兄を歓迎しながらケンカする妹達 その1
俺は目の前にある庭付きの一軒家を見上げていた。
門の横には『月城』という表札とインターホンがある。
それを鳴らす前に、俺はもう一度深呼吸をして気分を落ち着かせようとする。
けど、緊張と期待でいっぱいの胸は、それくらいじゃなかなか静まってはくれない。
「……落ち着け。こういうのは最初が肝心だ」
何度繰り返したかわからない台詞を再度呟く俺。
とはいえ、緊張するのは仕方がない。なにせここから俺の新しい日々が始まるのだ。
ずっと求めてきた『家族との生活』ってやつがすぐそこにある。
そこではきっとなんでもない日常のことで笑い合ったり、時にはぶつかりもするけどすぐに仲直りしたり、悲しさや苦しさを共有しながら一緒に乗り越えたり――……えっと、それから、……それからなんだ?
と、とにかく、そういうアニメとかマンガとかラノベの中であるような理想的な家族ってやつが、ここには当たり前に存在しているはずなんだ。
俺は、今からそこに家族の一員として足を踏み入れる。とっくの昔に失ってしまったものが、そこではまた手に入るかもしれない――いや、手に入れたいと思ってる。
だから最初が肝心だ。しっかりと家族に認められるよう、失敗はできない。
「……よし」
胸はまだドキドキしたままだが、俺は意を決してインターホンを押した。
『はい、隼人くんね? どうぞ入ってきてください』
すると軽快なチャイム音の後にすぐ女性の声が聞こえてきて、俺は慌てて「わ、わかりました」と少し上ずった声で返してしまった。
門扉を開けて、玄関まで歩く。そして俺は緊張をしながらも、一思いにドアを開けた。
「わぁ、本当に隼人くん? もう、すっかり大きくなっちゃったわね」
その瞬間、そんな朗らかな声が聞こえてきて、俺は反射的に顔を上げ(いつの間にか俯いて目をつぶってた)そっちの方に目を向けた。
「あらあら、どうしたの? もしかしておばさんのこと覚えてないのかしら?」
するとそこには、とても『おばさん』とは言えない、むしろ『お姉さん』にしか見えないくらい若々しい女の人が立っていた。
少しウェーブのかかったフワフワの髪に、どこまでも柔和な雰囲気。
頬に手を当てて笑顔をこちらに向けている様子は俺の記憶にある昔の姿そのままで、そのあまりの変化のなさに、俺は一瞬過去に戻ったかのような錯覚に陥った。
「い、いえ、覚えてます。遥さん、ですよね?」
「ふふ、覚えててくれたのね。お久しぶり、隼人くん」
この人は月城遥さん。ここ月城家の母親だ。見た目通りの優しい人で、七年前に一時期月城家にお世話になっていた時にも、とってもよくしてくれたのを覚えている。
「ほら、あなたも黙ってないで何か言ってください。久しぶりの隼人くんですよ」
「…………うむ」
と、今度は遥さんに話を振られる形で、隣に立っていた男の人が頷いた。
腕を組み、眼鏡の奥から鋭い眼光をこちらに向けている大柄なこの男性もまた、俺の記憶にある姿とほとんど変わっていなかった。
「あ、お、お久しぶりです文彦さん」
「…………ああ」
月城文彦。この家の主人であり父親でもある人だ。口数が少なくいかにも厳格って感じの人で、しかも筋骨隆々なものだからすごい威圧感がある。
昔からあんまり会話とかはしたことがなく、しかもこんな感じの人だから正直怖い印象がある。といっても、怒られたりした記憶はないんだけど。
「えっと……、この度は本当にありがとうございます。その、俺を迎え入れてくれて」
それはともかく、俺は二人に会えたので、早速用意しておいたお礼の言葉を述べる。
親父との冷え切った二人暮らしを見かねて、俺を月城家に引き取るという提案をしてくれたのは、他でもないこの文彦さんだ。
それから遥さんも、高校二年生の男子を家に引き取って一緒に暮らすなんて結構大変なことを快く了承してくれたと聞く。
しかも俺は居候のつもりだったのに、二人は家族の一員として迎えるなんて信じられないことまで言ってくれたんだ。
……その時の俺の感激といったら……、とても言葉じゃ言い表せない。
とはいえ本当に言い表さないわけにもいかないので、俺は心の底からの感謝を込めながら、二人に何度もお礼を言った。
「もう、隼人くん、そんなの気にしなくていいのよ。隼人くんはもともと、うちの息子みたいなものだったんだし。ねえあなた?」
「……ああ」
「ほら、この人もそう言ってるから、そういう他人行儀なのはいらないわよ。これからは正真正銘うちの子として、なにも遠慮はしなくて大丈夫だから。ね?」
「……その通りだ」
「……ありがとうございます……!」
温かい言葉をかけられて、俺は正直泣きそうだった。こんないい人達に家族として迎え入れられるなんて幸運があっていいんだろうかと、今でも信じられないくらいだ。
とにかく、こんな最高の機会を用意してもらった以上は、俺は精一杯がんばらないといけない。善意から迎え入れてもらったけど、本当はただの居候に過ぎないけど、それでも本当に家族の一員として認めてもらえるようになろうと、俺は改めて心に決めた。
「さて、それじゃいつまでも玄関で立ち話もなんだし、上がって隼人くん」
「あ、はい、お邪魔します」
「ここはもう今日から隼人くんの家なんだから、そんな改まった挨拶はいらないわ」
笑顔の遥さんに導かれ、俺は靴を脱いで家の中へと足を踏み入れた。
そこで俺の目に、真っ直ぐにリビングへと続く廊下が飛び込んできて、ここでも昔の記憶が呼び起こされる。
懐かしい。外から帰ってきた後、ここでみんな揃っておやつを求めてよく走り抜けた気がする。あの時は何をするにも三人一緒だった。
「あ、そういえば二人はどうしてますか? 元気にしてますかね」
とその時、俺は肝心なことを思い出して、遥さんに質問する。
二人というのは、月城家の子供達のことだ。
俺と同い年の姉と、一歳年下の妹という二人姉妹。
子供の頃は、俺も含めた三人でずっと一緒に遊びまわっていたけど、俺の家庭でいろいろあって以来交流が途切れ、もう何年も会っていない。
……今はどんな風になってるだろう。俺のこと、覚えてくれてるだろうか。
「ああ、菫と椛ね。うん、元気よ。……ちょっと元気すぎるくらい」
「元気すぎる?」
「ううん、なんでもないわ。とにかく二人とも、隼人くんに会えるのをずっと楽しみにしてたんだから。それはもう、とっても、すっごく。……ちょっと困るレベルで」
「…………うむ」
なぜか遥さんと文彦さんが視線を逸らした。どうしたんだろう?
