両手に妹。どっちを選んでくれますか?
恵比須清司/ファンタジア文庫
プロローグ
「お兄さんはストッキングの方が好きに決まっているじゃないですか!」
「お兄ちゃんはニーソックスの方が好きに決まってるでしょ!」
俺の部屋に、そんな二つの声が響き渡った。
「ふう……、あなたはいつも可愛くて気が利くのに、こういうことには疎いのですね。お兄さんのストッキングに対する情熱というものが感じ取れないのですか?」
「お姉ちゃんこそ、全国レベルの頭脳の持ち主で性格も超いいのに、ちょっと鈍いよ。お兄ちゃんがニーソックスにどれだけこだわりを持ってるかがわからないの?」
俺を挟んで二人の女の子が向かい合っている。
一見お互いに褒め合っているように見えるが、その雰囲気はお世辞にも和やかとは言えず、俺は「あの、ちょっと二人とも……」と、なんとか間に入ろうとしたが、
「お兄さんは少し黙っていてください」
「お兄ちゃんはちょっと黙ってて」
そんなぴったり息の合った感じで、即封殺されてしまった。
さて今、俺こと御堂隼人の目前で起きている状況を一言で表すと『姉妹喧嘩』である。
姉妹喧嘩――そう、二人は実の姉妹だ。
「うふふ、こんな明白なことがわからないなんて、まったく困った妹です」
一人は、流れるような黒い髪を持ち、落ち着いた雰囲気でお淑やかな笑みを浮かべている、ここ月城家の長女である姉の菫。
「あはは、それはこっちの台詞だよ。お姉ちゃんって見た目のわりに強情だからね」
もう一人は、年齢のわりには小柄で幼い感じながらも、そこだけは妙に大きい胸を反らしながら、明るく元気いっぱいの笑顔を見せる次女で妹の椛。
一歳違いのこの二人は、近所でも学校でも評判の美少女姉妹だ。
姉の菫は全国レベルでトップクラスの頭脳の持ち主で学校の生徒会長まで勤め、妹の椛はスポーツ万能なうえ水泳で全国大会出場経験まで持っている。
でもこの二人の評判については、もちろんそれぞれ個人の可愛さと優秀さもあるけど、大抵は二人セットで語られることが多い。
どういう風にかというと『いつも一緒の仲良し姉妹』といった感じだ。
そう、この二人は本当に仲が良くて、家でも学校でもいつだって仲睦まじい姿を見せている。二人がケンカをするなんて想像できないくらいのレベルらしい……のだが、
「うふふ」
「あはは」
今その二人は俺の目の前で笑顔で会話を交わしているけど、それが一時の静寂――嵐の前の静けさであることは明らかだった。……だって目が笑ってないし。
「……ふふ、仕方ありませんね。椛、あなたにも納得できるよう、お兄さんがいかにストッキングが好きなのかを理由を挙げて説明してあげましょう」
間もなく、菫が真顔に戻って口を開いた。
「お兄さんのストッキング好きを示すエピソードを教えてあげます。朝、登校する時にみんなで玄関で靴を履きますね? その時、お兄さんはストッキングに包まれた私の脚を、そ、その、いつも熱い視線で眺めてくるんですから」
そしていきなりスゴイこと言い出した菫に、俺は絶句する。
「そ、そんなのあたしだって同じだよ! ニーソックスをはいたあたしの脚も、お兄ちゃんから毎朝じっくり見られてるもん!」
さらに椛も続き、思いっきり狼狽する俺。……というか、なんでバレてる!?
