自称・ようせいさんは地球侵略を目論んでいます!

村瀬ナツメ

第0話 あの日、私たちは永いお別れをした

――あ、死ぬのね。私。


 短い間ではあったけれど、本当に幸せだった。こんなに満たされていたことなんてない。大切な彼と過ごしたこの小さな家が好きだった。決して贅沢でない間取りの最期に見た姿がこの荒らされた状態なのが口惜しい。でも、何よりも大切な――この世界では許されないこの愛を受け取って、応えてくれた彼さえ生きていてくれるならそれでいい。

 でも、悲鳴混じりに自分を呼ぶ彼の声が聞こえるとそんな気持ちも揺らぐ。口からはか細い息しか出せない。私を受け止めた腕がかわいそうなくらい震えている。


「その子、魔力を持ってるね。持ち帰らないと」


 平穏を乱した男の声が聞こえる。もう目はかすんでよく見えないけれど、随分綺麗な顔の男だった気がする。体がぎゅう、と強く抱きしめられる。この腕の中がいちばん安心する。これは今際の際であろうと変わりない。


「この子の魂を、お前らになんか渡さない……!」

「その体で何ができるの?羽をもがれた虫はさっさと掃除されるのが道理だよ」

「俺たちが何をした?お前たちに迫害される理由はなんだ!?」

「お前たちは生まれた瞬間から悪だと決まっている。それだけだよ。神の思し召しさ。諦めなよ」


 いつか、愛する彼は言っていた。「アイツら、自分でモノを考えるってことを知らないんだ。だから神様の言うことなんていうのを素直に信じてるんだよ」――ならば神は何を考えているのだろう。なんのために彼らを殺し、その傍らで魔力ある人間を集めるのだろう。ただの村娘に神のお考えなど分かるはずもないのだが、それでも愛する彼と彼を匿った自分が殺される理由を知りたかった。納得できるかどうかはまた別としても。

 しかし今はその答えを得るよりも先に、目の前の聖職者達に彼が殺されてしまうことの方が問題だ。先ほどは思わず愛する彼をかばったが、当然それでなんとかなるわけがなく。これでは死亡時刻に多少差ができるだけ。どうしたら彼を助けられる?彼だけでもどうか逃げてほしい。このままでは、終われない。――最期の力を振り絞って自分を抱きしめる腕を握った。


「さぁ、今こそ不浄なる魂の浄化を!……這いつくばって神に許しを請え」


 聖職者の言葉は一切耳に入らない。ただひたすら、私は――祈った。

 強く。強く。強く。祈る。神にではなく、いつも私を守ってくれた【彼】に、祈る。祈りを捧げる。

 命を賭して祈る。消えゆく命を捧げる。あなたを愛し、あなたに愛された命を!ただ一つの願いのために!


「――――――!?」

「――!――――――!!」


 誰かが何かを言っている。もう誰の声か分からない。それを無視して私は祈る。祈る。祈る!


――――どうか、生きて。

――――どうか、誰にも脅かされない愛を見つけて。

――――たとえ隣にいるのが私でなくたって構わない。

――――どうか。

――――生きて。


 意識がもう、戻れないところまで遠のいていく。最期に感じた唇の熱を、私はきっと来世まで抱きしめていられる。


――――だいすきよ。


 その声はきっと、声にならなかった。

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