「そうですか。そう言ってもらえて安心しました。ちょっと不安だったんで……」
「不安って、何が?」
「いえ、ほら、昔とは違ってもうみんな高校生じゃないですか。いくら幼馴染とはいえ、男子と同じ家で暮らすってのはどうしても抵抗があると思うんです。だから、俺がここに来るのもあんまりよく思われてないんじゃないかなって……」
そう、遥さんや文彦さんは快く迎え入れてくれたけど、二人も同じとは限らない。
両親の手前とりあえず了承はしたけど、内心じゃ嫌だったり疎ましく思ってるかも。
「隼人くん、それ、あり得ないから」
「うむ」
「え?」
だがそんな俺の懸念は間もなく一蹴された。それはいいんだけど、
「むしろ逆というか、あり得なさ過ぎて困るというか……、ねえ?」
「……………………うむ」
……なんか二人とも表情が暗いのはなぜだ? それに、この歯切れの悪さは一体……?
ま、まあなんだかよくわからないけど、
「それならよかったです。あの、じゃあ、二人は今どこに?」
そういった心配が不要となると、俺は途端に二人に会いたくなった。
「ああ、まだ手間取ってるのかしら? でも多分、隼人くんが来たってことはわかってると思うから、きっともうすぐ――」
と、遥さんがそこまで言った時だった。
「お、おおお、お兄さん……!?」
「お、お兄ちゃん!」
不意に、そんな声が階段の上から聞こえてきて、俺はハッと息を呑んだ。
少し大人びた感じになったみたいだけど、確かに記憶にある女の子の声が二つ。
それから、俺を『兄』というこの呼び方。
間違いない、これはあの二人――菫と椛だ。
俺は久しぶりの再会シーンがやって来たことにうれしさを噛みしめながらも、なんとか冷静さは保とうとする。
ここは、はしゃいで喜びを全面に出すわけにはいかない。
いや、別にそれがマズイってわけじゃないが、これから家族の一員になるってことは、俺は『兄』的ポジションになるわけだから、きっと兄としての威厳ってやつも持たないといけないはずだ。多分。
だから二人との久々の再開はうれしいけど、ここは落ち着いた対応でいこうと決めて、俺はゆっくりと視線を上に向ける。
「おう、二人とも久し――」
兄らしく(?)余裕のある、けどちょっと爽やかな感じを意識しながら、俺は片手を上げて再会の挨拶を口にしようとする。……が、
「ぶ…………り……っ!?」
次の瞬間、余裕も爽やかさも一瞬で剥がれ落ち、俺は言葉を失った。
というのも、二人の格好が、なんかよくわからないことになっていたからだ。
なんというか、二人ともドレスらしきものを着ているのがわかる。それから片方は頭に大きな花の髪飾りを付け、もう片方は毛皮の襟巻を身に着けていた。テレビとか映画でしか見たことがないような華やかで豪華な雰囲気だ。
……でも、なんかその様子がおかしい。
髪飾りを付けている方は、妙に服がブカブカな感じで肩の辺りがずり落ちかけている。
一方毛皮の方は逆に服がピチピチすぎて身体のラインがハッキリ出まくっており、しかも胸の辺りがその膨らみのせいで今にも破裂しそうだ。
……なんだこれ……? いや、マジでなんなんだこれは?
目の前にいるのは菫と椛の姉妹で間違いないはずだった。
ブカブカの方が菫で、ピチピチの方が椛のはずだ――……が、その格好があまりにもおかしすぎて、顔ではなくどうしてもそっちに目が行ってしまう。
「ああもう二人とも、なんて格好してるの。私のドレスまで引っ張り出して……」
そうやって俺が異様な光景に戸惑っていると、遥さんが呆れたような声でそう言った。
見ると、文彦さんも沈鬱な表情で目をつぶっている。
「ああ、本当にお兄さんです……! ずっとお会いしたかった……!」
「お兄ちゃんお兄ちゃん! やっとまた会えたね!」
だが二人の姉妹は、そんな雰囲気など目に入っていないかのように迫ってくる。
再会の喜びで二人とも涙ぐんでおり、それだけ見ると俺も期待してたような感動的シーンのはずなんだが、実はそれどころじゃなかった。
「…………うっ!」
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