兄を部屋に招待する妹達 その3

「……ふう、と、とりあえずこれで部屋の紹介は終わったよ」

 額の汗を拭いながら言う椛に、菫もまだちょっと悔しそうな顔で頷く。

「そうですね。お兄さんにちゃんと私達のお部屋を見ていただきました。これで、ようやく主題に入れますね」

「……主題って何のことだ? 部屋を見せてもらって終わりなんじゃないのか?」

 確か、家族だから部屋を見せてくれるとかいう話だったのでは?

「もちろん部屋を見せるのが目的だったけど、重要なのはその後なんだよ」

 だが椛はそう返し、菫もうんうんと頷く。

 俺が首を傾げていると、二人は一度目を合わせた後、バッとこちらに迫ってきて、


「「(お兄さんは)(お兄ちゃんは)どっちの部屋が好き!?」」


 そんな、意味不明な質問を俺に投げかけてきた。

「……え? ど、どっちの部屋がって?」

 もちろん俺は戸惑う。というか、さっきも同じようなことがあったような……。

「だから、あたしとお姉ちゃんの部屋を見たでしょ? お兄ちゃんは、どっちの部屋の方が好みだったのかってこと」

「い、いや待て。なんでそんなことを俺に訊く必要が?」

「何を言っているのですか。これはとても重要なことです。お兄さんに訊かずして誰に訊くというのでしょう。いえ、そんな相手はお兄さん以外ありません。以上証明終了です」

 自己完結された。ちなみに何も証明できてないと思う。

「あたしの方だよねお兄ちゃん? あたしの部屋にいる時、お兄ちゃんはリラックスした感じだったもん。あたしにはわかってるよ」

「いえ、私の方に決まっていますね。私の部屋にいる時のお兄さんは、明らかに居心地がよさそうでした。そのまま永住してもいいという心の声を聞きました」

「お姉ちゃん、妄想も過ぎるとちょっとキモいよ……」

「も、妄想ではありません! あなたの方こそ、単なる思い込みではないですか!」

「お、思い込みじゃないもん! お兄ちゃんは確かにホッとした感じだったよ! お姉ちゃんは美人過ぎて部屋もセンス良すぎるから、そういうのって逆に男の人は緊張しちゃうらしいよ! お兄ちゃんもそんな感じだったもんね!」

「そ、そんなことはありません! あなたの部屋こそ可愛らしさ満点で羨ましいくらい女の子っぽいですが、そういう異性を感じさせる方が殿方は委縮してしまうものなのです!お兄さんはきっと私を選んでくださいます!」

 ワーワーギャーギャー。

 気づいたらいつの間にか姉妹喧嘩が始まっていて、俺は慌てる。

「ま、待った二人とも! そもそも俺が二人の部屋をあーだこーだ言う必要なんてないだろ!? 二人の部屋なんだからさ!」

「そんなことはありません。お兄さんがどちらの部屋が好きなのかは非常に重要です」

「お兄ちゃんの好みをハッキリさせるのは超大事なんだから。その、家族として」

 そう言われて、グッと言葉に詰まってしまう俺。

 ……だが、つまりこれはあれだ。遥さんが言ってた、俺のためのケンカってやつだ。

 俺を家族として迎え入れようとする二人の、100%の善意がぶつかった結果起こっている対立。それを止めると誓った以上、俺は家族の一員として止めないといけない。

「……いいか、二人とも」

 俺はこほんと一つ咳払いしてから、落ち着いて口を開く。

「二人が俺のことを考えてくれるのはうれしい。すげーうれしい。家族として迎え入れてくれるためにいろいろしてくれてるのを見ると、二人の親切さに涙が出てくる。マジで。でもな、そのためにケンカするってのはダメだと思うんだ。やっぱ家族ってのは仲良くしててほしい。ケンカなんてしてほしくない。それも、俺が原因でのケンカなんて見たくないんだ。本当は二人はすげー仲がいいんだってことは知ってるから、余計に思う。だからもう俺のためにケンカなんてしないでくれ。みんなで笑って暮らそうぜ。だって、それが家族ってもんだろう……?」

