第一章 白き国

第1話 準備中

「おい。そろそろ体育館に行かないといけないからな。着替えて準備しとけよ」


「ういーっす」


主将である高橋たかはしの呼びかけに、部室で待機していたラグビー部員達が声を揃えて答えた。


もう間もなく、創立祭におけるラグビー部の舞台発表の出番である。



――5月。

ゴールデンウィークの最中さなかに、稜泉りょうせん高校の創立祭は催される。

秋に実施される文化祭ほど本格的ではないが、新入生達との親睦を深める意味合いもあるのだろう。各部活動ごとに何かしらの催しや舞台発表なんてことを行う。


ところでこの学校のラグビー部は、よく知られた15人制ではなく[セブンズ]と呼ばれる7人制だ。

15人制と同じフィールドを使うが、ルールや試合時間などが細かく異なり、よりスピードが重視される。

かつてはここも15人制だったが、少子化によって7人制へ変わったらしい。

それでも今年は、新入部員を含めてもようやく7人になる程度だった。

今回の舞台発表は、各部共に入部希望者を増やすためのチャンスでもあるのだ。



「マネージャーはどうした?」


高橋が辺りを見回しながら訊いた。


マネージャーの春日野かすがの小鳥ことり以外の部員達は皆すでに着替えを終え、黒い半袖のカットソーとブラックのデニムパンツを纏っている。


「春日野はうちのクラスの実行委員だから、そっちで忙しいんだと思います。すいません!俺迎えに行ってきます!」


2年の小出こいでがそう申し出て、開け放っしであった部室の入口から出ていこうとした時、はあはあと息を切らしながら駆けてくる小柄な少女の姿が見えた。


「ごめんなさい。遅くなって!実行委員の仕事が、抜けられなくて」


小鳥は乱れた息を沈めようと、ふうふうと息を吐きながら、焦りを含んだ声で皆に謝った。

いつもは真っ白な肌が、今は上気して頬を桃色に染めている。


「急いで着替えます!」


すでに本番用の衣装を着ている男子達を見て、小鳥は慌てて部室に駆け込もうとした。


「まだ大丈夫!そんな気にしなくていいから。ね」


副将の佐田さたが小鳥を落ち着かせるようにそう言って、高橋に視線で同意を求めた。


「ああ、そうだな。よーし、小鳥以外全員外へ出ろ」


男共へは厳しいことも言う主将だが、マネージャーの小鳥には滅法甘いのだった。


「お仕事お疲れ様」

「慌てなくていいぜ」

「机の上の汗拭きシート使っていいからな」


出て行きがてら、部員達はそれぞれ小鳥に声を掛けていく。

とにかく構いたくてしようがないのである。


「ありがとう」


すれ違う彼らと彼女は、大人と子どもほどに体格差があった。

小鳥は150cm。

対して男子部員達は、1年生にはまだ161cmがいるが、大半が170cm後半で、180cm代と190cmを越えている者もいるのである。


感謝の言葉を口にしながら彼らを見上げてくる小鳥の瞳は、元々赤茶色ではあるが、5月の明るい光を含んで、なお一層透き通って見えて綺麗だった。


真っ白な肌、赤茶色の瞳、髪も明るい薄茶色で、肩までの髪はくせ毛でクルンと内に巻いている。

生粋の日本人だが、彼女の父親の家系では珍しくないとのことだった。



――1年ちょっと前、小鳥が入学するやいなや、可愛い女の子がいると学校内で評判になった。

わざとらしく偶然を装って教室まで小鳥を見にくる上級生も珍しくないほどであった。


小鳥が何か部活へ入ろうかと決めかねていたところを、幸運にも隣の席だった小出が誘って、同じ1年のもう1人のラグビー部員東堂とうどうからも声を掛けてもらって、兎に角お願いしてお願いしてお願いしまくってマネージャーになってもらったのだった。


頼まれて入部したとはいえ、やるからにはちゃんとやらないと気がすまない性分の小鳥は、自分から色々と勉強して、部員のためによく動き回っていた。

そうしていつも一生懸命な彼女は、ラグビー部員達にとって非常に大切な存在となっていったのである。



「お待たせしました!」


着替え終わった小鳥が、扉を開けて皆に声をかけた。

彼女が着ているのは、赤くて裾が広がったワンピースだった。

珊瑚朱色というらしい柔らかいな赤色。稜泉高校ラグビー部のチームカラーだ。


顧問教師からは当初「男子部員達はユニフォームでいいんじゃないか?」なんて案も出されていたが、部員全員で却下した。

男子しかいない状況だったらそうしただろうが、小鳥と一緒に舞台に立つなら、少しでも格好良く見せたいという男心である。

そして小鳥を引き立てるべく、クールな黒を自分達の衣装に決めた。


ちなみに出し物は何をするかというと、ダンスである。

人気の本格派ダンスユニットの女の子達が、初心者でもプロっぽく踊れるダンスというのを配信して、瞬く間に大流行となった「きらきら☆ダンス」。


昨年は、需要がないと分かりつつもラグビーの基礎的なことを無難にやって持ち時間をやり過ごしたが、今年は可愛く踊る小鳥が見たくて提案してみたところ、意外にも乗り気になってくれて、今日この日を迎えるのである。


内容を知った他の部の男女から「男子なしで小鳥1人で踊るところが見たい」と言われていることを、彼らは知っていた。

だがそこは譲れない。

飽くまでも、彼女と自分達は仲間なのだから。



「なんか進行が10分くらい遅れているらしいぞ」


不意に声が聞こえて振り返ると、向かいの校舎の窓から、ガタイのいい顧問教師の桑原くわばらがこちらに呼びかけているのが見えた。


「急がなくていいが、遅れないように来いよ」

そう言い残すと、桑原は踵を返してそのまま体育館へと戻って行った。



「じゃあ、本番前に復習でもしておく?」


佐田が爽やかに提案した。

彼こそが今回のダンスの提案者である。

この爽やかな感じが、小鳥に提案を受け入れさせた要因であるかもしれない。


佐田の言葉に頷くと、部室の前で、各自ダンスの最初のポジションについた。

小鳥を中心に取り囲むように男子部員達が片膝を突き、小鳥が皆に先立ってゆっくりと踊り始める。



――その時、合唱部らしき歌声が聴こえてきた。

今日の舞台ではアニソンメドレーを歌うと聞いていたが、何の曲だろうか。グレゴリオ聖歌に似ている。


5月の眩しすぎるほどの日差しが、まるでスポットライトのように皆を光で包んでくる。

男子達が、見上げた小鳥の眩さに思わず目を細めた時、聞き覚えのない男の声が場違いに響いて聞こえた。



「これは一体どういうことだ!?」

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