第21話

 かつて、この町では下水道が機能していたらしい。

 らしいというのも、現在では整備の技術が失われ、各家庭で溜めた汚水を川に投げ捨てる習慣が根付いてしまったためだ。現在は一部の人間が壁の内外を密かに行き来するのに使われるばかりだった。

「くっさ……はよ出よ」

 少年は自分で発見したこのルートを利用して壁の内外を行き来していた。自分と孤児院のごく少数しか知らない、秘密のルートである。

 安売りしていた明かりの魔法球が放つ、ぼんやりとした明かりを頼りに少年は帰路に着いていた。

 カツン。自分以外の足音。反響したそれを警戒し、少年は先ほど手に入れた獲物を抱えた。

 自分の体格と比較すると少々大きい代物だったが、適当に狙いをつければ散弾の一発は当たる。動きが制限されるこの地下水道なら、なおのこと強力な兵器だ。引き金を引くだけで当たるだろう。

 足音がどんどん近付き、やがて進路の先にある角から光が差した。

 光源に銃口を向ける。

「あっ、よかった……」

 そこにいたのは、孤児院で暮らしている仲間の一人だった。自分と違って盗みはやっていないが、このルートを知っていた女子である。

 それよりも、彼女は太ももからおびただしい量の血を流していた。

「おっ、おい! どうした!」

 少年を見ると、少女は力なく倒れた。

「おい、答えよ! どうしたんだ!」

 咄嗟に傷口を抑えると、少女は痛みに呻いた。

「誰にやられたんだ、おい!」

「来る、こっちに……」

 その言葉に耳を澄ませた。すると、足音が複数。声も聞こえた。

「見つけたぞ、やっぱりこの先にいる」

 どうやらここまで降りてきたらしい。彼女の出血量からして、血の足跡をここまで残している。

 誰がやったにしろ、話が通じる相手ではないのは間違いない。そして少年も、対話で解決する気は皆無だった。

「これで抑えとけ。すぐ戻るでな」

 少年は傷口に布袋を押し当てた。ないよりもマシだ。それに変な病気になっても、修道女に任せれば大丈夫。今はこれから使う武器を確かめなければ。

 水平二連の中折れ式散弾銃。銃床や銃身を切り落とした痕跡はないため、護身用に作られたペッパーボックスピストルだろう。弾は対人・対獣用で一般的な一八ミリ、真鍮製のケースに納められた散弾。金持ちの護身用だけあって、使い込んだ痕跡はないにしろ、ピカピカに磨き上げられていた。

 装填を確認し、撃鉄を起こす。邪魔な鞄を少女の枕代わりにすると、少年は音源に向かっていった。

「この出血量なら途中で死んでるだろ。戻ろうぜ?」

「……一応、もう少し調べよう。仲間がいるかもしれない」

 会話の後、再び足音が響いた。望むところだ、ぶち殺してやる。少年は角に隠れて息を潜めた。

 頭の血は沸騰していても、心は驚く程落ち着いていた。はやる気持ちを抑え、状況の分析に努める。

 足音は二人分、さっきの声も二人。なら相手は二人、こっちの装弾数も二発。うまくいけば、一度に全員殺せる。

 人を殺すのは初めてだった。修道女からも、人殺しは最も忌むべき行為と教えられた。

 だがしかし、親しい人間がやられてもそれを禁じるのか? それでもなお、やられるままにやられろというのか? 否。殺されたのなら、殺さなければ。

 光が近付いたのを見定めて、少年は銃と顔を角から覗かせた。

「死ねっ!」

 暗い地下道で爆発が起きた。その光は目を焼き、耳を狂わせる。そして、銃口の先では無数のペレットが人体を引き裂いていた。

 発射した余韻に浸らず、少年は身を隠した。

「クソガキめぇっ!」

 この判断は正解だった。銃声が複数、少年の顔があった場所を通過した。しかし、六回の銃撃からは続かなかった。一人は死んだ、そう判断して少年は再び飛び出した。

 二度目の爆発。照準は排莢の最中だった男の頭部に合っていた。飛び出した鉄片は音よりも早く眉間に殺到し、柔らかい眼球を破裂させ、頬をズタズタに引き裂いた。

 短銃身用に減らされた装薬のせいで頭蓋骨はかろうじて原型を保ち、命もその身に残っていた。

 冷静に、薬室内の空薬莢を投棄し、火薬とペレットが詰まった新鮮な弾を詰め直す。

「あっ、あげっ……」

 不幸にも意識を残していた男は口から何事か漏らした。しかし、少年に聞く耳はなかった。

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