不死者のピアノ

越久馨

第一幕 はじまりの日 I

 「本日はお足もとの悪い中お越しくださり、誠にありがとうございました」

 演奏後のロビーは、未だ熱の冷めやらぬ人々でごった返していた。気のせいか天井高く揺れているシャンデリアも、熱気でぼんやりときらめいている。

 終演後に演奏者が観客と交流を持つ事は恒例となっているものの、眞彦まひこはこのひと時が少し苦手でもあり、反してこそばゆい幸福感に満たされるようで複雑な気持ちになるのであった。

 観客の反応を見るに、今晩初披露したオリジナル楽曲は気に入ってもらえたようだ。あっという間に行列ができる。

 「今日の演奏も感動しました!ハープ2台との三重奏、チェロの音にハープが乗っかって。二階席にいたんですけど、天井を這って聴こえて星みたいでした」

 「良かったです。あれは『あま湖畔こはんで』という曲なんです。今手にとっていただいているアルバムのトラック3ですね。いつもありがとうございます」

 CD盤面やパンフレット、先日チェロの貴公子という渾名あだなで特集を組まれた、音楽雑誌へのサインや握手。写真。控え目な人、熱烈に抱きつく人、楽曲分析を始める人、涙ぐむ人……様々な人がいる。

 楽曲制作は孤独だ。まるで大海原にを持たずして漂うようだ。

 真に肩の荷が下りるのは、曲が完成した時ではない。演奏が終わったその時、熱く張りつめる客席の空気が弾け、激しい拍手の雨を受ける時だ。祝福の雨は無事にもたらされた……眞彦まひこはそう感慨深い心持ちで、思い思いに帰途につく観客の後ろ姿を眺める。

 その時、突如として違和感を覚えた。

 

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