 俺は最後「ふ……」と余裕の笑みを添えた。

 我ながら、なんという説得力。俺ならこんなこと言われたら感動で泣いてしまう。

 だから、きっと二人にも俺の気持ちが通じてケンカをやめ――

「大体あなたはただでさえ可愛いんですから、普通にしてるだけで十分アピールになるでしょう!? こういう場面くらい私に譲ってくれてもいいではありませんか!」

「それはこっちの台詞! お姉ちゃんは超美人でアドバンテージありまくりなんだから、ここはあたしの勝ちでもいいじゃん!」

 るどころか、話を聞いてさえいなかったでござる。

 ……俺、泣いていいすか。別の意味で。

「だあもう! とにかくケンカはやめてくれってば! どうすりゃいいんだよ俺は!」

 余裕は一瞬で剥がれ落ち、俺はもうとにかく声を張り上げるしかなかった。

「「…………っ!!」」

 その瞬間、なぜか二人がピタリと止まる。そして同時に俺の方を向いて、

「申し訳ありませんお兄さん。これは私達にとって決して譲ることができない戦いですので、やめるわけにはいかないのです」

「うん。でも止める方法は一つだけあるよ。それは、お兄ちゃんがあたしとお姉ちゃんのどっちかを選ぶこと」

 なんかものすごい迫力のある真顔でそんなことを言ってきた。

「お、俺が、選ぶ……?」

「そう。お兄ちゃんのことでこうなってるわけだからね」

「お兄さんの決定が絶対です。私達はそれに従うまでです。なので、お兄さんは素直な気持ちでどちらかを選んでいただければいいのです」

 ……た、確かに俺のことで争ってるんだから、俺が白黒つければ争いが終わるってのは理屈としてはわかるが……、でも、じゃあどうやって選べばいいってんだ?

 どっちの部屋が好きかなんて、それぞれに良さがあるんだから判断のしようがない。どうやって勝ち負けなんて付けりゃいいのか――

 ん? 待てよ、勝ち負け? 勝負ってことなら、ひょっとして……。

「……わ、わかった。じゃあ俺の考えを言う」

 俺の頭にある考えが閃いた。これならケンカを終わらせられるかもしれない。

「まず菫の部屋の方はすごく落ち着いた印象だった。センスがあって居心地もよかった。椛の部屋は女の子っぽくて可愛いかったし、気安い感じでこれもよかった。つまり、結論としてはどっちも違うベクトルでいい感じで、俺はどっちも好きだってことだ」

 そう、俺の出した結論はどっちもいいってことで、つまりは引き分けだ。

 勝負は勝ち負けだけじゃなくドローがある。現に、菫と椛の部屋の優劣は付けられないから、この結論しかない。これなら二人を納得させつつケンカを終わらせることが――

「なんですかそれは! ど、どっちも選ぶなんて非倫理的だと言ったじゃないですか!」

「そうだよお兄ちゃん! そんな不誠実なことじゃダメに決まってんじゃん!」

 できてませんね、はいそうですね。

 ……なんでだよ!? というか非倫理的とか不誠実ってのはどういう意味だ!?

「仕方ないだろ!? こんなのどっちがいいかなんて選べる問題じゃないんだから!」

 俺はいい加減頭が痛くなってきたが、

「それでも無理にでも選んでよ!」

「その通りです! そうしないと写真撮影の権利がハッキリしません!」

 その時発せられた菫の言葉にピクリと引っかかる。

「……今なんて言った? 写真撮影の権利……?」

「そうです。選ばれた方が、なんとお兄さんと一緒に写真を撮る権利があるのです」

「あたし達がそう決めたんだよ。そのためにお姉ちゃんもあたしも、写真を飾るスペースを確保してるんだから」

「……まさかそれって、あのコルクボードの空いてる部分とカラの写真立てのことか?」

 俺の質問に、二人は「そうそう」と頷く。

 ……いや、待て、そんなことで争ってただと……?

