癒しの聖女を追放した王国は、守護神に愛想をつかされたそうです。

第1話追放1日目の出来事

「月神殿の癒しの聖女アリス。

 今日まで役目ご苦労であった。

 月神殿と聖女の無償の厚意には感謝している。

 だが、さすがに今の聖女を王太子殿下の正妃にするわけにはいかない。

 老いさらばえた聖女では、王太子殿下の子を生むのは無可能であろう。

 王太子との婚約は解消する。

 だが余も恩知らずではない。

 アリスには徒士家の資格と聖地を領地に与え、今迄の功労の報いる。

 今日中に領地に向かうがいい」


「「「「「クスクスクス」」」」」


 謁見の間に集まった貴族士族、特に令嬢達の嘲笑が、衰えた耳にまで届きます。

 実質追放、いえ、死刑の宣告です。

 七十歳を越えた老婆に見えるまで生命力を失った私に!

 奇病なのか呪いなのか分からない王太子を治すために、五年の長きにわたって、この身を削り生命力をすり減らし、激痛に耐えながら王太子を癒し続けた私に!

 日に日に若さを失い、老婆になるまで治療を続けた私に!

 最後に与えられたのは、聖地とは名ばかりも草木も生えない不毛の地と、謁見資格もない士族最低の徒士位です。


 怒りの奥歯を噛み締めて耐えたくても、一本の歯も残っていません。

 怒りをぶつけたくても、手足に力を込める事もできません。

 拳を握り締めたくても、無意識に四肢が震えます。

 視力も衰え、憎い国王の顔さえ分かりません。

 せめて、せめて王太子殿下から労いの言葉があれば、残り少ない時を、恨みと憎しみだけの時間にしなくてすみます。

 ただひと言、ありがとうとさえ言ってくだされば……


「なにをしている!

 さっさと見苦しい老婆を追い出せ!

 臭くて見苦しくて耐えられん。

 私は早く快気祝いの舞踏会に行きたいのだ!」


 王太子の情け容赦のない言葉が、私の肺腑をえぐりました。

 悔しい!

 私の人生は何だったのだ!

 苦痛と苦悩に耐えるだけの人生!

 この国の神は邪神だ!

 このような王族に力を与えるなんて、邪神以外の何者でもない。


 私は近衛騎士に情け容赦なく謁見の間から連れ出された。

 抵抗する力などない。

 老いさらばえた身体を、乱暴に馬車のある所まで連れて行かれて、一番穢い馬車に押し込まれた。

 後で知った事ですが、犯罪者の護送用の馬車でした。


「やあ、災難だったね。

 今までご苦労さん。

 王家の糞共が君の功労に報いず、このような非道を行うのは許し難いね。

 僕にも多少の責任があるから、復讐に協力させてもらうよ」


 馬車に放り込まれた私に、誰かが話しかけますが、半死半生の私には、老いさらばえ眼もよく見えなくなった私には、姿を見る事もかないません。

 復讐を手助けすると言われても、そんな事は不可能です。

 このような馬車に乗せられたら、振動で跳ね飛ばされて直ぐに死んでしまいます。

 死んだ人間に復讐など不可能です。

 せめて呪いをかける事ができれば、復讐できたかもしれませんが、今の私に残された魔力と生命力では、初級下の魔法一つも発動できません。

 もう、意識が遠くなってきました。

 神など信じません。

 魔よ、この世に仇なす魔よ!

 私の恨みを晴らしてください!


「今はお休み。

 君の怒りと憎しみは、僕がかなえてあげるよ」

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