第17話 不利な条件とかって大体後になってから分かる
カスミはじっと晴奈を見つめている。何かしら覚悟を決めたような顔だ。これから覚悟して話を聞くことになるのはどちらかといえば晴奈であろうに。正座をした晴奈を見て、彼もまた正座をした。その膝の上では両手が固く握りしめられている。
「まず、契約するとカスミ君は君の負の感情を魔力源として食べます。悲しみとか、怒りとか、憎しみとかだね」
「魔力源……にはもう突っ込んでも無駄そうだね。食べられるとどうなるの?泣かなくなったりするんですか?」
「そこまで極端に食べたりしないよ。はるちゃん的には、そういう感情が軽減されるっていうくらいに思ってくれたらいい。例えばそうだな……誰かに死ねばいいのにって思ったとしようか。その感情を俺が食べると、友達と遊ぶ日の朝にひったくりにでも遭えばいいのに、くらいになる」
「それ本当に軽減されてます?個人情報の流出とかまで考えると相当怖いよ?あと俺って言うのやめてってば」
「ごめん。……あー、じゃあ、全治一ヶ月くらいの怪我しろって思ったのが、タンスの角に足の小指ぶつけろって思うくらいになる」
「うーん、まぁそれなら……?」
結局当たり所が悪くて骨折したりすると全治するまでに結構かかりそう、という感想は胸にしまう。実際にそうなるように呪いをかけるだとか、そういう話でもなさそうだから。ただ単に、晴奈がそういうマイナスな感情に振り回されるのを軽減してくれるということらしい。それは素直にありがたい。
「ちょっと前向きになったりするんですか」
「そういう人もいるって話は聞いたことあるけどその人次第かな、そこは。悲しみが軽減されたからって喜びに変化する訳じゃないしね。あとは……あぁ、そうだ。大事なことを忘れてた。契約のときはカスミ君、魔力が一時的にだけど爆発的に増幅するんだ。だから、それを利用して君のお願いをできる範囲で一つ、叶えてあげる」
「あ、なんか悪魔っぽい……」
「まぁこれもできる範囲に限りはあるし、お願い事の内容は要相談って感じだね」
誰かを生き返らせるとか、今すぐ億万長者にしてくれとか、そういうのは勘弁して。とカスミは冗談っぽく付け足した。晴奈としても、すぐには思いつかない。そもそも本当に契約をするかは分からないのだが。
「……さて、まぁこれはこのあたりは本当にそのくらいの認識でいてもらっていいんだけど、次は君にとってメリットでもありデメリットでもある話をするね」
カスミは綻ばせていた口元を引き締める。思えば、膝の上で握りしめられていた彼の拳は話している間ずっとそのままだ。今もぎゅっと丸まっている。
「……悪魔と契約するとね、悪魔の命を狙う奴らに契約者も狙われることがあるんだ」
いのち。エクソシストとか、そういう感じなのだろうか。悪魔というからにはやはりカスミは悪いモノであって、ならばそれを退散させようとする勢力があるのは不思議な話ではない。
「まず、主に俺――カスミ君の命を狙ってくるのは、神官と呼ばれてる人間だね。あとはその仲間の天使。奴らは基本的に契約者を傷つけることは無いけど、中には契約者にも容赦なく攻撃するやつもいる」
「神官と天使……」
ずき、と胸の辺りが痛んだ気がする。あまりに現実離れした話に戸惑っているのかもしれない。カスミは忌々しげに――あるいは苦しそうに――眉を寄せた。苦い思い出があるのだろう。ところでそういう顔をされるとなんだか怖いからやめてほしい。とても言い出せる雰囲気ではないが。
「あとは幻獣。こっちは理性のない獣で、悪魔だけじゃなくて契約者だろうが天使だろうが神官だろうが関係なく襲いかかる」
「えっ、普通に危ないじゃん」
「そう、普通に危ない。といってもこっちの世界に来てから見たことないから、あんまり警戒しなくても大丈夫だと思うけど」
「ちなみにどんな感じなの?モンスターって感じ?」
晴奈の頭の中にはテレビに時たま映るゲームのコマーシャル映像が流れていた。
「そうだなぁ。知名度の高いところで言うとユニコーンとか?」
ゾンビのようなものや、硬く分厚い鱗に覆われたドラゴンを思い浮かべていたはずが、急にカラフルでファンシーな馬に似た生き物で脳内が占拠された。
「もしかして幻獣って意外とかわいい……?」
「かわいくないですけど!?」
呟く晴奈にカスミは目を剥いた。晴奈の脳内に何が発生したのか予想がついたらしい。
「君は本当にかわいいものが好きだな!ユニコーンなんて全然かわいくないよ!どっちかっていうと馬っぽい一角獣!」
「一角獣……」
