだろうか。
「8人の方がこの世界へいらっしゃったことについては、我々は何も危惧しておりません。皆様お仲間のようですし、きっと神が信頼できる味方を勇者様とご一緒にお呼びくださったのだと、寧ろ心強く思っております」
彼らの不安を察したのか、ニノスが笑顔でそう言ってくれたことに一同胸を撫で下ろした。
誰が真の勇者なのかなどと、仲間内で剣呑な雰囲気にはなりたくなかったのである。
「あのサイロを越えると下り坂になります。そこまで行けば、城はすぐそこですよ」
「サイロ?」
ニノスの指した先にあったのは、今朝小鳥が部屋の窓から見た背の高い建物だった。
側面には、神殿にあった御神体を小さくような物が埋め込まれている。
ここまでの道程でも時折見られた物だ。
「家畜の飼料を保存している所です。飢饉の何年も前から蓄えてあった物ですが、サイロは魔法円の上に建てられているため、通常よりも長く保存ができます。――人間が食べられそうな物も分別して、配給しているんです」
すでに飢饉のことを子ども達から聞いて知っていると気付いているのだろう。
ニノスは、飢饉についても隠さずに話してくれた。
昨日その話をしなかったのは、気を遣わせてしまわないように、との配慮からだったのだと言う。
そして、今朝は案の定朝食を遠慮させてしまったと、ひたすら謝罪をされた。
「我々が勝手に勇者様達をお呼びしたのですから、でき得る限り、丁重なご対応をさせていただかなければ、と思ってはいるのです」
ただ、それに見合うほどのものを持ち得ていないことは重々承知していると、ニノスは恥じ入るように言ったのだった。
「――あれ?おかしいな」
不意にニノスが声を上げて、荷馬車を停めた。
辺りをキョロキョロと見回している。
「迷ったんですか?」
佐田が尋ねると、ニノスは納得がいかないように首を傾げた。
「迷うはずがないんです。真っ直ぐな道ですし、通い慣れていますから」
そうは言いつつも、先ほどサイロを示した時から、全くそこに近付けていないのは確かだった。
ニノスはしばらく考えた素振りをしていたかと思ったら、「もしかして」と呟いて馬車を降りた。
「ちょっと確認してきます。恐れ入りますが、しばらくそのままお待ちください!」
そう言うと、彼は慌てるように脇道へと走っていった。
残された面々は、ひとまず荷馬車から降りて固まった身体を伸ばした。
「ああーっ。尻痛え」
「昨日も部活出来なかったし、ちょっと練習したいよな」
などと言いつつ軽くストレッチをしていると、小出が今朝も出していたような素っ頓狂な声を上げた。
「今こそ示せ!偉大なる我が力!オーロラ・サンダー・エクスプレス・アターーッック!!」
――誰もが想定していた通り、その声によって何かが起こることはなく、虚しくこだまだけが山中に響いていた。
「くそぉ。今のは確かに最後気が抜けてしまった…。もう少しだ。集中集中。よし!」
また何か振り付けをしながら技名を叫ぼうとしている小出に、東堂が呆れたように言った。
「小出さあ、火の属性なのになんでその力伸ばそうとしねぇの?叫んでたってレベル上がるわけないじゃん」
東堂の発言に、小出が不思議そうな顔をした。
「火の属性?なんでそんなの分かるんだ?」
「あー。昨日とらに風の加護があるって言われてた時に、お前のステータスも見てみたから。――もしかしてお前、まだ自分のステータス確認してないのか?」
部員達全員が驚いたように東堂を見ている。
「え。何」
「マジ!?ステータス見れんの!?」
「どうやって確認するんだ?」
「教えてください!!」
興奮して押し寄せてくる面々を躱してひとまず落ち着かせると、ミーティング時のように円になって座るよう促した。
「視界の左上の方に星のような小さなマークがありますよね。そこをタップするような感じで意識を集中させるんです」
東堂の説明どおりに左上を見るが、誰もそのマークとやらを見つけることは出来なかった。
「ホントに小さいんで確かに気付きにくいですけど、よく見るとちゃんとありますから」
そう言われても、どこにも見当たらない。
左上を意識するあまり、ほとんど全員の頭が右に傾き、小出だけが左真横を向いていた。
「見えないですか?」
東堂にそう問われて、揃って首を縦に振った。
どう説明したら伝わるものかと考えていると、岸から質問が出た。
「自分以外の人のステータスはどうやって見るんですか?」
「ああそれは、見たい相手に照準を合わせてタップするイメージだな」
今度は向かいに座る相手のステータスを見ることに意識を集中するが、やはり誰も見ることは敵わなかった。
「見えましたか?」
一同首を横に振る。
「…見えませんか?」
今度は首を縦に振った。
「そんな難しいことじゃないんだけどな」
額に手を当てて悩んでいた東堂だったが、そのうちある考えに行き着いた。
「ああ、そういうことか」
「どういうこと?」
佐田に訊かれて、東堂はあまり申し訳なさそうに聞こえない声で皆に謝った。
「すみません。巻き込んでしまって。俺のせいで皆さんまで異世界に召喚されてしまったみたいですね」
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