勇者とは?
中川葉子
勇者
「勇者め……。私を殺したからといい気になるな。私はまた蘇る……意地でも……な……」
魔王は勇者一行の手により絶命した。勇者は魔王の亡骸を見、魔王が出現してからずっと空を覆っていた暗雲が晴れていくのを眺めながらも、なんともいえない感情に襲われていた。長かった旅を回想し、共に戦った仲間たちの嬉しそうな顔を見ても、達成感や世界を救ったという感情はなぜか頭を過ぎらない。虚無といえばいいのだろうか。勇者は魔王の玉座に座り、荘厳な造りの魔王城の玉間を見渡した。仲間たちは疲れ果てた顔で喜び合っている。
戦士が私の方へ視線を向けてくる。眼でどうした? と訴えると、戦士は笑いながら口を開く。
「お前、その姿すごく似合ってるぜ。もしかすると王の方が向いてるかもな」
何故か戦士の言葉に対し、勇者には怒りの感情が込み上げる。
「俺は勇者だ。それ以外の何者でもない。黙れ」
戦士は冗談を言っただけなのにとでも言いたげな顔をしながら、僧侶と魔法使いに城に帰ろう。と言い、勇者から視線を外した。
「先に帰ってるわね? なんかおつかれみたいだから気分が落ち着いたらお城で待ってるから。移動魔法で、ね?」
勇者が何も言わず頷くと、戦士僧侶魔法使いの三人は姿を消した。勇者は座ったまま身体を伸ばした。魔王城の天井を見ると、何か違和感がある。口の中で小さく呪文を詠唱すると、小さな氷柱が現れ、天井へ向け飛んでいく。
「嫌だ!」
そう叫ぶ声が勇者の鼓膜に届く。顔を少ししかめ臨戦態勢に入ると、最初のダンジョンで現れていた蝙蝠が目の前に降り立ち。小さく丸くなる。
「許してください。死にたくないんです」
「俺は勇者だ。魔物がいたら倒さなければいけない」
勇者が威厳を持ち毅然と言い放つと、魔物は身体を震わせながら怯えながら、勇者の眼を見て口を開く。
「勇者。というのは魔物を倒す仕事なのですか? 勇気を持ち弱きものを助け、世界を救う者。ではないのですか?」
魔物の言葉に勇者は静かに頷く。
「なら、私を、私たちを助けてください。魔王様と四天王の方々がいなくなった今、私たちは人間に迫害されていくのが目に見えています。人間は最早弱者ではありません。強者です。私たち魔物が弱者に成り下がったのです」
勇者は先程の虚無の感情を思い出し、笑った。なるほどそういうことか。と。突然笑い始めた勇者に蝙蝠は顔を伏せ震え始める。
「俺がお前たちを助けてやろう。そうだ俺は勇者だ。勇気を持ち弱者を救い続けねば、勇者としての使命は果たせない。嗚呼、こんな簡単なことになぜ気付かなかったのか。ありがとう蝙蝠よ。名前は何という」
蝙蝠は奮わせていた身体をぴくりとさせ、身体を起こす。勇者を見つめ蝙蝠は、幸せそうに顔を緩ませる。
「ジャイアントバットのジットと申します」
「ならばジット、お前は俺のパーティの一員となれ、今からお前らを救う旅に出る」
勇者がそう言った途端、晴れたはずの空に暗雲がまた立ち込めていった。
勇者とは? 中川葉子 @tyusensiva
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