4話

「お兄ちゃんすごい疲れた顔してるけど大丈夫? 5月病?」

 

 リビングのソファーでこれからの前途に悲観していると、いつの間にか帰宅していた妹の明菜が声を掛けてきた。歳は14、地元の中学校の陸上部に所属しているため帰宅は基本的に俺より遅い。ちなみに、俺はもちろん帰宅部だ。

 

「妹よ、これには海より深い理由があるのだ、放っておいてくれたまえ――」

「いやお兄ちゃんがそのまんまだと永遠に晩ご飯出てこないから困るんだけど」


 兄の事より、晩ご飯の心配か、まぁお前はそういうやつだよな、わかってたけど、わかってたけどぉ!

 

「悪いけど今日はもう作る気力ないから、なんか適当に出前でも取ってくれ……」

「おお! それじゃあ私、お寿司を所望します!」

「ああ、スマホで調べて注文してくれ、適当に俺と母さんの分も頼む……」


 うきうきと出前サイトを物色する明菜を見てようやく心が落ち着いてきた。

 

 ちなみに母さんは現役バリバリのキャリアウーマンだ、残業も多く俺たちが寝る頃に返ってくることも珍しくない。そのため夕飯は食べてくることが多いが、今日は比較的早く帰ると連絡があったので用意しておく必要があった。

 

 そんな理由で家事は俺達兄妹、いや実質俺1人に任されている。あまり怠けていると怒られそうだが、生活に必要なお金の管理も俺に任されているため、今日くらいは贅沢しても文句は言われないだろう。

 

 一方で父さんも存命だが、去年の暮れに今はアフリカのどこどこに居るという手紙が来て以降消息不明だ、未だに何の仕事をしてるのか知らないが、子どもの頃からよくあることなので気にしないことにしていた。


「特上寿司……は流石にやりすぎだから上寿司3人前っと♪ あ、そうだお兄ちゃん、マンデーは?」


 週刊少年マンデーは明菜に頼まれていた例の漫画雑誌だ、もちろん今日は買ってきていないので差し出すことは出来ない。

 

「妹よ、これには海より深い理由があ――」

「え!? もしかしてマンデーも無いの!? お兄ちゃんどうしちゃったのさ」


 俺の言葉を途中で切る明菜、流石に少しは心配し始めてくれたみたいでお兄ちゃんうれしい。

 

 とはいえあまり心配させるわけにはいかない。例の罰ゲームの余波が家族に及ぶことだけは避けなければならないのだ、せめて家族の団らんの中では可能な限り忘れることにしよう。

 

「お兄ちゃんが少し変なのはいつも通りだけど、マンデー買い忘れたのなんてすごい久しぶりじゃない? お兄ちゃん学校で嫌なことでもあったの?」


 どうしてこの妹はそういうところで鋭いのか、いやまぁ朝は普段通りだったから自然とその考えに至るわけか、なるほど賢い。うちの妹賢い。

 

 ちょっとディスられてセンチな気持ちになったが俺は心配させないように言葉を紡ぐ。

 

「なんでもないよ、それこそ休み明けだから疲れがどっと出たのかな、一晩休めば大丈夫だと思う」

「そーかなー? なんだか少し目も赤いし、本当に平気?」

「そんなに心配するなって、とりあえず俺は出前届くまで宿題でもしているからな」

「お兄ちゃん、話はまだ――」


 早々に会話を打ち切ると俺は自分の部屋に逃げ込んだ、これ以上聞かれてボロを出してしまうのが恐ろしかったのだが、この反応がむしろ明菜に心配を掛けさせていることに俺は気づいていなかった。

 

 


(お兄ちゃん普段はあんまり学校の話しないからわかんないけど、いじめられてたりしないよね?)


 明菜から見た幸也は根暗、とまでは言わないが、社交的ではないことは普段の振る舞いで十分わかっていた。

 

 家では比較的明るい幸也だが、明菜が知る限り小学生の頃以来友達と遊びに行ったこともないし、それこそ友達を家に招いたこともなかった。自分はあまり人見知りしないのにどうして兄妹でここまで違うのかと明菜はため息を吐いた。

 

 ちなみに同じ事を母も思っているし碌に家に帰らない父にもバレている。デリケートな問題なので誰も触れていないだけなことを幸也だけが知らなかった。

 

 

 

 部屋に戻った俺だがもちろん宿題など方便なのでベッドに身を投げ出した、考えても仕方のないことなのは理解しているが、どうしたって考えてしまう。しかしそんな思考を遮るようにポケットのスマホが震え出した。

 

 RINE通知は大抵家族以外だと唯一の友達である服部君がガチャの爆死報告をしてくるだけなので今回もそうかなと思い、スマホの画面を見た俺だが、メッセージ送信者の名前を見るとそのままの姿で固まってしまった。

 

 『佐伯奈留』。

 

 ――初めてメッセージ送ってみました! 幸也君も何か送ってくれると嬉しいです! (*'ω'*)

 

 可愛い何かのキャラスタンプと一緒に送られてきたそれを見て、俺は盛大に悩むことになった、一体何と返せばいいのだろうか。

 

 恐らくこのやり取りもギャルたちに共有されてしまうだろうから、あまり変な返答をするのはまずい、拡散でもされたら堪ったものではない。

 

 いや、違う、逆に考えるんだ――むしろここで本気になって舞い上がっていると思ってくれれば早く終わってくれるかもしれない、そう思った俺は考えうる限り最も無難かつキモい返しをすることにした。

 

 ――可愛い彼女からの初メッセージ嬉しいです。これからよろしくね。

 

 ついでに大きなハートを手に持つ某テーマパークの人気キャラスタンプを送っておいた。送ってから少し後悔した。

 

 それからしばし待つが返事が来ない、もしかしてもう1発目を読み回されているのではないか、そう思うと吐きそうになってきた。お寿司、食べられるかな。

 

 

 

 

 

 一方その頃、文字とはいえ愛しの彼氏のかわいい発言に悶絶している女の子がいたが、当然この日幸也が知ることはなかった――

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