15 ノボル/登
「このイラスト、400ppiでスキャンしておいて」
純子さんはそういうと、透明な袋に入ったB5サイズのイラストボードを渡してきた。おそらく今純子さんが制作している、ドーナツ屋さんのチラシの挿絵だろう。鉛筆で描かれた優しい線に水彩で淡い色がのせられている。小鳥と女の子の絵だ。なんだか、
「沙耶とユウコさんみたい」
「あれ?知ってるの、中村結子」
「へ?」
「その絵描いた人。君が知ってるなんてやっぱり有名なんだね」
純子さんは何を言っているんだろう。〈中村結子〉さんという人は知らない。僕が知っ ているのは沙耶の恋人のユウコさんだ。
「素敵な絵でしょ。最近結構人気あるのよね」
〈中村結子〉さんが描いた絵を見ながら、純子さんがあまり見せない優しい表情になる。
「僕もこの絵、好きです」
「そういえば聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
いつもの居酒屋で茄子の漬物を噛みしめている沙耶に、僕は甘くないだし巻き卵をいただきながら話を切り出す。
「ユウコさんて絵描きさんなの?」
「うん」
沙耶がレモンサワーをひと口飲んで今度は炙りしめ鯖に箸をのばしている。
「ユウコさんって、中村結子さんって言うの?」
「ん、そうだよ?」
手を止めて僕の顔をじーっと見る。質問の意図がわからないといった表情だ。僕は人違いだろうと考えていたつもりだったけれど、ユウコさんが〈中村結子〉さんなんだろうなと心のどこかで思っていたらしく、そんなに驚かない。ただ、僕はユウコさんのことを何も知らないんだなと、当たり前といえば当たり前なことを思った。
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