「全然キレイでもかわいくもないからね!かしゅみ君のほうが絶対かわいい!」
「それ自分で言います?」
「なんかごめん」
カスミは若干身を乗り出していた体勢を元の正座へと戻す。咳払いを一つすると、また晴奈に真剣な眼差しを向けた。その視線に晴奈も自然と背筋が伸びる。
「で、そういう連中がカスミ君を狙ってくるし、君にも危害が及ぶ可能性がある」
「……」
「でも、必ず――」
一瞬でもそらすことができない視線を放つエメラルドの瞳。
「――必ず、君を護る。絶対に、誰にも奪わせない」
彼の声は少し震えていた。当然晴奈に向けられた言葉なのに、晴奈の背後にいる誰かと、カスミ自身にも一緒に言い聞かせているような声色だ。あまりに真摯な姿に晴奈の心臓が音を立てる。晴奈の想像する『悪魔』のイメージとカスミはなんとなく重ならない。
「でもきっと、怖い目に遭うことだってあるから……さっきは断られると困るって言ったけど、この契約を無理に結んで欲しいとは言わない」
「結ばないとかしゅみ君が……」
「干からびて寝込むだろうけど、せいぜい一ヶ月程度だよ。だから、納得できるまで考えてから決めていい。どんなに俺を待たせてもいい。実際、護るって言ったって一番安全なのは俺と一切関わらないようにすることなんだから」
「……じゃあ、ひとまず保留させてください」
「わかった。それじゃあ、カスミくんは『
真剣そのもの、という表情を崩すとカスミは胸の前で手を組んだ。祈りを捧げるように目を閉じて何かを唱えると、その組まれた両手の隙間から白くまばゆい光があふれ出した。やがて離れた手と手の間には銀色に輝くシンプルな指輪が二つ。悪魔と呼ぶには少々神秘的な――神々しい様子である。
「契約を結ぶときは、悪魔と契約者がお互いにこの指輪を任意の指に嵌めて、契約者が心からお願い事を口にするんだ。それを悪魔が聞き入れて叶えたとき、契約は完了する」
一方の指輪が眼前に差し出される。
「だから、これは君が持っていて」
「どうして?」
「小さい方のかしゅみ君はね、簡単に言うと省エネモードだから知能も下がる。そのかしゅみ君が指輪を持っていると、はるちゃんが寝てる間にでも勝手に指に嵌めさせたりしかねない」
「自衛のために管理しろってことですか」
「そういうことだね」
恐る恐る指輪を受け取る。冷たく輝く銀色のそれは、よく見ると内側にカスミの瞳と同じ色の宝石が埋め込まれていた。デザインもあいまって、異性に指輪を渡されるというシチュエーションがやたらと気恥ずかしい。
「……わかりました。じゃあ、これは隠しておきます」
「うん。よろしく。じゃあ……今度こそ、小さい方のかしゅみ君に戻るよ。俺が悪魔ってことはくれぐれも秘密にしておいてね」
「はぁ」
かしゅみは指輪を出現させたのと同じような仕草で目を閉じた。その全身が光り輝いた後、すぐにポンッという気の抜けた音がして、そこにはもう男の姿は無かった。ただ、小さなもちもち生物がぽかんとした顔で座り込んでいるだけである。
「……かしゅみ君?」
「はるちゃ……?あれ……?かしゅみ、なにしてたんだっけ……」
くぁ、と口を大きく開けてあくびを一つ。そして目を擦る姿からは先ほどまでそこにいた男の姿は想像できない。ひたすらにカワイイ生き物である。本人曰くユニコーンよりも。
「……はるちゃんが部活でいない間、良い子でお留守番しててねってお話をしてたんだけど覚えてるかな」
「そうだ!かしゅみくんイイコにしてるから、ちゃんとおやついっしょにたべたり、あそんだりしてね!」
「うん。約束」
小指を差し出すとそこにぎゅっとかしゅみがくっつく。すると、すぐにかしゅみはそのまま寝息を立て始めてしまった。
「……大きくなるのって結構体力使うのかな」
そのまま眠るかしゅみをいつも彼が寝床にしている弁当箱の中へと移動させる。暢気そうな寝顔に気が抜ける。やっぱり晴奈はこの小さなかしゅみが好きだった。しかし、そういえば――
「大きくなったとき、まさか……とか言ってた気がするけどアレ何だったんだろう」
カスミ――及びかしゅみに対しての疑問が一つ浮かぶとまた次の疑問が浮かぶ。妖精ではなく悪魔で、あの大きな姿になれるのならば結局地球侵略とはなんなのか。契約を断られると困ると言ったのに、安全のためには関わらないのが一番だなどと言って契約を強要しない。一体自分はどうしたらいいのか、晴奈は大きくため息をついて、手のひらの中の指輪をぎゅっと握りしめた。
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