貴女の背中にあこがれて
22世紀の精神異常者
第1話
「お前なんかが学校にくるんじゃねー! このブス!」
私の耳にそんな言葉が届くと同時、左頬に鋭い痛みが走った。視界が九十度傾き、草が生い茂った地面が眼前に迫った。
どすっ、という鈍い音が響いた。右半身にひんやりとした草の感覚を味わいながら、私はゆっくりと上を見上げた。
「なんだよその目、まだわかんねーの? お前なんか邪魔だって言ってるんだよ!」
そこにあるのは、クラスメイトの男子数名の姿。私を見下ろす体制の彼らの顔は、愉悦で不気味に歪んでいた。
まるで新しく与えられた極上の玩具を弄ぶように、彼らは私の体を、そして心を傷つけてきた。何の躊躇いもなく、純粋なる悪意によって。
私には力がなかった。身体的な面でもそうだが、精神的な面でも、彼らに何かを言い返せるほど、私は強くなかった。
だからだろう、私がこんな目にあっていたのは。毎日行われるいじめ、それは最早私の日常と化していた。
――しかし、いじめが始まってから二年ほどたったこの日、それは唐突に終わりを告げた。
「やめなさい!」
一人の、勇敢な少女の手によって。
「いてえっ! ――な、なんだよお前! 俺にめーれーしていいと思ってるのか!」
「そうだそうだ!」
「あなたたちだって同じです! こんないじめ、やっちゃだめです!」
さらさらとした黒髪を肩まで伸ばした彼女は、たった一人でありながら幾人もの男子に立ち向かっていった。
男子は皆、自分に楯突く者に対して容赦はなかった。女子一人を取り囲み、一斉に襲い掛かっていったのだ。ある者は手に土を持ち、ある者はてに木の枝を持ち、またある者は手に尖った石を持ちながら。
全方位から執拗に攻め立てられ、体のあちこちに傷を負いながら、彼女も反撃に出た。手には何も持っていなかった。
何かスポーツでもやっていたのだろうか、彼女の動きは中々に切れが良く、男子に対して後れを取る事はなかった。
何分かたって、彼女はようやく私をいじめてくる男子を全員叩きのめした。かれらは顔を腫らしながら、涙目で「覚えてろよこのやろー!」と叫びながら次々と走り去っていった。
その背なかに「もう二度といじめちゃいけません!」と怒鳴った後、彼女は私の方へと走り寄ってきて、手を差し伸べてきた。
「あなた、大丈夫?」
「――ッ、……う、うん……あ、あの」
「……?」
「あ、ありがとう、おねえちゃん」
「――っ、……ふふ、どういたしまして
差し出された手を握り、ゆっくりと立ち上がった。彼女は、全身に傷を作って、至る所に血が滲み、それはもう痛々しいものだった。
私は頬に小さなあざが一つと、あとは服の汚れだけだ。どちらが重症かは傍目から見ても明らかであった。
しかし彼女は、自身の傷など意にも介さず、私の事を気に掛けて来た。何よりもまず自身の事を考えるべきなのに。
私は何度も「大丈夫?」と聞いてくる彼女に「大丈夫」と答えた。やがて満足そうに笑みを浮かべた彼女は、こちらに手を振りながら走り去っていった。
私は、そんな彼女の背中を、まるで女神でも拝んでいるかのような眼差しで見つめ続けていた。
そんな出来事があってから、早十年。
結局あの後、あの「おねえちゃん」に合うことはなかった。そして、私へのいじめはあの日からぱったりとなくなった。
心の隅に小さなしこりを残しながらも、いじめがなくなったことで格段に過ごしやすくなった。
そして、無事に小学校を卒業し、中学校も卒業し、高校に入った私はと言えば――
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