「それなら俺が二人ともと写真を撮ればいいだけじゃないか!」

「え!? 私と椛、両方と撮っていただけるのですか!?」

「そ、そんな大サービスしてくれるのお兄ちゃん!?」

「いや、サービスでも何でもないだろ!? それでケンカが収まるならやるよ!」

「ど、どうしようお姉ちゃん!? お兄ちゃんはこう言ってるけど!?」

「こ、ここは一時休戦です椛! こんな絶好の機会を逃してはいけません!」

 そうだよね! そうですよ! と手を取り合って頷き合う姉妹。仲良いじゃねえか!

「お、お兄さん! では、その、一緒に並んで立っていただいてもいいですか!? あ、椛は写真の方、お願いします!」

 そうして早速、上機嫌な菫が迫ってきた。

「む……、まあいいけどさ。じゃあ撮るよ」

 菫のスマホを受け取った椛は少し頬を膨らませるが、それでも撮影の体勢に入る。

「ま、待ってください。……あ、あの、お兄さん。はしたないお願いと思われるかもしれませんが、て、ててて、手をつないでいただいてもよろしいでしょうか!?」

「え? ああ、うん」

 菫が真っ赤な顔をして何を言うかと思ったら、その程度のことだったので俺はすぐさま菫の手を握った。……柔らかい。

「お、お兄さんの手が……! 椛! 今この瞬間を撮影してください! お兄さんと私が永遠に結ばれた瞬間を!」

「…………(イラッ)」

 あ、なんか今椛の顔がメッチャ苛ついた感じになったような……。

 それでも椛は無言のまま撮影を終え「はい」と菫にスマホを返した。

「ああ、世紀の瞬間はどんな風に写って――って、椛!? なんですかこれは!? 私がほとんど見切れているではありませんか!」

「あ、ごっめーん。お姉ちゃんのスマホの扱い方がよくわからなくてズレちゃった」

 シレッと言う椛に「あなたのと同じ機種でしょう!?」と涙目の菫。

「そんなことより、次はあたしの番だよ。お姉ちゃんは撮影お願いね。で、えっと……、お、お兄ちゃんは、腕を私の肩のところにこう……」

「え? そ、そうなると、なんつーか、肩を抱くような姿勢になるけど」

「か、家族なら普通だよ普通。仲の良い兄妹ならあるあるだから!」

 そう言われて俺は椛の肩に腕を回す。当然距離が近くなり椛の温かさに顔が熱くなる。

 家族なんだから普通だと自分に言い聞かせるが、なんだか甘い香りまで漂ってきて平静を保つのが大変だった。

「というわけでお姉ちゃん、準備オッケーだよ!」

「……………………」

 満面の笑みを浮かべる椛に対し、菫は完全な無表情でスマホを向けてくる。

 そうして撮影を終えて椛にスマホを返すが、

「なにこれ!? あたしが全然写ってないじゃん! 見切れてるってレベルじゃないよ!」

「あら、ごめんなさいね椛。お兄さんのことしか目に入らなくて、つい」

「言い訳さえしない!? ど、どういうつもりなのかなお姉ちゃん……!?」

「そ、それはこっちの台詞ではないですか椛……!?」

 睨み合う二人。なんか、ゴゴゴゴゴ……って効果音でも聞こえてきそうな迫力だが、ああもう、ただ単に家族で写真撮影ってだけでなんでこんなことになってんだ!?

「あなた達、廊下で何をやってるの」

 とその時、そんな声が聞こえてきたので反射的に振り向くと、そこには洗濯物を抱えた遥さんが、姉妹を見て呆れた顔をして立っていた。

 だが二人は気づいた様子もなく「むむむ!」「うぐぐ!」と睨み合ったままだ。

「……はぁ、またケンカの真っ最中らしいわね」

「す、すいません。仲裁しようと思ったんですけど……!」

「隼人くんは悪くないわ。ここまで盛り上がってるのは初めて見たけど、この子達は大体いつもこんな感じだし」

 遥さんは苦笑しながら「苦戦してるみたいね」と続けた。

「さすがにこのままだと隼人くんにも迷惑だろうし、私が止めましょうか?」

 そう言われて、俺は「う……」と言葉に詰まる。

 確かに二人は止めないといけない。けど、今の俺には上手く仲裁する自信がなかった。

 ここは遥さんに任せるべきかもしれない。どうしようもない状況なのだから不可抗力ってやつだ。……けど、

「…………いえ」

 俺は首を振った。

 今日は俺が月城家での生活を始める最初の日だ。そんな初っ端から音を上げてるようでは、完全に家族失格だ。遥さんにも仲裁してみせると言ったんだから、ここで諦めたら今後も全てがダメになっちまう気がする。

