第7話

 ルーカスの母国は、大陸一の大国ウィロウビー皇国でした。

 正直唖然としました。

 我が母国とは比較にならない大帝国です。

 母国とは駿馬で旅しても三カ月と遠く離れ、間にいくつもの国がまたがっているとはいえ、その影響力は絶大なのです。


「イザベラ王女殿下、紅茶が入りました」


「ありがとう、ジョセフ」


 普段はレディーズ・メイドが寝室での世話から衣装選びや着付け、髪結いに至るまで全部やってくれるのですが、今日はバトラーのジョセフ自ら給仕してくれます。

 ルーカス様が騎士の務めでお留守の間は、ジョセフが私の世話をしてくれます。


 ルーカス様の屋敷にお世話になって一カ月、何度お願いしても王女殿下の敬称を止めてくれません。

 今では家も国も何もないのに敬称で呼ばれるのは心苦しいのです。

 そう言っているのに、ルーカス様は騎士で命の恩人で師匠だから名前で呼べても、家臣である自分達は敬称を外すわけにはいきませんと言い張るのです。

 バトラーのジョセフだけでなく、ハウス・スチュワードのセバスチャンまで敬称を止めてくれません。


 私だって馬鹿ではありません。

 ルーカス様の御屋敷の広大さ豪華さは、ただの騎士だとは思えません。

 使用人達の技能やそぶりも只者ではありません。

 少なくとも身に着けた武芸は、ヴェイン王国では貴族士族に匹敵します。


 ヴェイン王国とウィロウビー皇国を比較することなどできません。

 平民であろうと、ウィロウビー皇国で騎士に仕える者は、この程度の技量はあるのだと言われれば、そうなのですかと納得するしかありません。

 一介の騎士であろうと、ウィロウビー皇国ではこれくらいの富はありますと言われれば、そうなのですかと納得するしかありません。


 ですが、どうしても、心が落ち着かないのです。

 ルーカス様が並の騎士だとは思えないのです。

 もしかしたら、大貴族の隠し子なのかもしれないと思ってしまうのです。

 皇族の隠し子であればいいと思ってしまうのです。


 ルーカス様に助力していただいて、ミアと父母を討ち、ヴェイン王国を取り返した時、ルーカス様が皇族や大貴族の隠し子であれば、大手を振って婿に来ていただけるのです。

 女王に戴冠した私の王配にお迎えすることができるのです。


 淡い夢だとゆうのは分かっています。

 ルーカス様の御屋敷にいる間だけ夢見ることができる、童話だと理解しています。

 そんな夢を見るしかない厳しい立場だと分かってるのです。

 身分を明かしだてる方法などない私は、ルーカス様の御好意でこの屋敷においていただけていますが、ルーカス様の御好意がなければ、野垂れ死ぬしかない状態なのです。

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