「ふふ、それだけではありませんよ? この前お兄さんが私の部屋に来た時、私はちょうどストッキングをはいているところだったのですが、その時のお兄さんの食い入るような視線といったら……! はぅ……、あの熱い視線は忘れられません……」
なぜかうれしそうにウットリとしている菫はさて置き、俺はもう泣きたくなる。
「どうですか椛。このように、私の主張が正しいということは明白ではありませんか」
謎に誇らしげな菫だったが、椛はふるふると首を振り、
「甘いねお姉ちゃん。そんな印象だけの証言なんて何の意味もないから。あたしにはちゃんとした証拠があるし。……っと、うん、これこれ」
そう言って椛は、鞄から一冊の本を取り出す。……って、あれは、
「これはお兄ちゃんがやってるゲームの、……えっと、設定資料集? だよ。ここに載ってる女の子のキャラクターを見て。ほら、ほとんどみんなニーソックスでしょ?」
「……ちょっと待て。なんでそんなの持ってるんだ?」
「調べて買ったの。お、お兄ちゃんが熱心にやってるゲームだから、どんなのか知りたいなって思って……。と、とにかく、見てよほら、この女の子のニーソックス率を!」
「そ、そんな……!? でも、待ちなさい! ほら、ちゃんとストッキングもいます!」
「比率だよお姉ちゃん。ニーソックスは多数派。ストッキングは少数派。ここからも、お兄ちゃんがどっちが好きなのかは一目瞭然じゃん?」
「そ、そんなことはありません。重要なのは数の論理ではなく、お兄さんの嗜好です。いくらニーソックスが多いからといって関係は……」
「残念。ほら、お兄ちゃん一押しのキャラもちゃんとニーソックスをはいてるよ!」
「む、むむむ……! お、お兄さん、どうしてこんなゲームをしているんですか! それによく見ると、なんだか女の子の服装がやたら露出が多くて、あのその……! い、いかがわしい感じなのはどういうことですか!」
「そんなこと言われても!?」
そしていきなりこっちに飛び火してきて、俺は大いに焦る。だが悲しいことに、二人のケンカが飛び火して俺が火傷するのはいつものことだ。……本当に悲しいことだが。
「と、とにかくこんなの私は認めません。重要なのは現実のお兄さんの好みです。お兄さんのストッキング好きを示す証拠は他にもありますから」
「証言の間違いでしょ? それってお姉ちゃんの思い込みの可能性もあるしね」
「むむ……! そ、そもそもニーソックスなんて中途半端ではないですか! 脚全体を覆うわけでもなく、機能性の面で劣ります!」
「だ、大事なのは見た目の可愛さだよ。ニーソックスは色もデザインもバリエーションがいっぱいあるのに、お姉ちゃんのはくストッキングなんて基本的に黒だけじゃん!」
「そ、それだけで十分お兄さんを満足させられるくらい強力だからいいのです! それに黒と一言で言っても、ストッキングにはデニール数というものがあって――」
姉妹の言い争いはどんどんヒートアップしていく。
そんな二人に挟まれて、俺だけが蚊帳の外なんて甘いことはもちろんなくて、
「す、ストッキングはその手触りも魅力のはずです! お兄さん! ど、どうぞ実際に触ってみてください!」
「ええ!?」
「に、ニーソックスは絶対領域っていうのが最強みたいだから、ソックスと太ももの両方が楽しめるんだよ! だから、あの……、い、いいよ!?」
「なにが!? というか、絶対領域なんて単語をいつの間に……!」
無茶苦茶なことを言いながら、それぞれ制服のスカートを少したくし上げつつ自分達の脚をアピールしてくる二人に、俺はもういろんな意味で頭がクラクラしてきた。
「お兄さん、どっちがいいのですか!?」
「お兄ちゃん、どっちがいいの!?」
そうして最後には、こんな感じの二者択一を迫られる。
わけがわからないとは思うが、残念なことにこれが間違いなく今の俺の日常だった。
「……なんでお前ら、そんなことでケンカになるんだよ……」
俺はもう何度口にしたかわからない――けど心底切実な疑問を口にするのだが、
「で、ですから! これもお兄ちゃんと家族になるためです!」
「そ、そうそう、家族だからちゃんと好みを知っておきたいんだよ!」
いつも通りの答えが返ってきて言葉に詰まる。そう言われると、俺は弱いのだ。
月城家にやって来て、新しく『家族』というものをまたもう一度手に入れられるかもしれないと思っている俺には、その言葉は刺さる。なので思わず黙ってしまう。
すると二人はすかさず、またさっきまでの言い争いを再開してしまった。
「お兄さんが望むなら、私はいつでも何度でもストッキングをはく実演をします」
「そ、そんなのあたしだって、お兄ちゃんのためならニーソックスで膝枕してあげるよ」
「な、なんて卑猥で羨ましいことを考えるんですかあなたは!?」
「ひ、卑猥って、お姉ちゃんの方がよっぽど卑猥だよ! わかってないとこも含めて!」
ワーワーギャーギャーと、姦しいことこの上ない姉妹喧嘩が目の前で繰り広げられる。
こんな状況を止めないといけないのが『兄』としての俺の役割だった。
月城家に新たな家族の一員という形で居候になった俺。
俺はそこで、失った『家族』というやつを取り戻せればいいなと思っていた。
だから、これは俺が『理想の家族』を手に入れるための物語――……と言いたいところだが、現実は甘くない。今の俺の願いはたった一つ。
――せめて、せめて俺のためにケンカはしないでくれ……!
新天地で待ち受けていたのは、本当は仲良しのはずなのに、なぜか俺の前でだけ言い争いを続ける姉妹。
みんな仲良く理想の家族って夢は未だ達成できず、それでもなんとかしようとして、俺はケンカしてる二人を仲裁し続けている――……のだが、
「私の方がお兄さんを満足させてあげられます!」
「ま、満足って、お姉ちゃん、ちゃんと意味わかって言ってんの!?」
「ど、どういうことですか! 私が変なこと言ったみたいな反応しないでください!」
俺は、いつ果てるとも知れない姉妹喧嘩を眺めながら、この残念な現実に深いため息を吐くしかないのだった……。
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