 でも、じゃあどうする? ヒートアップしている二人のケンカを一瞬で収めるような方法があるか? 俺の理想の家族像を実現する方法は――

「……あっ! み、みんな!」

 その時、俺はある考えが閃いて、気づいたらこう声を上げていた。

「みんな、俺の頼みを聞いてくれ!」


   ▼


「ああ、綺麗に撮れているわ。でもあなた、こういう時くらいもう少しにこやかにしてもいいんじゃないかしら?」

「…………うむ」

 遥さんがデジカメを確認しながら「隼人くんも見る?」と手渡してきた。

 俺を中心に、左右に菫と椛。そしてさらにその隣に文彦さんと遥さんがいる画像。

 庭に出て家をバックにして五人が揃った写真だ。

 なんだこれはと訊かれたら――そう、これはいわゆる家族写真というやつだった。

 あの時、俺が口にした仲裁案というか頼みってやつは、みんなで写真が撮りたいというものだった。

 ――俺と一緒の写真が欲しいっていうなら、文彦さんと遥さんも合わせてみんなで撮ろう。というか、俺はそんな写真が記念に欲しい。二人もそれでいいと思わないか?

 そう言ったら、二人はキョトンとした顔を見せた後、なんだかんだ文句は言いつつも了承してくれたんだ。そして、今に至る、と。

「いい写真ですが……、でも椛、あなた少しお兄さんにくっつき過ぎではないですか?」

「お姉ちゃんこそでしょ。お兄ちゃんのこととなると遠慮がなくなるんだから……」

「ご、誤解を招くようなことを言わないでください」

 二人もデジカメを覗き込んでくる。またぞろ何か言い合っているけど、もうさっきまでのケンカといった雰囲気はなかった。

「二人とも、悪かったな。俺のわがままに付き合ってもらって。……その、飾る写真はこれでもいいかな?」

 俺はちょっと気後れしながら訊ねる。結局、二人の希望より、俺自身の願望を押し通す結果になってしまったからだ。……だが、

「お兄さんのお願いをきかないなどあり得ません。少し残念ではありますが、これはこれでいい写真なことに違いはありませんから」

「まあ、そうだね。家族の集合写真なんて何年ぶりかなー。でも、今はここにお兄ちゃんがいるんだね。えへへ……」

 二人とも笑顔でそう答えてくれた。やっぱりこの二人は最高に優しい。

「しかし椛、お兄さんとのツーショット写真についてはまた今度考えるとしましょう。やはり、そこでどちらが選ばれるべきかをハッキリさせるべきですね」

「そうだね。いっそのこと、どっちがお兄ちゃんをよりドキドキさせられるツーショットを撮れるかっていうのは?」

「も、椛、あなたは天才ですか? その発想はありませんでした……!」

 ……な、なんか後ろで不穏な会話がなされている気がするが、今はちょっと聞き流しておこう。うん。

 俺はそんなことを考えながら、もう一度写真を見る。

 四人の家族と俺が写っている。俺は笑みを浮かべているが、ちょっとぎこちない。

 俺が本当に家族の一員として認められれば、この笑顔ももっと自然になるんだろうか。

 なんにせよ、いい写真だった。勇気を出して言ってみてよかった。俺も、二人と同じように、この写真を部屋に飾ろう。

 こうして、この『家族写真』は、俺が月城家に来て最初の宝物になったのだった。


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試し読みは以上です。


続きは2020年3月19日(木)発売

『両手に妹。どっちを選んでくれますか?』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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両手に妹。どっちを選んでくれますか? 恵比須清司/ファンタジア文庫 @fantasia

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